第2話 再会「よりによって」
『マナナミ』全体が寝静まった深夜0時。
ユーギは居住区から離れたところにある大木の前に立つ。
それは昼の自由時間中にユーギが周囲を探索して見付けたちょうどいい大木。
ユーギは自分の背丈より何十倍もある大木の前に、静かに佇んでいた。
(よし)
ユーギは落ち着いてマナを練り始めた。
下手に放出し過ぎて先生達に気付かれぬよう、薄く、薄く、まるで割れやすいガラス細工でも取り扱うようにマナを練っていく。
薄っすらとユーギを纏うマナの色が赤から始まり、紫、白と変化していく。
五歳の平均は赤、一部の才能ある子だけが紫になれる。ユーギはその更に上、白にまで至っていた。
………だがしかし、白になってもユーギはマナを練り上げる。
(慎重に。慎重に…。一気にマナを解放し過ぎると先生達に感知される…。体内にマナを押し留め、循環させるイメージで……)
………………そして次第に、ユーギを包むマナの色が綺麗な水色………空に変化した。
気を抜けば空マナが膨れ上がり、就寝中の先生達にも気付かれてしまうだろう。
ユーギは理性を強く持ち、マナの膨張を抑えつつ、マナを両脚に集中させた。
そのまま流水のような動作で駆け出し、音も振動もなく大木を駆けあがっていく。
昼にヤシズも大木を上っていたが、速さが雲泥の差だ。動きも洗練されていて無駄がない。……紫と空の間にどれだけ開きがあるかがわかる。
(やっぱり、ここからならよく見える…)
大木を駆けるユーギは、細い枝も伝って限界近くまで高い位置に上る。
草木を掻き分けて辿り着いた場所からは、『マナナミ』の大半を一望することができた。
(『マナナミ』の構造は至ってシンプル。僕が上る大木すら比較すると米粒に見えてしまうくらいの世界樹『テイルスフィア』を囲むように五つの居住区に分かれている。僕が住んでるのは『マナナミ』第二居住区。『テイルスフィア』を中心に五つの塀が建てられていて、別居住区への移動はできない。
……そして、先生達は子供達と同じ居住区にある先生用のログハウスとは別に、……『テイルスフィア』の根本をぐるっと囲んだ塀の中に、先生を含めた〝大人〟用の本宅を持つ)
ユーギは空マナを目に集中し、マナの特性である『身体強化』で感覚機能として視覚を強化して周囲を観察する。
(……正直他の居住区への侵入は『幻』を用いれば難しくないと思う…。……ただ『テイルスフィア』の根本は厳重さが桁違い…! 密かに特訓してマナの色を空にできるところまで行ったし、『幻』も『性質変化』もかなりマスターしたつもりではある……けど、〝先生〟達のマナの色も僕が知る限り全員が空…! 多分、今の僕じゃ一たまりもない…)
それでも、とユーギは『テイルスフィア』とは逆側の方向に視線を向ける。
普通に見れば、彼方まで続く『ヴォルータ大森林』の木々、そして夜空。その光景だけで終わりだ。
……でも、空のマナで視覚を超強化したユーギにはなんとか見えた。
彼方まで続く『ヴォルータ大森林』………それはマナの『幻』によって見せられた幻影で、その晴れた幻影の中に明らかに木製ではない無機物の建物がちらほら見えているのだ。
(……赤ん坊の時に聞いた断片的な情報がなければ信じられなかったけど、この『ヴォルータ大森林』は天然的な森じゃなくて、人工的に作られた森。『幻』の精度が高すぎて僕の視覚強化じゃまだ何も見えないけど、おそらくこの『ヴォルータ大森林』自体がぐるっと塀か何かで囲まれて完全管理されてる…)
ユーギは深々と溜息を吐いた。
(……それもこれも、『テイルスフィア』から良質なマナを生み出すため…。王様が関わってるとはいえ、スケール大き過ぎだよ…。まあ、それだけマナが大切ってことなんだろうけどね…)
ユーギが立ち向かおうとしている敵がどれだけ大きな存在か、想像しただけで嫌になる。
………………でも、このまま座して殺されるなんて、真っ平ごめん被る。
力を蓄え、逃げるしかないのだ。
……その時、ふと『マナナミ』の子供達の顔が思い浮かんだ。
いつもバカ騒ぎしているヤシズ、しっかり者で未来のこともちゃんと見据えているラッカ、いつも微笑みを絶やさずみんなと長く一緒にいることを望むルメ。
他にも、いつも楽しく遊ぶ子供…友達の顔が、ユーギの脳裏を駆け巡る。
(…………正義感溢れる主人公だったら〝みんな一緒に脱出しよう〟って言うところなんだろうけど……ごめんね。……………僕は自分一人だけで精一杯なんだ)
◆ ◆ ◆
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ほら見てみろ! この紫のマナを!! わはははははははははは!!!」
『マナナミ』での自由時間。
今日も今日とて、ヤシズがマナを全力放出して叫んでいる。
その隣では。
「ユーギ、それ何読んでるの?」
「『夜の中の光影』」
「あ、それ私も読んだよ! 吸血鬼っていう血を吸う怪物が人に恋する物語だよね!」
「……ユーギってほんとどっか歩き回るか本ばっか読むか、絵描いてるわよね」
(とにかくこの世界の知識を集めなきゃ何もできないからね。……絵は趣味だけど)
ユーギとラッカとルメが雑談している。
「もう誰も見てくれないな!!」
完全にスルーされたヤシズが思わずツッコミを入れていく。
……そんな、いつも通りの一日を過ごしていたのだが、今日は少し違った。
「あれー? うるさい声がしたと思ったら、貴方達だったの」
ユーギ達4人のところに、五人の少女が現れた。
「ティーナ……何しに来たのっ?」
失礼な態度がありありと浮かんだ五人の先頭に立つ少女の名をラッカが呼ぶ。
ウェーブのかかった金髪ロング。表情や態度から我儘御嬢様を具現化したような少女だ。
名前はティーナ。
ユーギと同い年で、5歳グループの中心に立つ少女である。
ティーナは髪をかき上げながら。
「だからうるさい声がしたからって言ったじゃない。……紫になれたからって、そんな犬みたいにキャンキャン叫ぶのはどうなのかしら?」
言われたヤシズの眼が鋭く光る。
「なんだと!? 俺よりもはやく紫になれたからって調子乗んなよ!?」
……そう。
ティーナもまた、紫のマナを持つ。
5歳にして紫マナを宿すのはティーナとヤシズの二人のみである。……表向きは。
「ええーとー」
ティーナが演技がかったわざとらしい声を上げる。
「ヤシズくんはいつ紫になったんだっけ?」
「……一週間前…」
「へー! すごーい! ちなみに私は四歳からだったわよっ」
「ぐっ…!」
ティーナのわかりやすい煽りにヤシズが悔しさを滲ませて下唇を噛む。
「だったらティーナ! 俺と勝負しろよ! どっちが早く木を上れるか!」
「はあ? どうして私がこんなことやらなくちゃいけないのー? 意味わかんなーい」
ティーナがヤシズをわかりやすく弄ぶ。
5歳のうちからいじめっ子の素質を感じさせるティーナを見ながら、ユーギは小さく息を吐いた。
(……ティーナ…間違いなく天才の部類なんだろうけど、典型的な自分の才能に溺れるやつだよな…)
仲間が17歳+5年のユーギとしては、5歳のティーナを嫌うような感情は湧かない。
ただ前世でクラスの中心に立って嫌な態度を振りまいていた柿波或華や綾峰芽瑠、男子でいうと東雲竜輝のような生徒を思い出し、苦手意識が募っていく。
「ちょっとティーナ! そういうのいい加減にしなさい!」
そこで耐えきれずにラッカが割って入った。
「そういうのって? もっとはっきり言ってよ」
「だからヤシズを嫌な気持ちにさせるのよ!」
「嫌な気持ちって具体的にどういう気持ち?」
「ぐたいてきって…だから、その…」
……と、このようにティーナは幼いながら頭も回る。
同年代のまとめ役のラッカではあるが、ティーナだけには全く敵わない。
「おいおい、何やってるんだ?」
するとそこへ新たな声が入って来た。
「リジョーさん!」
ヤシズが顔に喜色を取り戻して、その人の名を呼んだ。
青い髪を短く切りそろえた少年・リジョー。
ユーギ達より5歳上、『マナナミ』の子供達の最上年齢である10歳の少年だ。
前世では10歳といってもまだ小学4,5年の子供であるが、『マナナミ』では自分より年下が多いためか、しっかりした子供が多い。
リジョーは子供同士のいざこざを積極的に解決してくれており、ヤシズの憧れの人でもある。
「ティーナ、何かあったのか?」
リジョーは大人にも負けない風格でティーナに語り掛ける。
「……別に。みんな行こー」
ティーナも年上には逆らえないのか、取り巻き少女たちを連れて去っていく。
ラッカが「ちょっと…!」と叱るつもりなのか呼び止めかけたが、リジョーが手で制した。
「……リジョーさん…もっと言って下さいよ! ティーナ、自分がみんなよりも早く紫になったからって、いつもああやって嫌なこと言ってくるんですよ…!」
「落ち着け、ラッカ。……確かにティーナは調子乗ってるが、ああいうのは先生達に任せておけ」
荒れるラッカをリジョーが諫める。
「でも…」
しかしまだ納得しないラッカに、リジョーは落ち着いた口調で言った。
「……俺も前はティーナみたいに調子乗ってたけど、サーシャ先生が親身になって諭してくれたから、こうしてお前らと仲良くできてんだ。……だから、先生達を信じろ」
「………」
リジョーのとても10歳とは思えない達観した言葉に、ラッカは俯き、怒りの矛を収めた。
「それよりもお前ら! これからボール当てやらないか? こういう時は動いて発散するのが一番だ!」
リジョーが場を和ませる為にみんなを遊びに誘う。
「……もう、リジョーさんには敵いませんね…」
「おっし! 今度こそリジョーさんやサンサさんにボール当ててやるぜ!」
ラッカとユーギが素直にその提案に乗り、ユーギとルメは顔を見合わせて笑顔を浮かべて後に続いた。
◆ ◆ ◆
ティーナとひと悶着あった後、ユーギ達はリジョー達10歳組と遊び尽くし、夜も一緒にお風呂に入って目一杯楽しんだ。
『マナナミ』の消灯時間は夜9時30分。7時00分には夜ご飯を食し、8時00分頃に大体みんなお風呂に入り、消灯時間までを各々自由に過ごしている。
風呂から上がったユーギは、昼間子供達が遊ぶ自然広場に腰掛け、夜風に当たりながら電灯の下で、日課の絵を描いていた。
マナのイメージ修行の為に描画の授業があるので、絵を描くツールは一通り揃っていて、貸出も自由なのだ。
(……やっぱり絵描いてる時が一番落ち着くなぁ…)
イラストレーター志望だった楠翔としては、やはり絵を描いている時が一番心安らぐ。
(今日は誰描こっかな~)
ユーギの密かな楽しみの一つで、絵の端っこに前世でも書いていたキャラクターのイラストを描いており、今日も誰を描こうか悩んでいた。
(『冥府のサーガ』のフレイアでも描こうかな~。誰でも知ってるキャラもたまにはいいよね~)
そう考えながら、例えオタクでなくても何度か見たことあるであろうアニメ化や映画化もした人気少年漫画のヒロインを描いた。
描く、と言っても、元々描いていた森と遊具の絵の端にちょこんと描くだけだが。
「ふぁ~」
と、その時ユーギは大きな欠伸をした。
昨夜、『マナナミ』の周辺情報確認の為に徹夜した所為で二日分の眠気が襲ってきたのだ。
さらに、ユーギの欠伸と同時に強めの夜風も吹き、ユーギが描いていた絵が飛ばされてしまった。
「あ、やべ」
ユーギは特に慌てずに立ち上がり、その絵を追いかける。
……しかし、追いかけるまでもなく、その絵は止まった。
……………いつの間にかそこにいたティーナが絵を掴んでいたのだ。
ティーナは風呂上りなのだろう。金色の長い髪が湿っ気を帯びている。
「またこそこそ絵描いてんの? 気持ちわるっ」
ユーギがあまり関わろうとしないのでそこまで話したことはないが、ユーギのことをよく思ってはいないだろう。
「あんまり見ないでよ…」
(あーこれは本当やばいかも。……あの美少女イラストをこの子に見られるのは嫌だなー)
だが無理矢理奪うのも印象が悪く、多少言いふらされるのは覚悟していた
……………………しかし、次にティーナによって紡がれた言葉に、ユーギの眠気が吹き飛んだ。
「え………………これ………………フレイア………………だっけ?」
「ッッッッッ!?」
ユーギは言葉を忘れて目を見開いた。
……この世界の人間が知るはずのないキャラクターの名前を…………ティーナが述べた。
「「…………………………………………………ッッ」」
見れば、ティーナも驚愕に口を震わせ、ユーギと目を合わせていた。
数秒にも数時間にも感じる硬直。
二人の顔には、〝まさか〟という思いが浮かび上がっていた。
(………嘘…でも……確かに……可能性はある……かもしれない……けど……ッッ。でも……そうなると………だれ!?)
「……………あんた…」
……先に口を開いたのは、ティーナだった。
ティーナは一度ユーギの絵に視線を落としてから、もう一度ユーギに視線を合わせて、………言った。
「…楠……なの?」
「………ッッ」
もう、ユーギはそこまで驚かなかった。
絵を描くことが好きだったことは、前世のクラスメイトなら誰でも知っている。
「……………誰?」
ユーギは無言の肯定を示し、誰か問い返した。
…………問い返しながら、ユーギは心に暗雲がたちこめていくのを感じた。どんどんブルーな気持ちになっていく。
……そして、ティーナが告げた。
「……綾峰……芽瑠……」
綾峰芽瑠。
前世ではクラスの中心グループに属していた柿波或華の……腰巾着。
いつも柿波に便乗してカースト下位のクラスメイトを馬鹿にしていた女子。
(……………なんでよりによって、一番嫌いな女なんだよ……)
ユーギは自分の不運さに、イラっとした。
いかがだったでしょうか?
クラスメイトの名前はこれからもちょくちょく出して読者の皆様が忘れないようにしたいと思っております。
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