131話 重い想い
『マスターは万が一に備えて屋敷に退避してください』
「ここで見届けていたら駄目? 何もできないし邪魔だろうか」
『マスターが邪魔などということは、いつ何時もありません! 万が一も言葉の綾で、実際に被害が及ぶ確率は更にゼロが四つは並びます』
「そんなに。本当に無理してない? 復活したムハイ? はこっちが見えてるみたいだし……」
ムハイは〈表示設定:オフ〉になっている〈SG-071 シアニス・エルプス〉が見えている。
これまであった優位性は失われた。
更に先ほどの怖気といい、これまで戦った闇の眷属の山崩しや上位精霊のロージャより手強いかもしれない。
シキは自分が邪魔でしかないことを理解していた。
しかしそれでも戦場に残りたかった。
自分だけ安全な場所で待機して、スプリガンたちに任せっきりにするのが嫌だったのだ。
スプリガン本体とコアAIは繋がっているため、もし倒されそうになった時に本体を放置してコアAIだけ脱出するようなことはできない。
本体の破壊はコアAIの死である。
彼女たちは替えが利く命だから気にするなと言うが、替えさせるつもりはなかった。
もしそんな状況になるのであれば、スプリガンたちを指揮する長として共に責任を取るつもりだ。
指揮官が最前線の兵士と共倒れになるリスクを負うなんてありえない。
シキが先に死んでも構わないと思っているということは、残されたスプリガンの指揮は放棄すると宣言しているようなもの。
つまりこの場に残るのは自己満足。
ただの我儘でありシキは申し訳ない気持ちになる。
『そもそも〈表示設定〉はスプリガンの戦闘能力とは直接関係のない設定。これを看破できないということは、同じ土俵に立ってすらいなかったということです。ではあのムハイがどうかといえば、予想外のエネルギー反応に驚いてしまいましたが、エネルギー量自体はショート級の雑兵。格の違いというものをお見せしましょう。マスター、一部権限の期限付き譲渡を要請します』
権限を取得したオルティエが、〈SG-072 スース・ファシロ〉と〈SG-069 プリマ・グリエ〉を転送。
クレーターの縁に武者風、忍者風のロボットが出現した。
『スース、プリマ。マスターは退避せずこの場で戦況を見届けるそうです。この意味がわかるわね?』
『承知』
『当然』
両者ともに短い返答だったが、ボイスチャット越しでもわかるほどに力強い。
シキは自分のことを我儘しか言わない邪魔者としか思っていないわけだが、スプリガンたちからすれば逆だ。
戦場に残るということは、敬愛する主はスプリガンたちを信頼している、頼っているということ。
更には命までも委ねてくれているのだから、士気が上がらないわけがない。
我儘? もっと言って全部叶えるから。
邪魔? そんなわけない、許されるなら戦場でもずっと抱きしめていたい。
そのぐらいの気持ちでいる。
シキはスプリガンたちの愛の重さを正しく理解していないのであった。
スプリガンの位置関係はシアニスが6時方向、スースとプリマが2時と10時方向となっていて、クレーターの中心にいるムハイを取り囲んでいた。
ムハイはシアニスの方を向いたまま、少しずつ体を汚泥から浮かび上がらせている。
「人型は上半身だけだったのか」
ムハイの下半身は独楽のようになっていた。
幅広の三角錐をひっくり返した塊の上に、人型の上半身が乗っかっている。
ムハイは汚泥を出ても上昇し続け、クレーターの縁よりも高い位置で止まった。
そして独楽の先端が裂けて捲れる。
触手の先端がそうなった時よりも細かく裂けて水平方向に広がると、それを骨組みにして触手が増殖し肉付けされていく。
最終的にクレーターの半分、つまり直径50メートル程の大きさの八本足ができあがる。
ムハイの下半身は独楽から巨大な蛸のようなものへと姿を変えていた。
巨大な触手の付け根には丸い穴が開いていて、生物の蛸と同様にそこが口になっているようだ。
ただし口に生えているのは蛸の歯ではなく人間の歯だった。
人間でいうところの奥歯が円形に並び、口が窄まる度にギリギリと歯軋りの音が聞こえる。
「Blooooooooooooooooow!」
その口から放たれた、怨嗟が籠っているかのような野太い咆哮を合図にして戦闘が開始された。
真正面にいたシアニスに四本、スースとプリマには二本ずつの足が襲い掛かる。
メニュー画面で三機とも非表示設定であることをシキは確認しているが、やはり見えているようでムハイの狙いに狂いはない。
鞭のようにしなり×印に交差しながら迫る足を、シアニスはギリギリまで引き付ける。
メインモニターが蠢く触手の集合体である足で埋め尽くされる直前、複座に座るシキの体に強烈なGがかかった。
瞬間加速で急上昇したからだ。
交差する二本の足を紙一重で躱し浮かび上がったシアニスに、もう二本の足が左右から挟みこむように繰り出された。
今度は下方向への瞬間加速で回避したため、上方向のGによってシキの内臓が持ちあがる。
「ぐおお……」
『衝撃制御装置が作動していますので人体に影響はありません』
ルミナのような限界を超えた加速ではないが、内臓や三半規管には大きな負荷がかかっている。
これなら確かに制御装置がないと人体に影響も出るだろうなと、シキは実感した。
クレーターの外に着地したシアニスは、ブースト移動で樹海の木々の間を縫いながら後退。
ムハイの足も同じルートで地を這うようにして追いかけてきた。
『両肩ハンガーにショットガン〈MLK:N4800〉を転送したわ』
『了解っ』
アサルトライフル〈メタリア AKX160〉では火力不足だ。
そう判断したオルティエの指示で武器の換装を行う。
シアニスの両肩には手持ち武器を保持できるハンガーが搭載されており、その両方に銃身が縦に二つ付いた大口径の銃が転送される。
右腕はアサルトライフルと交換、左腕はフリーだったためハンガーから銃を引き抜く。
シアニスはショットガンを腰だめに構えたところで立ち止まる。
そして追いかけてきたムハイの足に向かって両トリガーを引いた。
何かが爆発したような、大きな銃声が響き渡る。
シアニスを叩き潰そうと鎌首をもたげるような動きをしたところに、放射状に発射された無数の散弾が直撃した。
有効射程である至近距離、且つ二挺同時発砲の威力はすさまじい。
ムハイの足の広範囲が一瞬で消し飛び、千切れた細かい触手と汚泥が辺りに散らばった。