138話 ドローン万能説
イザベラがサーライト暗殺のために贈った指輪は、『発動してしまえば間違いなく致死量が充満する』という発言から予想された通り、毒ガスを発生させる魔術具だった。
非表示状態のリファを〈降機〉コマンドの応用で地下牢に転送し、指輪を回収してすぐに樹海のとある場所に再転送する。
そこはムハイと戦った際にできたクレーターで、中央に指輪を投棄した。
リファをエンフィールド男爵家の屋敷に呼び戻し様子を伺っていると、およそ二時間後に指輪本体を触媒にして魔術が発動。
薄緑色のいかにもな靄が発生した。
「スキャン結果によると、指輪に籠めた魔力を用いて神経毒を生成しているようです」
「神経毒?」
「はい。非ペプチド性の化合物で、軽症なら横紋筋融解症による筋肉痛、麻痺や痙攣。重症化すると呼吸困難、不整脈、ショックや腎障害。冠状動脈に対して極度の収縮作用が起こります」
「つまりどうなるの?」
「死にます」
「ですよねー。あ、でもちょっと意外かも。もっとファンタジーな毒かと思ったらちゃんと科学的な毒なんだね」
「生成には魔素を媒介していますが、成分は自然界に存在しているものと同じで、新たに合成されたものではありません。魔術で再現しただけのものとなります」
「じゃあ科学的でないファンタジーな毒はないの?」
「マスター」
突然オルティエが前かがみになり左手を腰に当て、右手人差し指を立て左右に振るという、あざといポーズを決めて窘めるように言った。
「科学で解明できないものはありません。もし解明できないものが現れた場合は、それはまだ科学が未熟で解明されていないだけです」
「あっはい。ないのね」
昔見た超常現象を扱う海外ドラマで似たような台詞を聞いたなあ。
というのと同時に【十分に高度な科学技術は、魔法と区別できない】のだとシキは思った。
現にスプリガンたちは精霊扱いだし、治療薬は効果の高い霊薬だと認識されている。
「母様にはちょっと何を言ってるかわからないわ」
「大丈夫、俺も具体的には半分もわかってないから」
母子で降参宣言している間に、クレーターで発生した毒ガスは魔素へと分解され指輪ごと消滅していた。
「跡形もなくなるから証拠も残らないのか。それにしても何故サーライトを暗殺しようとしたんだろう? 洗いざらい話したあとだから、口封じするには手遅れだよね」
「主目的は粛清及び見せしめだと思われます。アートリース伯爵がサーライトの自供を元に捜査した結果、非合法の〈隷属の円環〉を販売した奴隷商を拘束しました。しかしその奴隷商は末端だったため黒幕まで辿りつけなかったようです」
「それは残念」
「ですがリファのドローンが黒幕を特定しました」
「まじで」
サーライトに〈隷属の円環〉を売った奴隷商を見つけるまでは簡単だった。
しかし奴隷商が〈隷属の円環〉を仕入れたルートは、間に沢山の人間が介在していたため追跡は困難を極める。
中身が何かを知らせずに冒険者に運ばせたり、わざとスラム街に捨てて孤児に拾わせ最寄りの古物商に買い取らせたりと手が込んでいた。
アートリース伯爵も三人目まで遡って追跡したが、そこで足取りは途絶えていた。
イザベラも追跡したが〈隷属の円環〉の手配とは別ルートのようで、サーライトと面会した後に怪しい動きはなかった。
という捜査の一部始終も、リファの別のドローンで伯爵家を監視していたので把握している。
「伯爵の力でも見つけられなかったのに、どうやってみつけたの?」
「迷宮都市ムルザ全体を複数のドローンでスキャンし、全ての〈隷属の円環〉の現在位置を明らかにしました」
「おおう……なんというパワープレイ」
「〈隷属の円環〉の大半が誰かの首に付けられているか、合法な奴隷商の店で保管されている中、一つだけとある商会の隠し金庫で発見しました」
その商会は複数の都市に支店をもつ大店で、特に第二王子派と懇意にしているという。
「そしてこちらを御覧ください」
オルティエがそう言うとシキの拡張画面にある映像が流れる。
そこは豪華な調度品がいくつも飾られた部屋だった。
小太りの中年男が椅子に座り、傍に立つ細身の若者と会話していた。
部屋の角から見下ろすようなカメラアングルになっているのは、おそらく鼠型ドローンが棚の上に陣取っているからだろう。
『〈智慧の輪〉の奉納だが、急遽取りやめになった。お前の耳にも入っているだろう?』
『はい。まさかあの方が、あんなことになるなんて』
『〈智慧の輪〉も返却することになるが、すぐに動かすのは危険だ。三日後の定期便に紛れ込ませるから準備しておけ』
『はい、畏まりました』
「〈智慧の輪〉って〈隷属の円環〉の隠語かな? いずれにしてもこれはダウトだ……なんというか、オルティエたちに隠し事はできないね」
「ご安心ください。スキャンで取得した情報は利用目的以外で使用することはありません。これはマスター登録時に承諾して頂いた108の規約の中に含まれています」
利用目的の範囲が気になった。
だが聞くと藪蛇になる予感がしたのでシキは聞き流した。
「さて、この情報をどうやってアートリース伯爵に伝えようか」
「それでしたら提案したい内容があります。リューナを使ってもよろしいでしょうか?」
オルティエの説明を聞いて逡巡したシキであったが、最終的には了承してリューナを迷宮都市ムルザに転送した。