第3話 腰巾着「そっちじゃん」
来全高校二年C組には二人の男女が中心に立つ、所謂一軍グループが存在した。
体格がよく顔立ちも整ったバスケ部のエースの東雲竜輝。
読書モデルとして雑誌に何度か載っていた柿波或華。
はっきり言って、その他の面子はその二人のおまけだった。
東雲と柿波のご機嫌を窺い、取り入って、二人の人気にあやかってる腰巾着共。
……その中でも特に柿波に媚び諂っていたのが、綾峰芽瑠だ。
本人は柿波の〝親友〟のつもりだったかもしれないが、傍から見たら〝従者〟にしか見えなかった。
柿波の意見を全肯定し、柿波から綾峰へ何かお願いすれば全て了承、綾峰から柿波に何かお願いすることは滅多にない。
……クラスメイトは大体、柿波と東雲を忌避していたが、………楠翔はその二人より綾峰のことを嫌っていた。
◆ ◆ ◆
「まじ……? ありえないんだけど…」
綾峰芽瑠改めティーナが、露骨に嫌忌の感情を浮かべる。
(……わっ、結構嫌われてる…)
そんな綾峰の反応を、翔は面白く思った。
(綾峰さんや柿波さんのことは相手にしてなかったから、実際そんな接点なかったはずだけど……まあキモい絵を描いてたオタクは無条件で嫌われるかぁ)
「なに? オタクが大好きな異世界転生ってやつだけど、楽しんでの?」
ティーナが侮蔑の籠った眼差しで言ってくる。
「あ、てかさ、楠ってちっちゃな女の子の絵もSNSに上げてたよね? ラッカとかルメとかに変なことしてないわよね? うわぁ、キッモ」
オタクの心を抉るような言葉を放つティーナ……だが、ユーギは平然と言い返した。
「いや、異世界転生楽しんでるのそっちじゃん」
「……………………………………………………は?」
ティーナが憤怒に満ちた形相と声音で聞き返す。
「だってさー」
しかしユーギは全く臆することなく、言葉を続けた。
「女の子4人を取り巻きにして、いつもラッカやヤシズに突っかかってきては、言い負かしていい気になってさ。同じ5歳同士ならまだ見てられるけど、………中身高校生だろ? 生まれ変わってからの年齢もプラスするともう成人してんだよ? 大の大人が子供相手にもいっつもいっつもマウント取ってさー。
………恥ずかしいにもほどがあるでしょ」
ユーギも、ありったけの侮蔑を込めて、ティーナの心を抉るように、言った。
「ッッッッ!! あ、あんた………ッッ!!!」
あれだけ盛大に偉ぶっていたのだ。
子供相手に良い気になっていた自覚がないわけない。
図星を突かれたティーナが分かりやすく動揺する……が、何かを思いついたようにキッと視線を強めた。
「ふん! マナの色が赤の分際でなに言ってるのよ!? 私はもう紫! 同年代の中では一番強い! 一番偉いの! マウントもなにも、私の方が上なんだから仕方ないでしょ!」
「………………」
そんなティーナの物言いに対し、ユーギは凍えるような冷めた視線を、向けた。
「な、なによ……何か言いなさいよ!」
「………いや、薄っぺらい人間だなって思ってさ」
「はあああああッッ!?」
淡々と、しみじみと紡がれたユーギの言葉に、ティーナが目を見開く。
ティーナの瞳には壮絶な怒りの感情と……微かに、自分の本性を暴かれる時の怯えが、ユーギには見て取れた。
……ユーギは遠慮なく、続けて言った。
「……なに? 前世で柿波さんの腰巾着やってたのがコンプレックスだったの?」
「ッッッ!!」
思わぬ角度から切り込まれ、ティーナの怯えが一気に露わになった。
「柿波さん……読書モデルとかやってたり、先輩や他校の人気男子に告られたり、すごかったもんね。僕は大嫌いだったけど、こういう人も人生の成功者になるんだよなーって思ってたよ。……でも」
改めて、翔が綾峰を見やる。
「綾峰さん、君には柿波さんのご機嫌伺うこと以外何もなかったもんね」
「なッッ……ぁッッッ…!!」
ティーナが何か言おうとするが、言葉が出ていなかった。
「柿波さんに何か言われても薄っぺらい笑みを浮かべてうんうん頷いて、何か面倒なお願いごとされても〝もう仕方ないなー〟とか対等であることを表面上だけでも取り繕って、結局なんでもやってたもんね。あれ結構みんな見てたよ。
……それで、異世界転生したらみんなより才能があったから、柿波さんみたいになれると思って、5歳相手に調子乗ってんだ」
はあぁ、とユーギが溜息を零した。
翔はよく、前世の友達である日ノ原美弓や梅桐陽太から〝良い意味でも悪い意味でもブレない〟と言われていた。
だから、綾峰に対してもブレずに、身も蓋もなく核心を貫いた。
言い過ぎた、とは思う。
でも嫌いな人相手に情けをかけて言い方をもう少しオブラートにするなんてことはしなかった。
…………………その結果。
「…………………………………………………ぐっ………ひぅ………っ」
泣いてしまった。
「……………そこまで……言わなくても………ッッッ」
大粒の涙を流し、泣き声を堪えて「ひくっ、ひくっ」と嗚咽を漏らしている。
見た目だけなら、5歳の可愛い女の子が泣いている心痛む光景である。
……本当に言い過ぎた、とは思う。
自業自得とはいえ、やはりもう少し別の言い方はあった、とも思う。
……でも。
(うわっ、面倒)
それがブレることのないユーギの本心だった。
ティーナを泣かせて〝ざまあみろ〟なんて達成感に浸ることもない。………ティーナが泣こうと怒ろうと喚こうと、結局のところ〝興味がない〟のだ。
「そ、そんなに悪い…? そんなに……いけない…?」
瞳を真っ赤にしたティーナが声を震わせながら、口を開いた。
「せっかく……せっかく生まれ変わったんだから……少しぐらい……いい思いしてもいいじゃない……ッ」
……その言葉には、前世で綾峰芽瑠がどれだけ惨めな思いをいたのか、僅かだが伝わって来た。
彼女も彼女なりに、色々複雑な感情を抱いていたのだろう。
その辺も理解できないわけではない……が、だからと言って同情する気にもなれなかった。
「あーごめんごめん。言い過ぎたのは認めるからさ、…………ちゃんと建設的な話しようよ」
ただユーギとしても泣かせることが目的ではなく、大したプライドも持ち合わせていないので、言い過ぎたところはあっさり謝り、話を進めた。
「……っ…ぅっ……………けんせつ……てき?」
ティーナもこれ以上同じ話題を続けたくなかったのか、ユーギの話題転換に乗り、眉を顰めた。
「情報交換しようよ。『マナナミ』の正体を、知る者同士」
◆ ◆ ◆
『テイルスフィア』の根本。
ぐるっと塀で囲まれ、子供達の立ち入りが禁じられた〝大人〟達の居住区。
そこに『マナナミ』の秘密が全て詰め込まれている。
子供達は入れないが、……0歳の間はその『テイルスフィア』の根本で育つ。
ユーギは誘拐されてから1歳になるまでの約一年間、『テイルスフィア』の根本で過ごし、平然と大人達の会話を盗聴して情報を集めまくった。
しかしいつも赤ん坊を傍に置いて重要なことを話し合うわけではなく、まばらにしか情報を得られなかった。
……だがここで、ユーギと同じ赤ん坊の頃から自我を持つ転生者が現れた。
嫌い合う仲と言えど、自分の命が掛かっている状況でこの機会を不意にはできない。
「情報交換しようよ。『マナナミ』の正体を、知る者同士」
だから、率直にそう提案した。
………………………………………………………しかし。
「『マナナミ』の正体……?」
ティーナが首を傾げた。
さらに眉を顰め、意味不明と言わんばかりの表情である。
「……え」
このティーナの反応にはユーギも驚いた。
ここで嘘をつく理由はないはずだ。
「綾峰さん……子供…っていうか、赤ん坊の頃の記憶ってある…? もちろんこの世界に生まれ変わってからの…」
「あるけど……」
ティーナはぶっきらぼうながら、しっかり答えてくれた。
「赤ちゃんの頃とかほとんど何も見えなかったし、誰が何を言ってたかも覚えてないわよ」
「え……」
「テレビで見たことあるけど、赤ちゃんの時って目とか耳の神経が発達してないとかで、実際見聞きできないんでしょ?」
「……綾峰さんは…そうだったの?」
「ええ…最初は怖かったし…色々世話されるわけだから恥ずかしかったけど……まあ薄っすら輪郭は見えたし、マナっていう不思議な力があることはわかったから、赤ちゃんの頃からなんとなく自分の中でマナを練る練習をしてたら……他の子達より早く紫になれたんだと……思う……。……って、楠も赤ちゃんの頃は何も見えなかったんじゃないの?」
「……………………………………………………………」
「…聞いてんのっ?」
ティーナの声は、ユーギに全く入ってこなかった。
(考えてみれば、綾峰さんが子供相手にマウント取る普段の行動はおかしい……。『マナナミ』の正体を知っているなら……自分の命が掛かっているなら……、子供相手に調子乗ってる場合じゃない。僕がそうだったように、先生達に目を付けられないように力を隠すはずだ…。
……だとすると、本当に綾峰さんは何も知らない。
いや、それよりも、じゃあなんで僕は赤ん坊の時に見ることも聞くこともできている?)
答えは、あっさりと出た。
(マナの特性の一つ、『身体強化』……。『身体強化』には筋力の増加以外に、視覚や聴覚などの感覚機能の強化も含まれる…。
確かに思い返してみれば誘拐される前…、僕が生まれた貴族家での記憶は朧気だ…親の顔もうまく思い出せない…。……でも、誘拐された後の記憶は鮮明だった…。
……これはあくまで僕の予想だけど、僕も元々は何も見えなかったし、ちゃんと聞こえていなかった…。でも、誘拐された瞬間……ある日突然黒装束の男に連れ去られていたあの瞬間、命の危機を感じた僕は無意識のうちにマナを操り、〝何が起きているか見たい、聞きたい〟っていう感情がマナに反映されて、赤ん坊ながらに普通と変わらない視覚と聴覚を手に入れた……ってところなのかな…?)
ユーギもティーナと同じように、赤ん坊の頃から体内でマナを練る練習はしていた。
それがユーギをこの歳で空マナにまで至らせた要因だと思っていたが……ユーギは自分が思うよりも高度なマナ鍛錬を行っていたことになる。
なんせ新生児の頃から常時視覚と聴覚をマナで強化し続けていたのだから…。
(………………………なるほど、ね)
ユーギは自分に何が起きていたか呑みこみ、……………再度、目の前の綾峰芽瑠に目を向けた。
(………え、じゃあ僕、滅茶苦茶失言しちゃったじゃん…)
いかがだったでしょうか?
頑張って人の本性っぽいもの書きました笑
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