148話 ザッハトルテ食べたい
メイクイ村に別れを告げ、シキたちは上空で待機していた〈SG-066 セラ・トゥー・クロス〉に戻ってきた。
「ベストラさん、どこ出身の翼人族なんだろう。〈克己の逆塔〉について何か知ってないかな」
シキは現在王都にいることになっているので、エンフィールド男爵領にいるベストラに会うわけにはいかない。
話を聞くならコアAIの誰かに頼む必要があるが、その聞き方もどうしたものか。
「〈克己の逆塔〉とやらが秘匿される存在なら何故知っているのか、聞いてどうするのかを説明しないとだよね……うん、無理だ」
山岳地帯に住んでいる翼人族に直接聞く選択肢もある。
だがまず集落を探すところからだし、十年近く姿を見ていないそうなので、現在も住んでいるかすら怪しい。
『マスター。〈克己の逆塔〉が迷宮であると仮定して、小型情報端末による森林地帯の広域スキャンを提案します。ベストラへの聴取と山岳地帯の捜索はその後でもよろしいかと』
小型情報端末は各スプリガンの機体特性で多少の差はあるが、1体につき平均5機射出できた。
なお〈SG-061 リファ・ロデンティア〉専用の鼠型ドローンも小型情報端末に含まれるが、合計108機もあり平均値を破壊してしまうため集計には入れないものとする。
〈SG-066 セラ・トゥー・クロス〉は下半身が蛇のような形状で、上半身は人型なのでファンタジー生物でいうところのラミアのような外見をしたスプリガンだ。
脚部の分類としてはタンク型:フロートタイプで自由に空を飛び、地上では音を立てずに素早く移動することができる。
機体本体が隠密性に優れ直接潜入探索するタイプなので、小型情報端末の数は4つとやや少なかった。
『小型情報端末の有効範囲は直径5kmです。セラの4機を等間隔に並べ、20kmの範囲を時速90kmでスキャンします』
「はっや」
『地表の形状把握のみのため速度重視の簡易スキャンで対応可能です。不自然な地形や人工物を発見した場合は報告します。ここから山岳地帯までは34分で到達し、小型情報端末は外側へ二手に分かれる形で折り返します。これを繰り返して最終的に森林地帯全域をスキャンします』
「わかった、それじゃあ頼むよ」
シキの許可を得て、空に浮かんだ円筒状の小型情報端末が高速で飛んでいく。
〈SG-066 セラ・トゥー・クロス〉のサブモニターが四分割され、各小型情報端末のカメラが捉えた映像が流れた。
「上空から見渡す限り、塔のような構築物は確認できないわね」
「逆塔っていうくらいだし、地下に向かって伸びてる塔だったりして」
『克己は己の欲望や邪念に打ち勝つという意味なので、迷宮に名付けても成立しそうではありますね』
暫くの間、三人で雑談をして過ごす。
そういえばステナへの失言をセラにフォローしてもらったことをシキは思い出した。
何かしらのお礼が必要だろう。
「セラ。ステナさんの家ではフォローしてくれてありがとう。正体をばらす勢いで喋っちゃったよ。お礼は何がいい?」
「んー、そうね。王都でお菓子屋さん巡りがしたいわ。元の世界のお菓子を再現するには、まずこの世界のお菓子を知らないとね」
セラの趣味は料理で、そこには菓子作りも含まれている。
当然だがこのアトルランという名の異世界に地球の料理は存在しない。
幸いにも基本的な調味料や食材は似通っているものがあった。
しかしカレーやラーメン、寿司に天ぷら、どら焼き、羊羹、プリン、そしてチョコレートをふんだんに使ったザッハトルテなどは、どこを探しても見つからないのだ。
一部の地球の料理は Break off Online の〈ショップ〉で糧食として購入し、食べることができた。
それに気付き白米を十二年ぶりに食べた瞬間、シキの中に眠っていた日本人の魂が蘇る。
そして一度地球の洗練された味を思い出してしまえば、アトルランの食事では中々満足できない体になるのも仕方ない。
「あ、ザッハは語源が人名だし確実にないか」
濃厚なチョコレートでコーティングされたケーキの味を思い出すが、それが食べられないと再認識してしまいシキは肩を落とす。
「ボスはザッハトルテが食べたいの? ならまずはチョコレート探しの旅に出ないとね」
「カカオ的な植物、この世界にあるのかな」
現時点でチョコレートは確認できていない。
チョコレート味のシリアルバーがどこかの幼竜やオオカミ、オオカミ少女に大人気なので、味についてはアトルランの人々にも受け入れられそうだ。
「商売にするかはともかく、自家消費用にカカオは見つけたいかも」
「それなら熱帯地域へ探しに行った方がいいのかしら」
『マスター、許可を頂ければスプリガンをこの大陸の調査に回すことも可能です』
「うーん、チョコレートのためにそこまでするのは……いや、これから外様の神を積極的に倒していくためにも、情報を集めておくに越したことはないか? そう、チョコレートはついでだよ、ついで」
小型情報端末がある場所にスプリガンを〈ユニット転送〉できる。
つまり樹海に一つ、調査先にもう一つを設置しておけば、いつでも調査先と樹海の往復が可能だ。
「樹海での防衛任務の合間にできることを考えれば、もっと早くやっておくべきだったか」
『もしくは衛星兵器〈ST026:レーヴァテイン〉を購入することを提案します。これは通常の衛星としての機能も持ちますので、アトルラン全域を測位することができます』
「あー、さすがに有償チップを全部消費するのは怖いかな。有償チップについては補充の目途が立ってないし」
恐るべきことに Break off Online には衛星兵器まで存在した。
〈ST026:レーヴァテイン〉は衛星軌道上から地上に向かって星間物質型弾体加速装置で攻撃することができる。
星間物質型弾体加速装置とは星間物質を超圧縮して生成した弾丸を加速装置で撃ち出す装置らしい。
オルティエから詳しい説明を受けたが、シキにはさっぱりわからなかった。
とにかく高威力の質量兵器なんだとか。
そんな他愛のない会話をしていると、山脈地帯に到達し折り返した東側の小型情報端末が不審な洞窟を発見した。