143話 理解のある幼馴染さん
「ねえウル姉、この世界に外様の神っているの?」
「何言ってるのシキ。いるわけないじゃない。何のために世界網があると思ってるの? もし外様の神が地上に降臨したら、神話の時代みたいに神々同士の戦争が起こって、人種なんて巻き込まれて滅んじゃうんだよ」
「あっはい。すみません」
ウルティアに諭すように言われて、シキは思わず謝ってしまう。
シキはイルミナージェ第一王女の指示通り、視察団に混ざって王都へ帰還する馬車に揺られている。
視察団の一員のウルティアはシキとの別れを悲しんでいたが、シキも王都に向かうと知って大喜び。
シキとエリンを自分の乗る馬車へと招き入れたのであった。
ウキウキな表情のウルティアと、その横に座るしかめっ面のアルネイズという見事な対比にはシキとエリンも苦笑いを浮かべるしかない。
「宮廷魔術師のサマンサさんから聞いたんだよ。〈無敗をもたらすもの〉っていう闇の眷属が外様の神の末席だって」
先日樹海で倒した〈無敗をもたらすもの〉ことムハイは外様の神で、さらには Break off Online におけるスプリガンの宿敵メナスである可能性も出てきた。
後者はともかく前者が認識されていないのはまずいのではないかと思い、シキはウルティアに質問を投げかける。
「〈無敗をもたらすもの〉は確か〈悪魔卿〉が率いる八つの師団のうち、第八師団〈腐乱の群衆〉に所属する闇の眷属ね。中には僅かに外様の神の力……神力を持つものもいるけど、神そのものってわけじゃないの」
「じゃあさ、少しずつ神力を蓄えて、外様の神に成長した闇の眷属はいる?」
「うーん、いないんじゃないかな。少なくとも私は聞いたことない。さっきも言ったけどそんなのがいたら大惨事だもん」
「そっかあ」
シキが隣に座るエリンに視線を送ると、彼女は小さく頷く。
事前の打ち合わせ通り判断はシキに任せるという合図だった。
ウルティアに伝える必要はあるのだが、その隣の人物をどうしたものかと考えていると、
「アルネイズは気にしなくていいよ。秘密は守らせるし、口出しもさせないから」
「ウルティア様!?」
「今度シキにいじわるしたら一週間口きかないからね」
「ぐっ……」
アルネイズが抗議の声を上げるが、ウルティアの態度は頑なだった。
子供っぽい制裁内容だったが効果はあるようで、アルネイズは口をつぐんだ。
その分シキを睨みつける眼光は鋭くなったが、見なかったことにした。
「どうしてそんなことを聞くの? もしかして……」
「樹海に〈無敗をもたらすもの〉がいたんだ。しかも神力を蓄えこんでたみたいで、途中で変身したんだ」
シキは樹海でのムハイとの戦闘について説明した。
実際に戦った換装式汎用人型機動兵器については隠し、公表済みのオルティエによる単独撃破ということにしておく。
説明を聞いても最初は半信半疑のウルティアだったが、宝石のように輝く核を破壊して倒したと伝えると、赤いつぶらな瞳を更に丸めて驚いていた。
「神核があったということは、本当に神格を得ていたのね。さすがに最下位の格だとは思うけど。それを倒しちゃうのか」
呆然としながらウルティアがシキの斜め上あたりを見つめる。
そこでは非表示状態のオルティエが、馬車の壁に埋もれるようにして浮かんでいた。
「もしかしてウル姉、精霊が見えてる?」
「見えるというかなんとなく気配を感じるの。姿を現さなくても、いつもシキの周りにいるよね?」
「まじか。気配だけとはいえ存在を察知されたのはウル姉が初めてだよ。エリン母様やランディ様も気付かなかったのに」
改めて思い返すと、王都で再会した時からウルティアの視線はどこかずれていた。
虚空をじっと見つめたりして猫みたいだなあ、なんてシキは思っていたが見当違いにも程がある。
「この隠密性は武器なんだけど、今後は気付かれる可能性も考慮しないといけないな」
「あの〈雷霆〉も気付けないとなると、人の魔術でどうこうなるものじゃなくて、加護の格や強さが重要なのかも。私の加護は中柱の神である地母神だし」
神は大柱、中柱、小柱と三つの格に分けられる。
このアトルランという世界を作った創造神が唯一無二の大柱。
五つある大陸を守護するそれぞれの神が中柱で、地母神はそのうちの一柱。
その他細かい事象を司る神が小柱となる。
「確かランディ様は【智慧神の加護】持ちだったはず。智慧神も地母神とは別の大陸を守護する中柱の神だから、格はウル姉と一緒かな。あ、加護バラしたのは秘密だからね」
「うん、二人だけの秘密ね」
何故か嬉しそうに頷くウルティア。
別に二人きりでもないのだが……と指摘すると話が拗れそうなので、シキは黙っておく。
「同じ中柱の神ということは、加護の強さの差かもしれない。もしくは加護を与えている神の性質?」
『マスター、ウルティアが内包する魔力の一部から神力を検出しました。その量は綿毛羊の五十倍、ムハイの千分の一程度です。尚ランディを含む、これまでに出会ったウルティア以外の人物から神力は検出されていません』
「あー、加護の強さと神の性質の両方かもね」
オルティエの報告を聞いてシキは安堵する。
どうやら非表示状態のスプリガンに気付ける人物は限られているようだ。
「というわけで一部の強い闇の眷属は、外様の神に変貌する可能性があるんだ。地神教でそういう危険な闇の眷属を封印してたり、どこかに住み着いてるとか、そういう情報を持ってないかな? 手遅れになる前に討伐したいんだ。そう、王国の平和のためにっ」
真の目的は討伐による無償チップの入手だが、これも教えられないのでそれっぽい理由をでっちあげた。
急に胡散臭いことを言い出したシキを、ウルティアが赤い瞳でじっと見つめる。
なんだか色々と見透かされているような気がして冷や汗をかいていると、ウルティアはにこりと微笑んだ。
「ついに神託の通り救国の英雄になる気になってくれたんだね。お姉ちゃんは嬉しいよ。まだ他にも言ってないことがあるみたいだけど、事情があるのかな? 大丈夫。言えるようになったらでいいから教えてね」
「そ、そんなものはないけど? 〈東方より脅威現る〉って神託は結局〈無敗をもたらすもの〉のことだったみたいだし、これからも神託があったら教えてね。それとウル姉に謝らないといけないことが」
迷宮都市ムルザで事件解決のために、ウルティアの神託を捏造したことを告白する。
「シキが悪用するとは微塵も思ってないし、そのくらい構わないわ。神託の内容は神殿に報告することになってるけど、中身が本物か偽物かなんて私にしかわからないし。だからもっとお姉ちゃんを頼っていいのよ。闇の眷属の情報も神殿に戻ったら調べるね」
「う、うん。ありがとう、ウル姉」
怒られる覚悟もしていたシキであったが、あっさり許してもらえてほっとした。
これがオルティエとエリンの言っていた女心なのだろうか?
神託の捏造と聞いて、隣のアルネイズの表情がそれはもう凄いことになっていたが……シキは改めて見なかったことにした。