116話 六文銭返金
スプリガンたちは魔術を使えない。
Break off Online の武器を使えば魔術のように遠距離攻撃は可能だが、他人には見せられない。
そうなるとどうなるかといえば……。
「殴りごたえがないな。さっさと次の階層に行かないかい? 大将」
スライムを叩き潰したフェリデアがつまらなそうに呟く。
得物であるトンファーを振ると、付着していたスライムの粘液が飛び散った。
「倒しても消失しないということは、スライムは魔法生物ではなく通常の魔獣ですね。また樹海に生息する個体と比べると脆弱です」
リューナは二体目のスライムの核をサーベルで突き刺しながら冷静に分析している。
迷宮を破壊して強引にスプリガンの転送スペースを確保したシキは、新たにフェリデアとリューナをパーティーメンバーに迎え入れていた。
全員が近接武器を装備している。
弓や石弓という選択肢もあるが、攻撃力が武器の性能に依存するとなると、コアAIたちの馬鹿力……もとい、攻撃力を発揮するなら近接武器一択であった。
尚、近接武器であっても力加減を間違えると壊してしまうので注意が必要だ(フェリデア:一敗)。
「やっぱり樹海の迷宮とは全然違うね。ちゃんと迷宮してるというか」
「あっちが迷宮らしくないのよ。ただの牧場と採掘場だもん」
綿毛羊に嫌われていることを根に持っているアリエの声が、シキの頭の上から聞こえてくる。
シキと二人きりの時間が終わってしまったのも不機嫌な要因の一つで、それを紛らわせるためかお姫様抱っこしたままで離してくれない。
アリエとシキが戦闘に出る幕もないので、結局そのまま運ばれ第二層へ到着。
小型情報端末で取得済みの、第三層への最短ルートを突き進む。
『前方で他パーティーと魔獣の戦闘を確認しました』
「む、それなら迂回して―――」
『どうやら劣勢のようです。冒険者四名のうち一名は心肺停止しています』
「まじか」
オルティエの報告にシキは青ざめた。
先行している小型情報端末から戦闘現場の様子が拡張画面に映し出される。
見覚えのある四人がインプ一体と巨大な蝙蝠二体と戦っていた。
「あ、さっき入口ですれ違った、ベンジャミンさんたちと親し気に話してた子たちだ……」
「よし、助けに行こうぜ」
「フェリデア、単独行動はいけません。私も行きます」
シキが止める間もなく二人が駆け出す。
ベンジャミンは不用意に他パーティーに近づいてはいけないと言っていたが、相手の同意を待っている猶予もなさそうだ。
シキもアリエから飛び降りると、装着しているパワードスーツ〈GGX-104 ガイスト〉の出力を全開にして走る。
音を置き去りにしたかと錯覚するくらいの加速を見せたシキだったが、それでも先行しているフェリデアとリューナとの距離は縮まらないのだから、強化人間というのは恐ろしい。
「助太刀するぜ!」
ものの数秒で現地に到着したフェリデアが大声で怒鳴りながら突っ込む。
猫人族の少女を狙っていたインプの鉈を左腕のトンファーで受け止めると、前蹴りでインプを蹴り飛ばす。
「にゃぁっ!?」
乱入者に驚いたのか、少女の猫の尻尾は大きく膨らんだ。
シキが到着すると、魔術師と思われるローブ姿の少年が仰向けに倒れている。
首を傷つけられたのか大量出血していて、神官服の少女が泣きながら両手で必死に止血していた。
「嫌ぁぁっ! グリク。死なないで……!」
「助けに来ました! 治癒魔術は?」
突然現れたシキを呆然と見上げた少女であったが、すぐ我に返るとたどたどしく詠唱を始めた。
動揺して治癒魔術の存在を忘れていたようだが、シキが同じ立場だったら詠唱もままならなかったかもしれない。
致命傷を負っている相手に新人冒険者の治癒魔術が有効かどうかは別として、如何なる状況でも合理的判断に基づいて行動するというのは難しいものだ。
『心肺停止して間もないため、治療薬による蘇生が間に合います』
「治癒の霊薬があるので使いますが、治癒魔術も続けてください」
シキは次元収納に偽装した巾着袋から、それっぽい小瓶に詰め替え済みの治療薬を取り出す。
小瓶の口を傾けて緑色の粉を少年の首元に振りかけると、傷口に反応して白煙が上がる。
泣きながら治癒魔術を行使していた少女が驚き肩を揺らしたが、治療の手は止めなかった。
オルティエが蘇生できるというのなら間違いない。
もう少年は大丈夫だ。
少年と少女を守ろうとショートソードを抜いたシキであったが、フェリデアとリューナの活躍で既に戦闘は終わろうとしていた。
フェリデアが蹴り飛ばしたインプを追撃する。
高速で通路を駆け抜ける様子は、髪色も相まって青い稲妻のようだ。
起き上がろうとしていたインプに肉薄してトンファーを叩きつける。
頭部を砕かれ、胴体の半ばまでトンファーが食い込むとインプは動かなくなった。
残る敵は蝙蝠二匹だが、既に一匹は翼がずたずたに引き裂かれた状態で血の海に沈んでいた。
最後の一匹は盾を構えた背の高い少年の前を飛んでいる。
少年は全身に傷を負っていて、盾を持ち上げているのもやっとという状態だった。
「貴方は引いてください」
その横から優雅な足取りで進み出たのはリューナだ。
ボリュームのある金髪を揺らし、コツコツとブーツの底が石畳を叩く音が響く。
音に反応した蝙蝠がリューナへ体当たりを仕掛けた。
しかし何故か途中で軌道を変え、リューナの横を通り過ぎて石畳の上に墜落する。
ナノマシンが脳内分泌に作用し、体感時間が大幅に加速しているシキには辛うじて見えていた。
何もしていないかのように見えたリューナだったが、目にもとまらぬ速さでサーベルを振るい蝙蝠を切り刻んでいたのだ。
「かはっ」
Break off Online 製の治療薬は万能だ。
対象の遺伝子情報を元に欠損箇所の細胞組織を高速培養し、心臓の収縮及び代謝と呼吸といった生命活動を補助できる。
頸動脈の損傷修復、失われた血液の造血、及び心臓マッサージをダイレクトに受けた少年は無事に息を吹き返した。