118話 圧迫祭り
シキの拡張画面に映っているのは、魔獣と戦い敗れたと思われる冒険者の残骸であった。
時間経過により異物は迷宮に飲み込まれるとのことなので、死体は既に消失している。
残されたのは消化? の遅い金属系の武具の破片が数点通路に転がっていた。
泉での休憩中に小型情報端末を飛ばし、鐘楼から少し離れた場所でそれらを発見する。
丁度ジャンたちが戦っていた十字路との中間地点なので、彼らがそこまでモンストラス・バットを引っ張ってきたことに間違いはないだろう。
九死に一生を得た冒険者たちの表情は暗かった。
不測の事態だったとはいえ、魔獣相手に力不足をまざまざと見せつけられたのだから仕方がない。
特にナーヤはグリクの側を離れず、彼の服の裾をずっと握っていた。
迷宮の入り口では元気にベンジャミンと会話していたのを覚えているので、あれが彼女の本来の姿だと思うといたたまれない。
こういうとき何と声をかければよいものかわからず、微妙な空気が流れ始める。
そんな中、ジャンが意を決したように口を開いた。
「あの、俺たちも皆さんのように強くなれますか?」
ジャンの視線は強さを見せつけたフェリデアとリューナに向かっていた。
フェリデアは泉の傍で片膝を立てて座っていて、リューナはシキの背後に侍女のように直立したまま控えている。
座ってくれて一向に構わないのだが、本人の希望を尊重した形だ。
同様にアリエがシキの横に座ってしなだれ掛かっているのも希望通りである。
目の前で遠慮なく(一方的に)イチャイチャしているので、ジャンたちとシキは気まずい。
これも微妙な空気になる一因であった。
「なれるぞ」
「ほんとか!」
「強い魔獣と戦い続けてれば勝手に強くなるぞ」
「え、いや、そうかもだけど」
「フェリデア、ジャン様は強い魔獣に勝ち続けられるような才能があるのか? もしあるならば効率的で確実性のある助言を求めているのです」
「うっ、すいませんやっぱ今の無しでいいっす」
見当外れの回答に戸惑ったのも束の間、自らの問いを具体的に解説された。
加えてその先の下心まで暴露されてしまい、恥ずかしくなったジャンは発言を撤回する。
意識してかしこまっていた口調も普段のものに戻っていた。
「ほらほら、そうやって若い子をいじめないの。そんなだから昔から後輩に嫌われてたのよ」
「は? 私は嫌われてなどいませんが? 無駄に甘やかす貴女と違って適切に後輩を指導してきましたが?」
リューナは特に声を荒げたわけでもないし、表情も変わらずポーカーフェイスだ。
怒りを主張しているのは台詞の内容だけだというのに、強いプレッシャーを感じてシキは思わずビクリと肩を震わせてしまう。
「ほ~ら、そうやってシキくんまで怖がらせるんだから。リューナと違ってお姉さんは怖くないですよ〜」
「むごっ、むごごっ」
アリエがシキを抱き寄せてよしよしとシキの後頭部を撫でる。
豊満な胸に顔面を圧迫されて息が出来なくなり、引きはがそうとするのだが力が強くてびくともしない。
必死に腕をタップしても一向に緩まないため、シキは次第に苦しくなる。
「あらあら、お姉さんに抱きしめられて震えるほど嬉しいの? シキくん」
「あの、息ができないんじゃ」
「あら」
ずっと下を向いて思いつめていたはずのナーヤですら驚き、そう指摘されるとようやくシキは解放された。
パワードスーツ〈GGX-104 ガイスト〉をフル稼働させアリエから素早く離脱。
フェリデアの背後へと逃げ込んだ。
「ぷははっ、お前だって大将に怖がられてるじゃないか」
「ごめん~。リューナに見せつけようとして加減を間違えちゃった。もうしないからシキくん戻ってきて?」
「……今はちょっと無理かも」
「ぶっ。そうだよな、あんな馬鹿力女は怖いよなぁ」
「なによ、あんただって馬鹿力じゃない」
「怪力なことは否定しないがお前と違って加減はできるぜ? 戦闘では威力が強過ぎても弱すぎても対象に的確なダメージが与えられないからな」
「私は荷電……遠距離攻撃がメインだから多少雑でもいいのっ」
「その適当加減のせいで後輩をちゃんと指導できないから、甘やかして誤魔化してたんだよな」
「そ、そんなことないし」
アリエとフェリデアの若干情報漏洩が気になる口喧嘩を始める。
後輩というのは Break off Online の設定の話だ。
アリエたちコアAIはスプリガン用のパイロットとして、試験管の中で作られた合成人間である。
遺伝子操作により人以外のDNAが配合され、身体能力や感覚を強化されており、彼女たちの馬鹿力はその成果の一つだ。
スプリガン及びコアAIはメナスという惑星外生命体と戦うために造られるのだが、生成工程は安全でもなければ倫理的でもなかった。
コアAIは数多の失敗作である他の仲間たちの犠牲の上に成り立ち、無事に合成人間として生成されたとしても厳しい訓練が待っている。
後輩は共に訓練をした仲間なのだろう。
あくまでゲームの設定の話で、彼女たちの記憶も造られたもののはずだが、果たして本当にそうなのだろうか。
前世の頃のシキなら疑問に思わなかったかもしれないが、このアトルランという異世界が存在していることを知った今だと違った。
ファンタジー異世界が実在するのだから、Break off Online のようなSF世界も存在するかもしれない。
もしかしたらゲームの世界なのではなく、世界をゲームに落とし込―――。
ぼんやりと考えるシキの視界にリューナの姿が映り、初めて見る表情にぎょっとした。
瞳を潤ませていて、今にも泣きそうになっている。
「ミロードは私が怖いですか?」
「う、ううん。怖くないよ」
「ではその証拠を見せてください」
「うっ」
リューナが片膝をついて両手を広げる。
ハグをしろということのようだが、アリエに絞られた直後なので尻込みしてしまう。
しかし逡巡する間にもどんどんリューナの瞳に涙が溜まるため、意を決して進み出る。
「ああ、ミロード」
リューナはシキを愛おしそうに優しく抱きしめると、瞳に溜めていた涙がはらりと零れた。
「にゃぁ、あたいたちは何を見せられてんの?」
「正直羨まし……痛っ!」
グリクはナーヤに思いっきり足を踏まれた。