157話 Fact or Fiction / 嘘か真か
「嗚呼、なんて可哀そうなんでしょう。何の罪もない森人族が故郷から攫われ奴隷に落とされ、逃亡した結果嬲り殺しになるなんて」
まるで演説でもしているかのように、ベリーズが大げさに両手を広げて奴隷の非業の死を嘆く。
奴隷には合法のものと非合法のものがある。
前者は借金の返済のために自身を売ったり、寒村の口減らしのために親に売られたり、犯罪の刑罰として戦闘労働や肉体労働が科された者のことだ。
後者はベリーズが語った森人族のような、正式な理由もなく奴隷に落とされた者たちが当てはまる。
「裏世界にしかない麻薬や暗殺と違って奴隷は表世界にも存在します。ですから表と裏の線引きが難しく曖昧です。気が付いたら裏世界に踏み込んでいた、なんていうことも。実際に私がそうでした。南国の血が半分流れている私にとって、彼女と私は同郷のようなもの。なぜ非業の死を遂げなければならなかったのか。調べるうちにずるずる、ずるずると裏世界へと足を踏み入れていました」
森人族の一件以降、ベリーズは非合法に奴隷へと落とされた南国の被害者たちを、自らが買って助ける活動を始めたそうだ。
そして故郷に帰る当てのあるものは帰し、当てのない子供はペトルス伯爵領で設立したペトルス商会が出資する孤児院で保護した。
「随分と高尚な活動をしているじゃない。そのまま自領に引きこもっていればよかったのに」
「本当は国内の不遇な奴隷も助けたかったんです。でもそれをやってしまうと、サンルスカ侯爵家に目を付けられてしまいます」
商売とは需要と供給で成り立っていて、商品が奴隷でもそれは変わらない。
ベリーズが奴隷を買い占めるということは、供給の邪魔をしていることになる。
一度や二度ならまだしも、何度も供給の邪魔をされたにも関わらず、サンルスカ侯爵家がペトルス商会の存在に気付かなかったことにジーナは密かに驚く。
ベリーズはそんなジーナの内心を見透かすかのように笑みを浮かべた。
「ペトルス商会はサンルスカ侯爵家の傘下に加わっている貴族には一切近づきませんでした。非傘下の複数の貴族を経由して奴隷を購入していましたから目立つこともなく、その方々が口を閉ざしている限りペトルス商会の名は出ないでしょう。私、殿方にお願いするのが得意なんですよ」
それは正に情報遮断によるサンルスカ侯爵家への妨害工作であった。
「そうやって男どもに匿われてきた貴女が、どうして今更になってレカールキスタ第二王子に近づいたの? サンルスカ侯爵家を手玉にとれる算段が付いたのかしら?」
「ですから誤解です。私はジーナ様が成そうとしている裏世界の統一に賛同しています」
「その裏世界の統一って何?」
「隠さなくてもよろしいですよ。サンルスカ侯爵家の傘下でない貴族を引き入れようと、根回しをされていましたよね? 私を匿ってくれていた殿方たちから教えて頂きました。全ての裏世界の住人をサンルスカ侯爵家の下に。これはすなわち裏世界の統一に他なりません」
「私が接触していたことまで話すなんて。貴女は余程彼らのお気に入りなのね」
「ですが条件が厳し過ぎました。裏世界の全ての取引をサンルスカ侯爵家が監視するだけでなく、新たな商売に制限をかけるだなんて」
「際限なく麻薬や非合法の奴隷の売買、暗殺を繰り返せば国が乱れ、表世界への影響が大きくなりすぎる。私たちはあくまで表世界に寄生する裏世界の住人。寄生先がなくなったら国そのものがなくなってしまう。それを愚かな男たちはわかっていない」
ジーナはサンルスカ侯爵家当主の娘だ。
次の当主はジーナの兄になる予定だが、この兄は良くも悪くも性根が善人だった。
サンルスカ侯爵家の人間は幼い頃から裏世界の教育を受けるが、兄は耐えられないと判断され教育から除外されている。
そして適性はともかく才能のあったジーナが裏世界の次期当主候補となった。
従兄のダナン・サンルスカも候補でライバルだが、彼もまた欲望にまみれ国が破滅するまで搾取をやめない愚かな男。
父親である現当主が引退して実権を握った後、頃合いを見て始末するつもりでいた。
「はい、その通りです。裏世界にも秩序が必要。ですから私がサンルスカ侯爵家の非傘下組織のすべてを掌握しました」
「………は? なんですって?」
予想外の言葉にジーナが思わず聞き返す。
「はい、裏世界のおよそ四割を占める非傘下組織は、ペトルス商会の管理下にあります。そしてこの全てを第二王子に献上いたしました」
第二王子がベリーズを引き入れた理由がこれだった。
サンルスカ侯爵家が裏世界の六割を支配しているが、ジーナはこの全てを第二王子の自由にはさせていない。
ほぼ自由にできない六割と、自由にできる四割。
第二王子が後者に飛びつくのは目に見えていた。
「ご安心ください。一旦は引き渡しますが、何か要求されても控えて頂くよう私からお願いしますから。またジーナ様との婚約を破棄するようお願いもしました。ですが決してジーナ様を排除するためではありません。ご理解ください」
「それならどんな理由があるのかしら?」
「ジーナ様は裏世界がお嫌いなのでしょう? だから全てを掌握して、最小限に押し留めて蓋をする。表世界への影響を建前にしていますが、ジーナ様の施策からはそう読み取れます。どうでしょう、裏世界の全てを私に任せて貰えないでしょうか。名目上はジーナ様が当主で構いません。ジーナ様のお望み通りに私が管理して見せましょう」
「……どうしてそこまでするの?」
先ほどから質問しかできていない。
ベリーズに主導権を握られ続けてジーナは焦りが募る。
非傘下組織の全てを掌握することは容易いことではない。
ジーナは改良した《誘惑》の魔術を使って、暗示に近い形で痕跡を残さず対象を操ることができる。
しかしそれには通常の人間付き合いと変わらないコミュニケーションを取り、その中で少しずつ洗脳しなければならない。
ベリーズはジーナ以上の《誘惑》、あるいはそれに準ずる人心掌握術の使い手ということなのだろうか。
「それは私も同郷の皆のために裏世界の縮小を願っているからです。それにジーナ様はお兄様のために、サンルスカ侯爵家の表と裏を完全に独立させたいのですよね?」
「!? 何故それを」
「はい、存じ上げております。私に任せて頂ければ全てが上手くいきます。是非、私の手を取って頂けないでしょうか」