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158話 誤算

 裏世界の全てを私に委ねてください。

 そう言ったベリーズの紅い瞳が怪しく光り、ジーナに向かって手を差し出した。


 その手を取れば本当に全てが解決するような、謎の説得力を感じる。

 不意にジーナはエンフィールド男爵領の娘マリナのことを思い出した。

 ベリーズの手を取れば、マリナと一緒にドロシーのデザインしたお揃いのドレスを着ることも……。

 

「何ならジーナ様も表の世界にお戻りください。大好きなお兄様の隣を歩きたくはありませんか?」


「……ふふっ、ふふふふ」


「ジーナ様?」


 ジーナが急に笑い始めたためベリーズが首を傾げる。

 ひとしきり笑った後、殊更大きな溜息をついてジーナが口を開く。


「ふぅ。今まで散々手を汚してきた私が、今更お兄様の横を歩けるわけがないじゃない。それに貴女、嘘をついているでしょう。裏世界の住人はね、敵には嘘をついてもいいけど、味方につくのは仕事を失敗することよりも重罪なのよ。覚えておきなさい」


「嘘? なんのことでしょうか?」


 心当たりがないといった感じでとぼけるベリーズを、ジーナが冷ややかな目で睨みつける。

 もし()()()()に気が付かなければ、彼女の手を取っていたかもしれない。

 そのくらい甘味な誘惑であった。


「私ね、五年前に本物のベリーズ・ペトルスに会っているの。ベリーズは色白で金髪碧眼。体も細身で貴女とは別人。髪色は誤魔化せたとしても、その他が違い過ぎる……貴女、ベリーズの偽物でしょう?」


 ジーナの暴露を受けて、ベリーズは紅い瞳を丸めて驚く。

 そしてあっさり認めた。


「何故、知っているの? ()()屋敷から出たことがなかったのに」


 ベリーズの台詞に違和感を覚えながらも、ジーナは質問に答える。


「私は変装してベリーズの家庭教師として潜入していたの。真の目的はペトルス伯爵家の内偵」


 ペトルス伯爵家は当時、南国から麻薬を密輸入している疑いが持たれていた。

 家庭教師に扮するジーナが潜入調査した結果、ペトルス伯爵家は関与しておらず、領内で勝手に取引された被害者だと判明。

 裏世界のルールを破った売人は、ペトルス伯爵に知られることなく秘密裏に始末された。


 ベリーズに関する情報は五年前の「貴族学院には入学せず家庭教師を雇っている」で止まっているが、これはジーナ自身が収集した情報であった。


「えっ、まさか、ジーナ様がレティ先生!? そう言われると髪を茶褐色(ブルネット)から青にしたら先生の面影があるかも。気が付かなかった! 嗚呼、なんて懐かしいのかしら」


「あ、貴女……何を言っているの?」


 まるで古い友人に再会したように喜ぶベリーズにジーナは困惑する。

 このベリーズは絶対本物ではない。

 五年前のベリーズとは見た目も違えば言葉遣いも仕草も違う。


 彼女はもっと儚げで、人と目を合わせるのも恥じらっていて……。

 なのに、レティという本物のベリーズとその家族しか知らないジーナの偽名を言い当てた。


「嗚呼、申し訳ありませんジーナ様。ベリーズが喜んでいるものですから、つい私も興奮してしまいましたわ。予定より少し早いですが、見破られているのなら仕方ありませんわね」


 ここでようやくジーナはこの相手が脅威であると認識した。

 座っていた椅子から立ち上がり、隠し部屋に控えている護衛を呼ぼうとして―――

 怖気(おぞけ)が走る。


 全身から血の気が引き、強烈な寒気を感じて体が小刻みに震えた。

 視界が狭まると同時に風景から色彩が失われ、焦点も合わなくなりぼやける。

 冷や汗が止まらず呼吸が浅くなり、立っていられずその場に崩れ落ちた。


 裏世界に生きるジーナは、魔術による精神攻撃を防ぐ魔術具を常に身に着けている。

 また魔術以外の薬物等による攻撃に対しても耐性を持つ。


 更には拷問に対しても耐える訓練をしているが、訓練の比ではない恐怖がジーナに襲い掛かっていた。

 声も出せないため助けを求めて隠し部屋に視線を送るが、護衛が出てくる気配はない。


「大丈夫。何も怖れることはありません。ジーナ様」


 ベリーズの声がジーナの神経を逆撫でし、鼓膜が震える度に体も震える。


 ジーナは読み誤っていた。

 今目の前にいるベリーズが成り代わりだとは予想していたが、その正体はあくまで敵対勢力の貴族の娘あたりだろうと。


 それがまさか、

 人間ですらないなんて。


「初めは痛くて苦しいかもしれませんが、慣れると気持ちよくなるんですよ。ベリーズもそうでしたから。だからジーナ様も安心して身を委ねてくださいね」


 ベリーズがゆっくり近づくと怖気が増す。

 体中のあらゆる臓器が締め付けられ、強烈な吐き気に襲われた。

 逃げたくても指一本動かせないため逃げられない。


「い……や………」


 爛々とした紅い瞳が視界一杯に広がったところで、ジーナの意識はぶつりと途切れた。








 シキとエリン解放のために奔走するイルミナージェの下に、聖女ウルティアから面会を希望する書面が届いた。


 通常なら早くても面会が叶うのは数日後だ。

 しかし書面には緊急であることと、イルミナージェにとっても重要なことが書かれていたため、急遽本日の午後からの面会をセッティングした。


「急な面会に応じて頂きありがとう存じます。イルミナージェ第一王女殿下」


「いいえ、こちらこそ迅速な登城に感謝します」


 登城したのは聖女ウルティアと護衛のアルネイズ。

 ウルティアの後見人であるボガード司祭と、亜麻色の髪の少女の合計四人。


「ボガード司祭、久しいですね。昨年の建国祭以来でしょうか」


「はい、その節は多大なる寄付をありがとうございました。おかげで王都の飢えた子供たちに大地の恵みを施すことができました」


「そして貴女は確か、エンフィールド男爵領の……」


 イルミナージェが最後に亜麻色の髪の少女へと視線を向ける。

 すると彼女は恭しく一礼した。


「覚えていてくださり光栄です。イルミナージェ第一王女殿下。私はルミナと申します。旦那様であるシキ・エンフィールドより命を受けて、本日は同行させて頂きました」


「だっ!? ……ああ、シキは次期領主だから旦那様ですか。ええと、ウルティアの書面によると王家に関係する神託が降りたそうですね」


 危うく違う意味で受け取りそうになって、誤魔化すようにウルティアへ話を振る。

 イルミナージェとルミナのやりとりを微妙な顔で見ていたウルティアだったが、軽く咳払いしてから説明した。


「神託の内容ですが……ルミナ、ここは大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です」


 ルミナに何かを確認してから、ウルティアが言い放つ。


「〈第二王子に悪魔の影あり〉と神託が降りました」

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