125話 後始末
フェリデアはサーライトを殴り続けた。
体が動かなくなったら治療薬を与え、完治させてから再び殴る。
それを何度も繰り返し、サーライトがやめてくれと懇願しても続けた。
最初こそ必死に抵抗していたが、最終的に亀のように蹲り「いひひひひ」と奇声を発するだけになったところで、ようやくフェリデアは殴るのをやめた。
体は治療薬で治るが板金鎧は直らない。
トンファーによって殆どが破壊しつくされ、サーライトは半裸状態になっていた。
「よし、こんなものか」
「そんなに殴って大丈夫なの? 主に頭が。これから罪を自白しないといけないのに」
軽い運動をしていい汗かいた、みたいな気安い口調のフェリデアに対してアリエが質問する。
「人間ってのは想像以上にタフなのさ。今は防衛本能が働いておかしくなっているが、時間が経てばある程度治るぞ」
「あ、ある程度……」
シキに抱かれたままサーライトへの断罪を見ていた盗賊の女が、恐怖で体を震わせる。
一方で神官と魔術師の女は無表情のまま、壊れたサーライトを見下ろしていた。
誰ももう抵抗する意思はなかったため、全員で迷宮を脱出する。
サーライトの冒険者としての外面はかなり良かったのだろう。
蹲って動かない半裸のサーライトを引き摺って迷宮を出ると、その姿を見た入口に駐在している兵士たちが慌て出した。
「サ、サーライト殿!? これはいったい」
危うくシキたちがサーライトへの暴行容疑で捕まりそうになったので、エンフィールド男爵家の長子であることを明かす。
知らない家名を言われて兵士たちの態度が更に硬化しそうになったが、王家との盟約の証である、蔦の絡む剣をモチーフにした紋章が施された短剣を見せると、ようやく貴族であると信じてもらえた。
冒険者ギルドでサーライトが冒険者殺しであることを伝える。
ギルド支部長は事態を重く見ると、すぐに迷宮都市ムルザを管理するアートリース伯爵へと伝令を走らせた。
サーライトたちの身柄を兵士に引き渡したので、あとは事情聴取した後に処罰が下されることになる。
彼女たちには情状酌量の余地があり、約束した以上シキは出来るだけ力になるつもりだ。
領主まで話が打ちあがっていることから、表向きだけでもムルザに長期滞在することになりそうだ。
そう思っていたシキだが、その日の夜に早速領主から呼び出しがあった。
面会の予約をするだけで数日かかる貴族社会からすれば、緊急事態とはいえ異例の速さである。
シキはリューナを従者にしてアートリース伯爵の屋敷へとやってきた。
「急な呼び出しに応じてくれて感謝する。〈精霊使い〉シキ・エンフィールド殿」
通された部屋では線の細い中年男性が書類に目を通していたが、シキが入ると立ち上がり握手を求めてきた。
彼こそがジョルジュ・アートリース伯爵だ。
明るめの茶髪を整髪料で綺麗に固めていて、一瞬だけ値踏みするような眼差しがシキに注がれたが、すぐに柔和な笑みで隠された。
「こちらこそありがとうございます。伯爵にはお伝えしたいこと、相談したいことが沢山ありましたので」
「丁度サーライトたちの聴取結果の第一報が届いて目を通していたところだ。全員が素直に聴取に応じたそうだ。現時点での情報を整理しよう」
まずサーライトの身元だが、彼は第一王子派に所属の、とある侯爵家の三男であった。
そして神官、魔術師の女もそれぞれ伯爵家、子爵家の令嬢だという。
「サーライトは三男で家督を継ぐ立場にはいない。貴族の次男以降は通常なら騎士を目指すところだが、授かった加護の内容によっては冒険者になる者も稀にいる。これは令嬢たちについても同じことが言えるが、どうしても貞淑が求められることもあり更に数は少なくなる」
つまり表向きはサーライトの婚約者のような立場だったが、真実はそうではなかった。
非合法の〈隷属の円環〉を使い無理やり手籠めにしただけでなく、冒険者殺しの片棒を担がされていたのだ。
盗賊の女だけが唯一、シキたちと遭遇する直前に新たに〈隷属の円環〉で囚われていて、犯罪に手を染める前であった。
「やはり三人とも貴族だったのですか。罪が表沙汰になれば一族に迷惑がかかると、サーライトは脅していました」
「そうだろうな。貴族は矜持を重視する。仮に連座を免れたとしても愚かな犯罪者を一族から出したとなれば、他領の貴族に侮られることは必至。そしてそれは貴族にとって耐え難い屈辱だ。さて次に罪状だが……」
供述によるとサーライトたちは一年間で五組の冒険者パーティーを襲い皆殺しにしていた。
「一年で五組というのは、同じ期間 〈星屑の迷宮〉で命を落とす冒険者全体の数と比較してもかなり少ない。証拠を残さずに犯行を行われれば、まず気が付かないだろう。サーライトたちは冒険者として十分な成果を上げていた。故に冒険者殺しの目的はサーライト個人の欲望を満たすためだろう。一部の貴族にありがちな性だが、このやり方は許されるものではない」
「やり方、ですか」
「まだ若いシキ殿には理解できないかもしれないな。下手をすればサーライトはまだましな方まであるぞ……聴取は継続するが、今後大きく罪状が変わることはないだろう。最後に量刑について、君から何か要求はあるかね?」
ジョルジュに問われて、シキは考えていたことを素直に口にした。
「ええと、それではまずサーライトを含めた全員、連座といった本人以外への処罰をなしにして欲しいです。次に女性たちは〈隷属の円環〉で行動を縛られるだけでなく、特に貴族の二人は家族も人質に取られていました。なのでそういった事情を考慮して処罰して頂けないでしょうか。あと被害者に遺族がいれば、最大限の補償もお願いします」
「ふむ……」
ジョルジュはシキの要求内容を吟味する。
一体どういう意図があってそんな意味のない要求をしてくるのか。
もう少し探る必要があるなと考えながら、自派閥にとって有益な結果を得るためにジョルジュは交渉を始めた。