144話 世を忍ぶ仮のパワードスーツ
迷宮都市ムルザにある冒険者ギルドは、今日も大勢の冒険者で賑わっていた。
冒険者のほとんどが都市の中心にある〈星屑の迷宮〉が目的だ。
これから迷宮に潜るためにパーティーメンバーと待ち合わせしている者。
帰還して手に入れた魔獣の素材を買い取りカウンターに持ち込む者。
臨時パーティーを募集している者。
迷宮探索の疲れを癒すために、併設された酒場で祝杯を上げている者。
そんな連中が時間を問わずひっきりなしに出入りしている。
迷宮は年中無休の24時間営業ということもあり、各々が自由な時間に行動した結果だった。
もし〈星屑の迷宮〉が都市の外の、それなりに遠い場所にあればこうはいかない。
夜間の移動や野営は危険が伴うため、早朝に出発し日暮れ前に帰還する冒険者が多くなる。
すると必然的に冒険者ギルドでは朝と夕に大混雑……通勤ラッシュと帰宅ラッシュが発生した。
ラッシュはあるが暇な時間もある他所の冒険者ギルド。
ラッシュはないが暇らしい暇もないムルザの冒険者ギルド。
どちらが働きやすいかは職員の間で度々論争になるが、明確な答えは未だに出ていない。
ちなみにトータルの仕事量はムルザのギルドの方が多くなる。
迷宮が都市内にありアクセスしやすいということは、迷宮に通う冒険者の数も多くなるからだ。
そして冒険者が迷宮からより多くの利益を持ち帰ることで、迷宮都市ムルザは発展してきたのである。
そんなムルザの冒険者ギルドの扉が開かれ、誰かが入ってきた。
翡翠色の髪をロングサイドアップにした妖艶な美女で、髪と同じ色の切れ長の目は瞳孔が縦に長い。
蛇を連想させるその瞳で、獲物を探すかのようにギルド内を見渡している。
旅装束姿の腰には束ねられた鞭がぶら下がっていた。
偶然入口を見ていた数名の冒険者が入ってきた美女に見惚れていたが、今度はその後ろから現れた人物を見て驚くことになる。
その人物は身長が二メートルを超える巨体の持ち主だった。
全身に漆黒の板金鎧を纏い、頭部全体を覆う円錐型の兜を被っているため肌の露出が一切ない。
板金鎧の意匠はつなぎ目のない流線形で構成され、芸術品としてもそれなりに価値がありそうだ。
羽織っている外套もまた漆黒で、影のように美女に付き従い守る騎士のようだった。
それだけ大きければ嫌でも視界に入るし、美女以上にインパクトがある。
美女と騎士が受付カウンターに向かって歩き出すと、冒険者ギルド内の喧騒が次第にざわめきへと変化していく。
「この依頼の状況を確認したいのだけれど」
「はい。少々お待ちください」
美女から依頼証の控えを受け取った女性職員が書類を確認する。
棚から取り出した書類には、一枚の紙片が付け足されていていた。
「〈十年前に闇の眷属に襲われたカドナ村のその後を知る者求む〉という依頼ですが、村の元住人だという方から申し出が一件ありました。ステナという女性です」
「ステナおばさん……」
美女の背後に控えていた騎士が小声で呟く。
その声音は成人男性のものだった。
「この女性から話を聞くにあたり、職員の同席及び記録を希望されますか? その場合は後日になって虚偽の情報だと判明した場合、報酬の返金が可能です。準備が必要なため聞き取りは後日になりますが」
「いや、それには及ばない。今から話を聞きに行くので、相手の住所を教えてくれないだろうか」
職員から住所の書かれた紙片を受け取ると、美女と騎士は冒険者ギルドを後にした。
大通りを歩き始めて暫くしてから、美女こと〈SG-066 セラ・トゥー・クロス〉が騎士に変装したシキに話しかける。
「ボス、ステナという名前に聞き覚えが?」
「うん。カドナ村が闇の眷属に襲われた時、俺を抱えて逃がしてくれたのが隣に住んでいたステナおばさんだったんだ」
馬車に揺られて無事王都に到着したシキは、登城の許可を待つ間に迷宮都市ムルザへとやってきていた。
前回訪れた際に冒険者ギルドへ依頼していた人探しに進展があったことを、ドローンで確認したからだ。
現在シキは王都にいることになっているので、パワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉を装着し、変声機で声を変えて騎士に変装している。
インナー代わりに着込む〈GGX-104 ガイスト〉とは違い、〈GGT-117 ゼーレ〉は全身を外骨格で覆うタイプのパワードスーツだ。
外装になり装備としての体積が増えている分、〈GGX-104 ガイスト〉よりも総じて高性能である。
また他と比べると無骨寄りなデザインなので、辛うじて板金鎧を纏った騎士で通用した。
地球のエンタメを知っているシキからすると、騎士というよりも半永久発電機関で稼働し、両手足のジェットで空を飛ぶ某アメコミヒーローだったが。
チョーカー型の変声機も Break off Online 内で購入できるジョークグッズで、某名探偵ごっこができそうだ。
キック力はパワードスーツで常時増強済みである。
完璧な変装なのでもっと早く〈GGT-117 ゼーレ〉を使えば良かったと思う反面、肌を露出できないため血液での登録が必要な冒険者にはなれないという欠点もあった。
痛し痒しである。
ステナの家は迷宮都市ムルザの外周寄りの、比較的貧しい人々が住む地域にあった。
再会したステナは白髪だらけの、腰の曲がった老婆になっていてシキは驚く。
十年という歳月は、人にとってそれだけ長いものなのだと思い知らされる。
当然現れた美女と騎士にステナは驚いていたが、カドナ村の件だと知ると家に招き入れてくれた。
「我々はエフェメラさんの古い友人です。彼女が村付きの冒険者としてカドナ村という場所で暮らしていると聞いたのですが、十年も前に闇の眷属の襲撃に遭い滅んでしまったと最近知りました。それでカドナ村について知る人を探していたのです」
「そうかい、あんたらはエフィちゃんの知り合いだったのかい。わたしゃあの子に謝っても決して許してもらえない罪が二つあるんだよ」
ステナはそう言うと顔を両手で覆って泣き崩れてしまった。