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精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~  作者: 忌野希和
3章 迷宮の謎 樹海の謎 両親の謎
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136話 いたたまれない

「ああ、お兄様。なんて可哀そうなお姿に」


 そう言ってよよよと、わざとらしく泣き崩れたのは金髪碧眼の小柄な令嬢だ。

 護衛の騎士を二人連れていて、その片方が少女の肩を掴んで倒れる前に支えた。


「イザベラ? どうしてお前がここに……まさか」


「お兄様が無実の罪で囚われていると聞いて、旦那様に無理を言って大急ぎで助けに参りましたわ」


 イザベラと呼ばれた令嬢は、唇に人差し指を当ててサーライトを黙らせた。

 悲しげな表情を浮かべ、抑揚をつけた大げさな口調で話し続ける。


「誇り高いお兄様が犯罪に手を染めるわけがありません。きっと悪い輩に騙されて、非合法な魔術具を掴まされたのでしょう。私が来たからにはご安心なさって。必ず無実だと証明してみせますわ。だからもう少しだけ辛抱してくださいまし」


「イザベラ待ってくれ、何を―――」


「それにしてもお兄様をこんな場所に閉じ込めるなんて許せません。碌に食事も取れていないのではなくて? 差し入れをしたかったのですが、アートリース伯爵様の許可が得られず申し訳ありません。代わりにこちらを」


 護衛のもう一人がサーライトの牢屋に近づき手招きする。

 ふらふらした足取りで近寄ったサーライトの腕を鉄格子越しに掴み、掌に指輪を握らせた。


「《小治癒》が付与された指輪です。効果の高いものではありませんが、身に付ければ少しは体が楽になるかと。それでは私は失礼します。ごきげんよう」


 イザベラは一方的に喋ると地下牢を出て行った。

 残されたサーライトは掌に乗った指輪を暫く見つめると、指には嵌めずに鉄格子の外に向かって放り投げる。


 指輪は放物線を描いて飛んでいき、向かいにある無人の牢屋の中に落ちた。

 サーライトは牢屋の奥の壁際まで下がると背中を付けて座り込む。

 そして俯いたまま動かなくなった。








「サーライト様は指輪を嵌めるでしょうか?」


「どっちでもいいわ。あの地下牢は通気口以外に外と繋がっていないことは確認済み。ったく、おかげで鼻が曲がるかと思ったわ。だからどこに投げ捨てても、あの狭さなら発動さえすれば間違いなく致死量が充満するわ」


 帰りの馬車の中でイザベラが悪態をついている。

 先程までの兄を心配する妹、といった雰囲気は消え失せ、忌々し気に顔を歪めていた。


「奴隷で我慢しておけばいいのに、殺しにまで手を出すからいけないのよ。欲望を抑えることもできなければ、バレないように取り繕うことすらできないなんて。そんなだからノーグ家から追い出されたのよお兄様は」


「しかし本当に宜しかったのですか? いくら時間差があるとはいえ、イザベラ様の面会の後にサーライト様が死ねば疑われますが」


「問題ないわ。あの指輪は特別製だから証拠は絶対残らない。だから疑われても知らないと突っぱねれば、それ以上は追及できない。さすが王国の裏で暗躍するサンルスカ家よね。暗殺手段に事欠かないわ。私を嫁がせたお父様は正しかった。これで王国の中枢に入り込めるもの………そう、これでいいのよ」


「イザベラ様……」


 最初は兄を蔑む強気な態度を取っていたが、次第に声音が弱まり顔が青ざめた。

 自分の肩を抱き言い聞かせるように呟くイザベラに護衛が心配そうに声をかける。


 その一部始終を足元に潜伏している鼠型ドローンのカメラが撮影しているが、非表示設定のためイザベラたちが気付くことはなかった。








『イザベラ・ノーグは成人すると同時にダナン・サンルスカに嫁入りしたの。完全に政略結婚ね』


 リファによってダナン・サンルスカの画像がシキの拡張画面に表示される。

 そこにはオークのように丸々と太り、頭頂部が禿げ上がり、脂でテカっている中年男性の姿があった。

 自分の屋敷の一室と思われる場所で美女を数人侍らせ、欲望にまみれたいやらしい笑みを浮かべている。


『うわ、これは酷い』


 どう見ても親子ほどの年齢差があるためシキの頬が引き攣る。

 こんなものを見せられてしまっては、イザベラへの印象も変えざるを得ない。


『政略結婚ってことは、無理やり暗殺に加担させられてるってことでいいんだよね?』


『うん。あの護衛たちはイザベラが幼い頃から仕えてるんだけど、よく二人で嘆いているわ。結婚する前はいつも笑顔で、虫も殺せない優しい性格だったのにって』


『Oh……』


 思わず英語になってしまうシキである。

 もし話の通り純真無垢だったイザベラが、裏で暗殺を生業とするサンルスカ家に無理やり嫁がされ、結婚相手は親の年齢のようなおっさんで、兄がゴリゴリの犯罪者だと最近知ったのなら、その心労は計り知れない。


『ワンチャンそのダナンってやつが見た目によらず凄い優しい性格とか?』


『見た目通り女好きで、イザベラは側室で道具の一つとしてしか扱われてないわ』


『……』


「どうしたのシキ? 急に黙っちゃって」


 日本語の理解できないエリンにイザベラの状況を説明する。

 エリンの柳眉はあっという間に吊り上がった。


「政略結婚の中でも最低の部類ね。家と家と繋ぐために婚姻関係を結ぶだけならまだしも、実際に暗殺で手を汚させるなんてありえない。シキ、そのダナンとかいうおじさんを斬りに行くわよ!」


「そんなスースじゃないんだから……気持ちはわかるけど」『サンルスカ家ということは視察団として来ているジーナとダナンは家族なの?』


『ジーナはサンルスカ侯爵家当主の娘で、ダナンは当主の姉の息子よ』


『いとこ同士か。ジーナも相当後ろ暗いことしてるみたいだしなあ』


 シキはジョルジュ・アートリース伯爵領の「貴族は第一に矜持、第二に利益で考える」という言葉を思い出す。

 矜持と利益のためなら、政略結婚も暗殺もまかり通るのが貴族社会だ。


 元日本人のシキの感覚ではありえないことも、このアトルランでは当たり前だった。

 シキにその当たり前をやめさせる権利はないし、仮にやめさせるにしても発生する労力と責任を負うこともできない。


 元小市民な日本人故に、自身の行動で多くの人の命や人生が左右する状況なんて、とてもじゃないが耐えられない。

 シキは将来エンフィールド男爵家当主となり、領民の命と人生の責任を負うのだが、さすがに規模が違い過ぎる……と少なくとも本人は思っている。


「とはいえ見て見ぬ振りも、それはそれで辛い」


『リファに継続して情報収集をさせましょう。情報は多ければ多い程、取れる選択肢が増えます』


『そうだね。リファ、お願いしてもいいかな?』


『任せて! にぃに』

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