146話 攫われたりもしたけれど、私はげんきです。
謝罪の言葉を紡ぎながら、再び両手で顔を覆って泣き崩れるステナ。
そこにそれまで黙っていたセラが声をかける。
「ステナさん、顔を上げて。話を聞いた限り、貴女一人ではどうしようもない出来事ばかりだったのではないかしら。だからそんなに自分を責めるものではないわ。それに攫われたシキ君も意外と元気にやっているかも」
「そうですよ。黒髪黒目はこの辺では珍しいですから、面白がって貴族に買われて、それなりに教育されたけど自分で親を探そうと脱走して、失敗して孤児になって、なんやかんやで最終的に別の貴族に拾われたりしてるかもしれませんよ」
シキの妙に具体的な慰めを聞いて、ステナがぴたりと泣きやむ。
涙で腫れた目で訝しげにシキを見る。
「なんでシキが黒髪黒目だって知ってるんだい? わたしゃ話してないと思うが」
「えっ、いや……エフェメラさんが黒髪黒目だったので、息子もそうなのかなと」
「ふぅん」
しまった、という表情をシキは浮かべたが、幸いにもパワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉で顔は隠れているので、ステナには悟られなかった。
「カドナ村が襲われる前に、周辺の村付きの冒険者が集い調査を進めていたというのは初耳ね。彼らにエフェメラさんの消息は聞いたのかしら?」
「東隣のトーキ村の村付きには聞いたさ。でもカドナ村襲撃以降はエフィに会っていないそうだ。西隣のメイクイ村には聞けてないが」
「何か手掛かりがあるかもしれないわね。他の隣村の情報も教えてくれる?」
そしてセラのフォローでシキの失言は有耶無耶にできた。
ステナに気付かれないようにウインクしてきたセラを見て、シキは借りが出来たことを自覚して苦笑いを浮かべる。
隣村は他にも二つあったので、それぞれの位置を聞いて調査に向かうと決めた。
「ステナさん。色々教えて頂きありがとうございました。報酬を渡しますので、この冒険者ギルドの書類にサインをください」
「いや、報酬は受け取れないよ。あんたたちのエフィとシキ捜索の資金にしておくれ。それと」
ステナは急にテーブルの下に潜り込むと、床下収納から革袋を取り出す。
革袋の口を開けると、そこには銅貨や銀貨がぎっしり詰まっていた。
「わたしの全財産も持って行っておくれ。もしもの時のためにずっと貯めていたんだ。たいした額じゃないけど少しは足しになるだろう?」
庶民の労働でそれだけ貯めるのに、どれだけの時間と節約をしてきたのだろう。
ステナの努力の結晶を目の当たりにして、シキのバイザー越しの視界が歪む。
「ステナさん、ありがとうございます。でもお気持ちだけで十分です」
シキは革袋を持つステナの手を、パワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉のアームで優しく包み込む。
「俺たちはこう見えても冒険者として結構稼いでいるんです。報酬は受け取ってもらっても捜索に支障は出ません。財産もステナさん自身のために使ってください」
「でも」
「必ず二人を見つけ出しますから、それまでステナさんには元気でいてもらわないと困ります。だからこれからは過度な節約はせず、美味しいものをちゃんと食べて栄養をつけてください」
シキの言葉にステナは驚き目を見開く。
そして今度は喜びでほろほろと涙を流した。
「ったく、婆をどれだけ泣かせるんだい。お前さんの手は鎧なのに、不思議と暖かく感じるねえ」
ステナは自身の手を包み込む無骨なアームに、そっと頬を寄せた。
「セラさんにゼーレさん、頼んだよ。わたしにはエフィもシキも死んだとは思えないんだ。必ず見つけておくれ」
「ええ、任せてください」
ステナはシキとセラの姿が見えなくなるまで、家の前で手を振り続けていた。
シキは歩きながらオルティエに声をかける。
「オルティエ、今晩にでもステナさんが寝静まったら、治療薬をぶっかけちゃって」
『了解しました。マスター』
「相当苦労してたんじゃないかな。いくらアトルランの一般市民の生活が苦しくても、五十二歳にしては老け込み過ぎている気がするし」
これで翌朝にはステナの曲がっていた腰は真っすぐに戻り、肌艶も年相応以上に若返り美魔女になることが決定した。
本人及び近隣住人が大混乱に陥るのだが、それは治療費として割り切ってもらうしかない。
エフェメラはまだわからないが、少なくとも次はシキとしてステナを迎えに来るつもりだ。
最低でもステナが罪だと思っているうちの半分は清算してもらおう。
でなければステナが救われない。
「早速近隣の村に調査に行こう。まずは西隣のメイクイ村かな」
いつも通りスプリガンを経由して移動する。
まず〈SG-066 セラ・トゥー・クロス〉を迷宮都市ムルザの上空に飛ばし、シキも複座に〈搭乗〉した。
パワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉は脱いでいる。
そこから南下していくとムルザの半分くらいの大きさの街、ロシェが見えてきた。
ステナの話では更に真っすぐ南下すると旧カドナ村があるはずだ。
「うーん、さすがに村の外の風景に見覚えはないや。二歳児の目線だけだから覚えておこうにも情報量が少なすぎる」
「森の中に少し開けた場所が見えるわ。あそこが旧カドナ村じゃないかしら」
セラの指し示した先に着陸し〈降機〉で外に出た。
そこは村の入口と思われる場所で、振り返ると生い茂る草で覆われているが、うっすら道のようなものが見える。
ということはここがシキとステナがエフェメラの姿を見た、最後の場所のはずだ。
「俺の家は村の入口の反対側だから……」
僅かな記憶を頼りにシキが草むらを分け進む。
村の家々は火災と十年の歳月を経て朽ち果てているが、残骸が僅かに盛り上がっている。
だからなんとなく位置関係は察することができた。
「こっちがステナおばさんちで、多分このあたりかな。母さんと俺の家があったのは」
エフェメラとシキの家もすでに朽ち果てていた。
シキは家の玄関があったであろう位置に立ち、当時の間取りを想像する。
「……あ」
なんとなく視線を下げると、草に埋もれた木片が目に入る。
掘り起こしてみると、それは見覚えのある椅子の足と背もたれの一部であった。
エフェメラが家の軒先の椅子に座り、生後間もないシキを抱いて子守歌を歌ったり、話しかけたりしていた光景を思い出す。
十年前、エフェメラとシキは確かにここに居たのだ。