153話 プリズンブレイク
「というわけで、いざというときは母様を〈搭乗〉で救出するから安心してね」
「うへぇ」
シキの説明にエリンが心底嫌そうに顔を顰める。
二人が今いるのは投獄されている王城の地下牢……ではなくエンフィールド男爵家の屋敷だ。
尖塔で王弟コンスタンティンと面会中に、レカールキスタ第二王子が乱入。
【巡礼神の加護】による未来予知の力を過剰に使い、倒れたコンスタンティンをシキが介抱していたのだが、それを弑逆と勘違いする。
その結果シキとエリンは捕まり、地下牢に投獄されたのであった。
「どのみち尖塔への不法侵入で捕まえる罠だったみたいだけどね」
イルミナージェはシキたちとコンスタンティンを会わせるために、レカールキスタ第二王子が不在の間を狙ったのだが、それ自体が罠であった。
第二王子は第一王女であるイルミナージェの暗殺を企む程に敵視していて、行動も常に監視している。
それに対して第一王子はイルミナージェに興味がないようで、行動を監視するようなことはなかった。
「私の不手際で申し訳ありません。二人は必ず無傷で助け出しますので、少しだけお待ちください」
地下牢の鉄格子越しに見たイルミナージェの顔は、薄暗い場所でもわかる程に青ざめていた。
第二王子はシキたちの身柄を人質にして、エンフィールド男爵領の利益を掠め取るのが目的だ。
イルミナージェがどう取引するつもりかわからないが、最悪エンフィールド男爵領の利益を多少奪われるのは仕方ないとしても、さすがにエリンの貞操は守らなければなるまい。
というわけでエリンを〈パイロット登録〉して、いつものスプリガンの複座を利用した〈搭乗〉と〈降機〉で転移し、エンフィールド男爵家の屋敷へと脱獄したのであった。
グレード2の拡張機能に設定されている〈パイロット登録〉をエリンに付与するには、無償チップが必要になる。
まだムハイのような無償チップが手に入る敵は他に見つかっていないので、無償チップがなくなるまえに補充したいところだ。
もちろん脱獄がバレると大騒ぎになるので、見回りが来ない間だけの脱獄である。
入れられたのは貴族用の地下牢なので環境はそんなに悪くない。
石造りの部屋に簡素なベッドが置いてある。
清潔に維持されているというよりは、使用頻度が低いのだろう。
少し埃っぽいが血や汚物の跡が残っていたりはしない。
イルミナージェの尽力もあって、シキとエリンが身柄を拘束されるに当たり理不尽な扱いを受けることもなかった。
簡単な身体検査はあったが、登城するために最初から武装はしていない。
パワードスーツ〈GGX-104 ガイスト〉を着込んでいたが、インナータイプで外からは見えないし、Break off Online の装備は瞬間的に脱着可能なのでこっそり脱いでおいた。
第二王子の企みは〈SG-061 リファ・ロデンティア〉の鼠型ドローンの諜報活動により筒抜けになっている。
しかしドローンによる諜報や転送のことをイルミナージェには開示できない。
罠だとわかっていても尖塔に出向くしかなかった。
コンスタンティンとの面会を断り罠を回避するという手段もあったが、シキにもコンスタンティンに会わなければならない理由があった。
「俺のせいでゴメン。母様」
「ちゃんと守ってくれるなら構わないわよ。私の貞操はシキの……」
「はいはい」
「ちょっと最後まで言わせてよ~」
義母のインモラル発言を遮り、シキはイルミナージェの言葉の続きを思い出す。
「目が覚めた叔父様より伝言を預かっています。〈古き墓所を見下ろす祭壇にて眠る〉だそうです。なんのことでしょう……?」
イルミナージェにとっては意味不明な言葉だが、シキには理解できる。
これはエフェメラの未来? を暗示する言葉だ。
しかし言葉が示す意味までは理解できなかった。
額面通りに受け取るなら、エフェメラは墓所の近くで眠っているらしい。
それは結局のところ生きてるのか、死んでいるのか、その墓所とは何処にあるのか。
まだまだわからないことだらけだった。
その気になれば再びコンスタンティンのいる尖塔に転移して直接話を聞くことも可能だが、イルミナージェと同様に転移できることを迂闊に教えることはできない。
まずは中途半端になっている〈克己の逆塔〉の探索を再開して、もし手詰まりになったらコンスタンティンに聞きに行こう。
その時に改めて覚悟ができているか確認しよう。
シキはそう決めた。
「それで〈慧眼卿〉はシキの実父ということでいいのよね?」
「うん」
「まさかうちの子が王族の血筋だったとはねぇ」
「今まで黙っててゴメン。でも会うまで確証はなかったからさ」
実母エフェメラは父の名を隠していたが、一度だけ酒に酔った勢いで零したことがあった。
〈慧眼卿〉とは偶然同名なだけかもしれないと思っていたが、実際に会うとすぐに確信へと変わる。
あれはなんとも不思議な感覚だった。
それは向こうも同じだったようで、お互い口に出して確認していないのに、親子前提で会話が進んだ。
「つまりあのツンツンした態度は反抗期だったのね」
「いや、エフェメラ母さんの境遇を考えると、のうのうと生きてる感じがしてムカついてさ」
「結局エフェメラさんってどういう立場の人だったのかしら? 王族に近づけるくらいだからやっぱり貴族なのかしら?」
「それが全然情報がないんだよね。黒髪黒目は珍しいから、手掛かりになりそうなものなんだけど」
「でも今回手掛かりが見つかったんでしょう? 母様も連れて行ってね。折角私も転移できるようになったんだから、活用しないと」
「でも領地運営はいいの?」
「それはお父様とガラテア様に任せておけばいいのよ」
「ええ……」
「剣を振ることしかできない私がいても、そんなに役に立たないから。あ、さっそく綿毛羊のいる迷宮に行ってみたいわ!」
エリンにせがまれてシキたちは綿毛羊のいる迷宮へと転移する。
そこは迷宮内だというのに疑似的な青空の元、相変わらず牧歌的な風景が続いていた。
綿毛羊たちは「なんだなんだ?」「群れの新入りか?」といった感じで数匹がエリンの元に集まってくる。
そして匂いを嗅いで危険もないと確認すると、歓迎するかのように他の綿毛羊が群がってきた。
「きゃ~~かわいい~~」
大量のモコモコに囲まれてご満悦のエリン。
最初は綿毛羊を食用として見ていたが、可愛い本物を目の前にしたらさすがに食う気も失せただろう。
一瞬舌なめずりしたように見えたが……気のせいということにしておく。
こうしてシキとエリンは暫く綿毛羊の手触りを堪能した後、見回りが来る前にそれぞれの地下牢へと戻った。