122話 冒険者殺し
振り返ってみれば、奪われるばかりの人生だった。
物心つく頃には既に両親はおらず、スラム街で孤児として幼少期を過ごす。
必死にゴミ拾いや日雇い労働で小銭を稼いでも、年上の孤児に奪われることが何度もあった。
もし冒険者として役に立つ加護が発現しなければ、そのままスラム街で野垂れ死んでいただろう。
今思えばそのほうがましだった。
前のパーティーでは亜人を理由に虐げられ搾取され、今は〈隷属の円環〉によって体の自由すら奪われている。
奪われる苦しみを知っているからこそ、他者から奪うことなんてできなかった。
だから冒険者殺しは阻止しなければならない。
自分が死ぬことになっても構わない。
だって命を奪われてしまえば、それ以上は奪われることはないのだから。
「しかし彼らも運がないね。僕にとっては幸運だけど」
サーライトが通路から小部屋の様子を伺っている。
小部屋ではリューナが背後のシキを庇いつつ、サーベルを振り回してレイスを追い払おうとしていた。
サーベルによる攻撃でその瞬間だけレイスの体が霧散するが、すぐに元の形に戻ってしまう。
「一つ前の部屋でレイス二体と遭遇。倒せないと悟った仲間二人がレイスを引き付けて左の部屋に誘導。シキ少年ともう一人は右の部屋に逃げたが、そこにもレイスがいて現在に至る……といったところかな」
サーライトたちは左の部屋の様子も確認しているが、やはりレイス相手に手こずっていた。
それにしてもこうやって分断されているのは非常に都合が良い。
自然と上がる口角を隠すために、サーライトは口元を手で覆った。
「それでは手筈通りに。シキ少年は殺していいけど、間違っても彼女たちを傷つけたら許さないからね」
「……はい」
魔術師の女の暗い声音の返事を合図にして、サーライトが先頭になって小部屋へと入った。
「大丈夫か! 助けはいるか?」
「サーライトさん!? た、助けてください」
シキの同意を得たところで神官の女が詠唱を始める。
サーライトはその間にレイスに背後から詰め寄り片手半剣で斬りつけた。
刃がレイスの肩口を切り裂いたが、それだけではリューナの攻撃と同様にすぐに元の形に戻ってしまう。
そのはずだったが……。
「ohhhhhh―――」
レイスが苦しむようなおぞましい呻き声を上げると、サーライトの方へと振り返った。
切り裂かれた肩は復元されつつあるが、そのスピードは緩やかだ。
「僕に任せて。この剣は魔術武器だからレイスにダメージを与えられるんだ」
「ありがとうございます。お礼は必ず」
サーライトの言葉を聞いて、レイスに苦戦していたリューナが安堵の笑みを浮かべながら後退する。
(当然お礼はしてもらうとも。その冒険者にしておくのは勿体ない体でな)
リューナの美貌に思わず見惚れ、隠している黒い欲望が露わになるのをサーライトは必死に堪えた。
片手半剣でレイスにダメージを与えることはできるが、決して効率が良いとは言えない。
だからとどめは仲間に任せる。
サーライトが三度レイスの体に刃を突き入れてから飛び退くのと、神官の女の魔術が発動するのは同時だった。
「遍く大地をしろしめす御神よ 聳える御難に抗う衝角を この手に授けよ―――《聖撃》」
神官の女が右掌を天に翳すと、レイスの頭上が輝き出した。
それは収束すると光の柱となって落ちてくる。
《聖撃》は地母神の力を借りた神聖魔術で、不浄なる存在への威力が高い。
光の柱は本物の石柱のようにレイスを叩き潰し、右半身を削り取った。
削れた断面には光の粒子がまとわりつき、残された左半身をも浸食し崩壊させていく。
「ohhhhhaaaaaaa――――」
《聖撃》によって浄化されたレイスは、光の粒子となって跡形もなく消え去った。
レイスが消えた空間を呆然と見つめているシキに、サーライトが近づいて話しかける。
「間に合って良かった。ところでもう二人の仲間はどこに?」
「あっ、そうなんです。最初にレイス二体に襲われて二手に分かれて逃げたんだけど、逃げた先にもいて……。あの、アリエとフェリデアも助けてくれませんか」
「勿論だとも。冒険者は助け合わないとね。ええと、君は」
「リューナです」
「リューナさん、案内してくれるかな?」
「畏まりました。こちらです」
リューナの先導で来た道を戻る。
サーライトが続き、それをシキが追いかけた。
魔術師の女はシキの様子を伺っている。
そしてシキが目の間を通り過ぎたタイミングで、手筈通りにストックしてあった魔術を放った。
「……旋火」
「逃げて!」
手筈を妨害したのは盗賊の女だった。
シキと魔術師の女の間に割り込んだところで魔術が発現する。
次の瞬間、盗賊の女の足元から火柱が立ち昇った。
「なっ!?」
シキが声に驚き振り返ると、盗賊の女は既に全身が火柱で包まれていた。
熱波に煽られ火柱が幻影ではなく本物なのだと実感させられる。
「ったく、これだから亜人は頭が悪くて嫌いなんだ」
これまでの友好的な態度が嘘のような、底冷えする声が背後から聞こえてきた。