134話 神狩り
これが神々の戦いなのか。
現地に到着した白銀狼ガルムの目に真っ先に入ったのは、空に浮かぶ悍ましい物体だった。
見た瞬間に銀色の毛が総毛立ち、言い知れぬ恐怖に今すぐ尻尾を巻いて逃げ出したくなる。
ガルムを恐怖から守ったのは、全身を覆っていた白銀の輝きだ。
それは音場の神が神託と共に授けた神力による防御膜で、役目を果たすと消失してしまう。
神託に従い、ガルムはこの戦いを見届けにやってきた。
初めて見る外様の神は不可視の存在と戦っている。
八本ある足が何かを振り払うように暴れ狂い、足の欠損と再生を繰り返していた。
ガルムは蒼い双眸を凝らし、シュヴァルツァから聞いていた姿を探す。
彼女はシキたちの仲間に同族の竜や巨人がいると言っていた。
ガルムは何度かシキと会っているが、彼と彼を守護する女性たち以外を見たことがない。
シュヴァルツァは幼いが竜族という最強種族であり、いくらシキたちが強くても従えさせるのは困難なはずだ。
それがもし今外様の神と戦っていると思われる、竜や巨人のような存在がいたとしたなら納得がいく。
ガルムはシュヴァルツァの言葉が理解できるため知ることができたが、シキの口からは説明を受けたことはない。
説明できないのか、したくないのか、する必要がないのかは判断がつかなかった。
戦っているのは二体、いや三体だろうか。
ヒントがあったおかげで、ガルムは外様の神と戦う存在がぼんやりと想像できた。
想像は少しずつ輪郭を帯び実体化していく。
それはガルムの体に僅かに残った神力の影響なのだが、巨人の姿だけでなく攻撃も認識できるようになる。
剣を振るう巨人、短刀を投げる巨人、石弓を撃つ巨人。
巨体だというのに人よりも素早く動き、それぞれの攻撃が太い足を吹き飛ばす。
ガルムではあの足一本すら躱せないし破壊もできないだろう。
圧倒的な戦闘力に驚嘆し低く唸っていると、上空に新たな巨人が出現する。
その巨人は黒く長い柱を抱えると、外様の神に先端を向けた。
柱から一筋の赤い光が飛び出したかと思うと―――光が拡散する。
そして世界は赤で埋め尽くされた。
「ええと……ガルムさん、大丈夫ですか」
⦅あ、ああ。大丈夫だ⦆
伏せた状態で首だけを動かして、しきりに周囲を見回しながらガルムが念話で答えた。
耳を後ろに引き、尻尾は股の間に隠れている。
明らかに大丈夫ではない。
ムハイを倒しきる前にガルムがこの場に到着してしまっていたため、戦闘終了後にシキは合流していた。
「やはり戦闘音が響いていましたか?」
⦅それもそうだが、我が崇める音場の神から神託があったのだ。神々の戦いを見届けよ。そして助力せよと。シキ殿、君も神の僕……いや、神なのか? 外様の神を倒してしまうとは。あの強い巨人たちがいるから、シュヴァルツァも従えていたのだな⦆
「!? 見えているのですか?」
思わずシキは上空で待機しているシアニスを見上げてしまう。
同じ方向をガルムも見上げるが、何も見えなかったようで首を左右に振った。
⦅あそこにいるのか? 今は見えない。おそらく音場の神の神力が抜けたからだろう。だが先ほどは赤い光によって外様の神の体が消し飛び、僅かに残った体も巨人が蹴り飛ばして粉々にしたのが見えた。神を殺せるのは神しかいない。シキ殿よ、我は音場の神の神託に従うつもりだ。助けが必要なら言ってくれ。我ごときに何ができるかわからないが……⦆
「ど、どうしよう」
シキが困ってオルティエを見ると、彼女はゆっくり頷いた。
『ある程度正体を明かしてもよろしいのではないでしょうか? ランディたちのように貴族のしがらみがあるわけでもありませんし、神との誓いであれば約束を破ることもないでしょう』
「オルティエがそう言うなら……」『シアニス、こっちにおいで』
『はい! ご主人様!』
表示設定:オンにした〈SG-071 シアニス・エルプス〉を呼ぶと、嬉しそうに空から降りてきた。
先程はぼんやりとしか見えていなかった換装式汎用人型機動兵器が目の前に降り立ち、ガルムは改めて驚き蒼い目を丸める。
⦅こ、これが巨人の本当の姿か⦆
「さて、どこから説明しよう」
色々考えたが、Break off Online というゲームの概念は説明が難しいし、シキ自身もどうしてアトルランに Break off Online が落とし込まれているかは未だに理解できていない。
なのであくまでスプリガンは、エンフィールド家に代々受け継がれている精霊の真の正体だと説明するに留めた。
⦅なるほど。この巨人が魔無しの悪魔の正体というわけか。神力がなければ不可視どころか気配すらなく攻撃できるとは恐ろしいな⦆
それ能力じゃなくて設定なんですよ。
とは説明できないのでシキは黙っておく。
⦅本当にそのすぷりがん? は神ではないのか?⦆
「じゃないと思うけど……」
『我々スプリガンが扱うエネルギーと、この世界で神力と呼ばれているエネルギーとの適合率は0%です』
「やっぱり違うみたい。ただ俺たちは外様の神を倒すのが使命、ではないけど倒す必要があるんだ。無償チップ……ええと、倒すと力を吸収できるんだ」
⦅外様の神を野放しにしていては、アトルランに住むあらゆる生命が脅かされる。外様の神の僕である邪人や闇の眷属も含めて、我々には倒す使命が課せられているのだ。しかし外様の神そのものが地上に現れるなど初めてのことだ。いったいどこから現れたんだ⦆
「あ、あいつはですね」
元々は樹海の南東を縄張りにしていた闇の眷属で、戦闘の途中で外様の神に変身したのだと説明した。
⦅そんなことがあり得るのか⦆
「すべての闇の眷属がそうというわけじゃないみたいです。あの〈無敗をもたらすもの〉が特殊なんだ」
⦅確かにそう易々と外様の神が現れては敵わんな。とにかく我はシキ殿に協力する。何でも言ってくれ⦆
「なんでも? じゃあ前に断念したシャンプーで愛犬を泡まみれになりながら洗うという野望を……」
⦅えっ⦆
「えっ」