126話 貴族の矜持
「サーライトと連座についてはひとまず置いておこう。盗賊の女は罪を犯す前であるから無罪放免で構わない。残る二人は強要されていたとはいえ何人も冒険者を殺している。通常であれば極刑は免れないが、シキ殿が望むならすべてなかったことにして、身柄をシキ殿に引き渡してもいい」
「ええっ!? それは困ります」
「おや、てっきり彼女たちが欲しいのかと思ったが違ったか。すまん冗談だ。美しい侍女を連れている時点でありえない話だったな」
大慌てで虚空を見上げながらシキが否定する。
その様子を不思議に思いながらジョルジュは言葉を続けた。
「シキ殿が承諾してくれるなら、サーライトたちについて当面はただの冒険者同士のいざこざとして処理したい。ちなみに何故そうしたいかわかるかね?」
ジョルジュの試すような視線を受けて、シキが顎に手を当てて考える。
サーライトは第一王子派の貴族で、非合法な〈隷属の円環〉を所持していた、ということは……。
「第一王子派の汚点となるので隠蔽したい、ですか?」
「満点ではないが正解だ。シキ殿は若いがなかなか察しがいいな。ただ貴族的な思考自体からはズレているようだが」
「はは、どうも……」
転生者であるシキの精神年齢は若くないし、貴族として生きた割合も少ない。
ジョルジュの見立ては正しかったが、素性は明かせないのでシキは曖昧に頷いた。
「非合法な〈隷属の円環〉の入手ルートを突き止めない限り、汚点は今後も拡大する可能性がある。だからひとまず〈隷属の円環〉については隠蔽した状態でサーライトたちを拘束する。公にするとサーライトと繋がっている犯罪者に逃げられる可能性があるためだ。冒険者殺しの罪は〈隷属の円環〉の捜査が終わった後に、然るべき罰を与える」
「捜査のため一時的に、というのであれば承知しました」
「感謝する。さてシキ殿は派閥の汚点であるサーライトを捕らえ、全ての事情を知っている他派閥の貴族というわけだ。これは大きな借りであり、返すためにも要望には最大限応えるつもりだ」
「それで先程は無罪にしてもいいとおっしゃったのですか」
「そういうことだ」
シキと貴族としての接点がほぼなかったことは、ジョルジュにとって不幸中の幸いだった。
これがもし近隣の他派閥貴族であれば、ここぞとばかりに関税の緩和や兵力貸与といった無理難題を突きつけてきたであろう。
犯罪者の減刑や被害者救済程度で済むのであれば安いものだ。
貴族らしい要求がないのも助かっている。
第一王女派の他の貴族の入れ知恵で、こちらの派閥に介入するような要求があると厄介だが、シキしかいないこの場で全て決めてしまえば問題ない。
借りに対しての礼が少なすぎると後日追加要求があったとしても、解決済みだと突っぱねられる。
「さすがに無罪というわけにはいきません。ジョルジュ伯爵、強要されていたことを考慮しても、何人も冒険者を殺したとなればやはり極刑が妥当なのでしょうか」
シキは前世の世界にあった思考実験〈カルネアデスの板〉を思い出していた。
【船が難破し、船員たちが海に投げ出された。板が浮いているが、小さくて一人しかつかまれない。自分が生き延びるため、板を他者から奪って溺死させるのは正しい行為か】という問題だ。
彼女たちは〈隷属の円環〉によって命を握られ、生き延びるために他の冒険者を殺さざるを得なかった。
確か日本の刑法では〈緊急避難〉と判断されれば罪には問われなかったはずだ。
しかし既に複数人の冒険者を殺しているから〈過剰避難〉で罪になるだろうか?
一人分の命までだったら〈過剰避難〉ではなかったのだろうか? シキには判断がつかなかった。
「やはりシキ殿は貴族らしくない考えの持ち主だな。無意味とまでは言わないが、罰の妥当性はそもそも重要かね?」
「えっ」
「貴族なら先に述べた通りまず第一に矜持、第二に利益で考える。矜持のためなら極刑にも無罪にもするし、利益のためなら優秀な人材は戦闘奴隷や鉱山送りにして使い潰す。それが貴族というものだ」
そこまで言われてここは異世界なのだとシキは再認識した。
人の命の価値は平等ではないし、為政者が白と言えば黒も白になるのだと。
「彼女たちは極刑が妥当かもしれないが、シキ殿の矜持が許さないのであれば減刑すればいい」
「ですがそれでは……」
「罪の償い方は極刑だけではない。戦闘奴隷や鉱山送りで領地に利益をもたらすことも償いになりえる。奪った命以上に生涯を賭けて命を救わせるのだ。それはある意味極刑より過酷なものになるだろうが……まぁ結論を出すのは一通りの捜査が終わった後だ。それまではじっくり考えるといい」
「そうですね、わかりました。色々と教えて頂きありがとうございます」
「遺族への補償も冒険者ギルドを通じて準備させよう。他に要望はあるか?」
「あ、それではもう一点だけ。全然話は変わるのですが」
やはり虚空を見ながら小さく頷くような素振りをしたシキが、人差し指を立てて付け加える。
「迷宮で国宝級の魔術具が発見された場合、迷宮を管理する領主が買い取る法律があると思います。もし私たちが〈星屑の迷宮〉で発見した時は、ジョルジュ伯爵の裁量で買い取りを免除して頂けないでしょうか」
「ほう、そんな滅多に適用されない法律をよく知っていたね」
迷宮からは様々な魔術具が発見されるが、中には在野の冒険者が所持するには危険すぎるものもある。
そういったものは領主が買い取って管理する法律があった。
しかしそれ程の魔術具は滅多に出ないし、〈星屑の迷宮〉で発見された実績もない。
シキの要望は空手形に終わるだろうとジョルジュは判断した。
「そうだな、一点までなら免除しようじゃないか」
この発言を将来のジョルジュは大いに後悔するが……当然、現在の彼はまだ知らない。
「やはり〈精霊使い〉シキ殿の目的は迷宮だったのか。御前試合で〈雷霆〉と互角にやりあっただけはある」
「あのう、俺が〈精霊使い〉というのは貴族の間では有名なのですか? サーライトも知っていました。兵士詰所や冒険者ギルドでは貴族かすら疑われたのに」
「シキ殿のことは派閥争いに聡い貴族であれば、王都から遠い場所であっても耳に入っているが、そうかサーライトも知っていたか。それは貴重な情報だ。捜査対象が絞れる」
シキとジョルジュはその後も夜遅くまで、情報交換と今後についての打ち合わせを続けた。