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精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~  作者: 忌野希和
3章 迷宮の謎 樹海の謎 両親の謎
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115話 隣り合わせの

「なんか今大きな音がしなかった?」


「そう? 何も聞えなかったけど」


 グリクは前を歩くナーヤに聞いてみたが、彼女は振り返ることなく硬い声音で答えた。

 丁度第一層から二層へ下りるタイミングだったので、最後尾で第一層側に残っていた自分しか聞こえなかったのだろうか。


 第一層に戻って音の正体を確認したい衝動にかられたが、これから初めて第二層に挑むところだ。

 余計なことは考えていられないと、グリクは軽く頭を振って眼前に広がる薄暗い迷宮に意識を集中させる。


 グリクとナーヤは同じ寒村出身の幼馴染で、十五歳の成人を迎えると二人で村を出て迷宮都市ムルザにやってきて冒険者になった。

 冒険者なんて危険で不安定で、いつ死んでもおかしくない職業だ。

 貧乏でもいいから村に残って平穏に暮らしたい。


 そう思っていたが、小さい頃から活発で自由奔放なナーヤに振り回されてきたグリクに拒否権はなかった。

 幸い二人とも冒険者として通用する程度の加護を持ち合わせていたので、なんとか大きな失敗をすることなく、順調に第二層攻略を迎えている。


「んじゃ真っすぐ安全地帯の泉に向かうってことでいい?」


「おう、いいぜ」


 先頭で斥候を務めるエスパに前衛のジャンが返事をする。

 そこに中衛のナーヤ、後衛のグリクを加えた四人が現在のパーティーだ。


 エスパとジャンも田舎から出てきた幼馴染同士で、冒険者ギルドでパーティーメンバーの募集をしていた。

 丁度グリクとナーヤもメンバーを探していたので連絡を取ると、同年代で境遇も似ていることから意気投合してすぐに仲良くなったのであった。


 グリクも今となってはナーヤに引っ張られて都会に出てきて良かったと思っている。

 未知との出会い、新しい仲間、冒険のスリル、己の成長といった故郷の寒村では味わえない、充実した日々を過ごしていた。


 先ほどすれ違った二人組も元村人のグリクにとっては縁のない、未知なる存在だった。

 仕立ての良い服装に洗練された立ち振る舞い。

 裕福な商人、もしくは貴族なのだろうか。


 特に女性の方はグリクが見たことのない絶世の美女だったため、思わず見惚れてしまった。

 ウェーブのかかった白銀髪は絹のようにサラサラで、色白の肌は傷どころか日焼けひとつない。


 外套(マント)の下も高級そうな服で、スカートの裾からちらりと見えた太腿にドキリとして、慌てて視線を逸らしてしまった。

 一緒にいるナーヤとエスパも可愛いと思うが、商人や貴族の娘が務まるかというと……。


「にゃっ、右から引きずる音二つ。多分インプ」


 グリクはエスパの声で現実に引き戻される。

 猫人族であるエスパが頭頂部にある猫耳をピンと立て、十字路に差しかかったところで立ち止まっていた。


「二体ならやれるな。奇襲するか?」


「十字路で戦ってるともし新しい魔獣が来た時に挟まれるかも」


「そ、それなら今いる通路まで引き付けるのはどう?」


 慌てて会話に参加したグリクの提案に全員が頷き、来た道を少しだけ引き返す。

 そして十字路にインプが見えたところで、エスパは自分の武器であるスリングに石を装填して投擲した。


 石は片方のインプの胴体に当たり、カン、と甲高い音がこだまする。

 衝撃でよろめく仲間を尻目に、もう片方のインプが襲い掛かってきた。

 敵の足並みが乱れているうちに各個撃破をするべく各々が行動する。


 エスパは遠くでよろめいているインプに投石を続けて足止め。

 ジャンは盾を構えて近づいてくるインプの鉈による攻撃を受け止めた。


 子供の背丈ほどしかないインプだが、彫像のように中身が詰まっていて重量がある分、攻撃も相応に重い。

 なんとか踏み留まったジャンが鉈を押し返したタイミングで、横からナーヤが反撃する。


 得物のメイスをインプの肩口に振り下ろすと、青銅色の体に(ひび)が入った。

 衝撃でふらついたものの、痛みを感じず怯むことのないインプが鉈を振り回す。


 ナーヤとジャンが飛び退き距離を取りインプへの射線が通るのと、グリクの詠唱が完了するのは同時だった。


「万象の根源たる魔素(マナ)よ 大気の刃となりて 彼の敵を切り裂け」


 詠唱により構成が展開される。

 そこに魔力を注ぎ込むことにより、魔素を媒介として事象が発現した。


 グリクの掲げた杖の先から空気の流れが生まれる。

 最初はそよ風程度だったが瞬く間に加速して、複数の鋭利な刃となってインプへと殺到した。


 岩を削るような鈍い音と共に、インプの体の表面で火花が散る。

 右足と胴体、そしてナーヤが一撃入れていた右肩に魔術 《風刃》が当たると、罅を起点にして肩が砕け散り、鉈を握る腕がぼとりと地面に落ちた。


「よし、今だ! 殴れ! 殴れ!」


「おらおらぁっ」


 ナーヤの号令でジャンも一緒になってインプをタコ殴りにする。

 これだけ痛手を与えておけば、あとは時間の問題だろう。

 エスパが牽制しているインプにも魔術を放つべく詠唱を始めようとしたが……。


「にゃにゃっ! 羽音! 新たな敵影二つも!?」


 グリクには何も聞こえなかったが、エスパの言う通り薄暗い十字路から何かが飛んでくる。

 闇に紛れるようにして現れたそれは、エスパの頭上を飛び越えてこちらへ真っすぐやってきた。


 インプを殴るのに夢中なナーヤは気付いていない。

 考える前に体が勝手に動いていた。

 グリクは咄嗟に彼女の着る神官服の裾を引っ張り、インプから引き離す。


「うわっ」


 バランスを崩したナーヤが、後ずさりしてから尻もちをつく。

 ナーヤの立っていた位置を敵が通過したのはその直後であった。


 敵の攻撃が外れたことに安堵したのも束の間、敵は空中で切り返すと今度はグリクに向かってくる。

 体当たりを躱せず地面に押し倒された。

 背中を強打し咳き込み、肺の空気がすべて漏れる。


 押し倒してきたそいつの両脚の爪が肩に食い込み、痛みで悲鳴を上げようとしたが声にならない。

 涙で滲む視界の中に、毛むくじゃらで赤い目を爛々と光らせた獣の顔がある。

 鋭い牙の並んだ顎を大きく開けて、グリクの顔面を食い千切ろうと近づけてきた。


「グリク!」


 ナーヤの悲痛な叫びが聞こえたが、グリクにはどうすることもできなかった。

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