141話 おそらく恋バナ
ランディがエンフィールド男爵領に到着してからは、大半の時間を樹海で過ごしている。
王都に戻ったイルミナージェ第一王女の代わりに視察団を指揮するのが仕事だが、最低限の指示だけ出して部下に任せっきりだった。
一見すると職務怠慢に見えるが、実はそうではない。
領内の運営は部下でもできるが、樹海の調査はランディのような高い戦闘力を持った者でなければ行えないからだ。
樹海の調査は領内の運営と密接に関係する。
いくら領内の整備が進み受け入れ態勢が整っても、肝心の樹海にある希少な薬草、魔獣の素材調達の目途が立っていなければ意味がない。
だからランディが樹海に籠るのは適材適所、効率を重視した結果である。
……決して樹海探索が楽しいからではないのだ。
それに今あれこれ弄っても、間もなくやってくる几帳面な実務担当に手直しされる。
という理由もあったが。
前回の調査では森人族の里を見つけていて、今回はその森人族から聞いた北西にあるという狼人族の里を目指している。
パーティーメンバーはランディとレニアミルア、リーゼロッテ、そして……。
「リーちゃん、リーちゃん。そんなに顔を顰めてたら皺になっちゃうよ」
「わ、わかっていますわ。エッちゃん」
赤橙色の髪をポニーテールにした少女、〈SG-067 エキュース・キャバル〉に言われてリーゼロッテは自分の眉間を指で揉んだ。
リーゼロッテの視線の先には、楽しそうに喋っているランディとレニアミルアの姿がある。
彼らの近くには倒したばかりの大型魔獣、剣歯虎が横たわっていて、他所で生息する個体との差について議論していた。
二人は宮廷魔術師第三位と第二位なので、魔術師としての実力も見識も近いところにある。
なので樹海の植生や魔獣の特性について議論する相手として適していた。
ランディに想いを寄せているリーゼロッテもその会話に参加したかった。
しかし絶対的に知識量が足りない。
宮廷魔術師第七位を賜っているが、それはあくまで強力な【風神の加護】を加味してのこと。
二人の会話に入ってもついていけないため、こうして離れて「ぐぎぎ」と唸ることしかできなかった。
時折笑顔を見せて頷き合う様子は、まるで長年連れ添った夫婦のように見える……というのはあくまでリーゼロッテの主観だ。
実際はランディもレニアミルアも知識欲を満たすことしか考えていないのだが、嫉妬で目が眩んでいるリーゼロッテは気付かなかった。
「ほら、また怖い顔になってる」
「むぎゅ」
エキュースがリーゼロッテの正面に回り込むと、手の平で両の頬を挟んだ。
暫くそのまま頬でむにむにと遊ばれる。
いきなりあだ名で呼び合おうと要求してきたりと、最初は距離感に戸惑ったが三日もしたら慣れて仲良くなった。
リーゼロッテの顔で遊ぶエキュースは楽しそうだ。
エキュースは樹海の奥地にあるエアスト村からやってきたという。
樹海に原住民がいること自体は不思議ではないが、エキュースのような妙に垢抜けた村人は、正直言って怪しい。
教養はあるし、少し変だが礼儀作法もできている。
加えて薙刀の扱いが上手く、あの〈剣姫〉エリンと互角に打ち合えるのだから驚いた。
エアスト村については「理由も含めて追及するな」とランディから事前に通達があった。
エンフィールド男爵家というよりはシキに忠誠を誓っている風なので、彼の使役する精霊と関連がありそうだ。
リーゼロッテはそう目星をつけたが、それを追求してはいけない理由までは思いつかなかった。
「でもその気持ち、わかる。わかるよぉ。私も先輩……シキ様と他の女の人が話しているのを見るだけで胸が苦しくなるもん」
「そちらは私よりライバルが多そうですからね」
「そう! そうなの。私の持ち味を生かしてアピールしようとしても、その持ち味すら他の娘と被っちゃってるし」
「持ち味?」
「属性と言い換えてもいいよ」
「属性?」
言い換えられて余計にリーゼロッテは混乱する。
得意な属性攻撃で実力を誇示しろということなのだろうか?
リーゼロッテが空を見上げると、契約している風精霊のシルファがあぐらをかいて浮かんでいる。
眠たそうにあくびをしているが、周囲の警戒は怠っていない……はずだ。
自分が〈雷霆〉より優れている点があるとすれば、シルファを使った範囲攻撃くらいだろうか。
ありったけの魔力を注ぎ込めば、巨大な竜巻を起こして広範囲に被害を与えることはできる。
問題は単純な破壊活動をしたところで、ランディが喜ぶとは思えないことだったが。
「後輩属性はルーちゃんと被るし、元気属性はシーちゃんに敵わないし。没個性は辛いよ」
「ああ、属性ってそういうことですの」
どうやらエキュースは自分の個性を生かせと言いたいらしい。
ルーちゃんとシーちゃんが誰の事かわからなかったが、きっとエキュースのライバルなのだろう。
「確かにレニアミルア様と同じ条件で張り合っても勝ち目はありませんわ」
「そうそう。相手の土俵じゃなくて自分の土俵で戦うんだよ」
「どひょー?」
「向こうは先生同士、って感じだからリーちゃんは先生と生徒路線でどうかな? 色々教えてもらって成長を褒めてもらおうよ。そしてリーちゃんはランディさんの思い通りに育っていくの。そう、これは光源氏計画! リーちゃんは全体的に緑だから紫の君ならぬ緑の君だね」
「ひか……きみ……なんですって?」
一人で盛り上がり謎の単語を連発するエキュースに、リーゼロッテは困惑するばかりだ。
ちなみにエキュースは体育会系の性格をしていて、目上の人には敬語を使っていた。
そこにはマスター権限を持つシキも当然含まれているため、彼の前では大人しくしている。
もしシキの前でもこの独特なワードチョイスが炸裂すれば、没個性どころか結構なインパクトがあるのだが……本人はそれに全く気付いていないのであった。