プロローグ3 ニジサリット大王国の裏
途中、アラオーリムの王としての器を改めて示されつつ、門長会議は滞りなく進んでいった。
「……さて、主要案件は議論し終えたが、その他報告のある者はおるか?」
アラオーリムが聞くと、一番前の段に座るイラヒートが「よろしいですか」と挙手をする。アラオーリムが「もちろんだ」と促すと、イラヒートが立ち上がって資料を片手に報告を始める。
「門長会議でも何度も議題に上げている、闇組織『影猫』についてです。……恥ずかしながら、進展があまりなく資料に乗せるような内容でもなかったので、口頭で軽く報告させていただきます」
ある程度予測できていたのか、門長会議のメンバーは渋い表情を浮かべた。
「今日から門長会議に参加した方のために改めて説明致しますと、二十年以上前からニジサリット大王国の大陸全土で大規模な新生児の誘拐事件が発生しています。当時は全く別の誘拐事件として扱われていましたが、五年前の四月上旬に南の都市クロノミアで起きた誘拐事件と、五月中旬に北の都市ロフマールで起きた誘拐事件、その二つで目撃された誘拐犯が同一人物だと判明したのです」
「クロノミアとロフマール……北の端と南の端ではないか…!」
一番後ろの段に座る門長会議の新メンバーが驚愕する。
「その通りです。片道一カ月弱かかるこの二つの都市で、四月と五月に同じ人物が誘拐に関わっていたのです。我々『桜流星』はこの不審点に疑問を持ち、ニジサリット大王国の大陸全土で起きたここ数年の誘拐事件を徹底的に調査したところ、生まれて間もない新生児の誘拐事件のみ、偶然とは思えない類似点を幾つも発見し、裏で手を引いている組織がいると突き止めたのです。
我々はこの者達を『影猫』と呼び、全騎士団員に情報を共有して壊滅せんと動いているのですが……この『影猫』が中々姿を現さず、いざ接触しても一人一人が相当の手練れで身柄の一つも確保できていないのが現状です。先程〝二十年以上前から〟と申しましたが、それは現在調査できている段階でということですので、遡れば三十年、四十年、五十年以上前から起きている可能性もあります。
……そもそもとして、大陸規模での誘拐事件は『影猫』としても相当の労力を伴うはずなのに、それを二十年以上も続けていることも不可解です。どれだけ巨大な人身売買組織も、一つの都市を拠点にするのが普通ですから。
……それに、誘拐される子供の人数も月に5~6人。一年を通して約70人。『桜流星』が睨みをきかせているおかげで現在は月に3~4人と減っていますが、それも確認されているだけですので、それ以上『影猫』の手に掛かってっている子供がいると考えるべきです」
イラヒートが前置きを終えると、新メンバーが「『影猫』のことは知っていたが、そこまで大きな組織だったのか…」「なぜ新生児を…? 奴隷にするなら五歳以上の子供の方がよくないか…?」と各々思考している。
「そして、最初に申した報告内容ですが」
イラヒートがようやく本題に入る。
「今月『影猫』の仕業と思われる誘拐事件は4人。東で一件、西で二件、南で一件、北で一件です。その内の東の一件に関してはご存じの方も多いでしょう。……本日は体調を崩した奥様を気遣い欠席されていますが、ニジサリット大王国の東西南北の領地を占める『四方領主』の一角・東国土の領主長・キナギーラ侯爵の、生後一週間のお子様が、誘拐されました」
場の空気が重くなるが、イラヒートは気概を持って報告を続けた。
「キナギーラ侯爵の御子息・ユーギ様が誘拐されたのは一昨日。まだ騎士団の方でも調査が終えていないので一週間以内に調査結果をまとめて皆様の元へお送りし、来月の門長会議に改めて詳細なご報告をさせて頂きたいと思います。
……ただ、これまで貴族の子は我々騎士団の力及ばず誘拐されてきたこともありましたが、全て子爵家より下の階級の貴族家のお子様でした。……それが今回、敢えて俗物的な言い方をしますが、『四方領主』という相手からすれば〝大物〟を狙ってきました」
ゴクリ、と門長会議の面々が喉を鳴らす。
その喉元まで、『影猫』の爪が迫っていると実感したからだ。
「この門長会議のメンバーも標的に含まれている可能性は十分にあります。今一度、特に身内の中で出産予定のある方は警戒態勢を最大レベルまで引き上げて頂くようお願い申し上げます。『影猫』に遅れを取っている『桜流星』の評価は下がっていることでしょうが、私達に何かできることがあればなんでも仰って下さい。……ニジサリットの膿を駆逐すべく、全力で助勢致します」
イラヒートの真摯な言葉に、門長会議のメンバーは何も言わずに受け取った。
その瞳に、イラヒートに対する不信感は微塵も無い。『桜流星』の努力と活躍を一番知る者達だからこそ、イラヒートの言葉を真っすぐに受け止めることができた。
……………………………と、その時。
「……私からもお願いする。私に何かできることがあれば、なんでも言ってくれ」
全員の視線が、後ろを向く。会議室の扉を入ってきたその人物に全員瞠目した。
「キナギーラ侯爵!? なぜここに!?」
それは一昨日息子を誘拐された当事者である『四方領主』東の領主長・リュード・キナギーラ侯爵であった。
燃えるルビーのような紅眼と、澄んだサファイアのような蒼眼の異色眼が特徴的な家系である。
「奥方の体調を気遣って欠席されたのではっ?」
「その嫁に言われたんだ。〝こんなところで何してるんだ。貴方の仕事はなんだ〟と」
リュード・キナギーラは階段式の部屋を降りていき、アラオーリムの前で膝をついた。
「陛下。遅れて参ったこと、誠に申し訳ありません」
アラオーリムは表情を崩さず、述べた。
「……大丈夫か?などと野暮なことは聞かぬ。大丈夫であるはずがないからだ。……私から言えることはただ一つ。………無理だけはするな。わかったな?」
「はっ!」
リュードが芯の通った返事をする。
アラオーリムの「席に着け」という許しを得て、リュードは一番前の段の自分の席に腰を下ろした。
「会議はこのまま進めてくれて構わない。ただ最後にイラヒート騎士団長とお話をしたいので時間を作ってもらえるか? 私の方でも調査したのでそれを共有したい」
「もちろんです」
愛する子を奪われながらも己の責務を全うしようとするリュード・キナギーラの姿に一同は改めて気を引き締めた。
………そしてその後、何人かの領主の微細な報告を聞き、門長会議は終了した。
■ ■ ■
『ヴォルータ大森林』
王城の裏に広がる大都市ほどの面積を占める大森林。
その最奥に聳え立つマナを生み出す世界樹『テイルスフィア』。
その『テイルスフィア』の根本にある『植栽』の最重要施設。そこは『王の植栽所』と呼ばれており、ニジサリット大王家とイートリ宰相家含める『植栽』の専用職人しか立ち入りを許されていない。
その専用職人も門長会議の面々すら極少数しか知らず、正に超極秘施設である。
アラオーリムとアジールは『王の植栽所』へと続く森の中の整備された道を馬車で進みながら、言葉を交わしていた。
「……『植栽』に関わらせてほしい、か」
アラオーリムが先程門長会議で出された話題を出す。
「いやはや、ここ数年のデータを持ち出されてはぐうの音も出ない要望であったな」
「しかし難なく抑えることができました。これもアラオーリム様の人徳とカリスマあってこそ。さすがでございます」
アジールがしみじみとアラオーリムを賞賛する。
アラオーリムは苦笑してその賞賛を受け取りつつ、アジールに尋ねた。
「アジールよ。あの要望、下心があったように思うか?」
「下心というと、『テイルスフィア』の特性に関してでございますか?」
「左様」
アラオーリムが頷く。
「……『テイルスフィア』のマナは『植栽』によって良質化する。そのマナはこの大陸全土に降り注ぎ、人々は良質なマナを宿すわけだが……。『テイルスフィア』の特性として、『テイルスフィア』に近ければ近いほど、宿すマナの容量や質が向上する」
そう。
『テイルスフィア』のマナの恩恵は、『テイルスフィア』に近ければ近いほど、強く働く。
だからこそ王都エニカリアは誰もが住み働きたいと強く願うし、門長会議の会議室も少しの間でも『テイルスフィア』の恩恵を強く受けるべく、『ヴォルータ大森林』の入り口近くに設けられている。
もちろん、それではエニカリアから離れた『四方領主』などが損をするので、マナを発する『テイルスフィア』の葉や枝を門長会議の時に大量に各臣下に渡すようになっている。欠席者にも後から送るよう配慮している。
……だがしかし、より『テイルスフィア』の近くに行く機会の多いアラオーリムとアジールに、良質なマナを独占しているのではないか、という嫉妬からくる噂が常に付き纏っている。
アラオーリムはそういった邪な心を危惧しているのだ。
「ご安心を。その心配はありません」
しかしアジールはそれを真向から否定した。
「あれは心から陛下を慕っての言葉です。自信を持って下さい」
「……そうか」
アラオーリムはふっと口を三日月にして。
「バカな臣下共だな」
悪辣な笑みを浮かべた。
………そこに好々爺の面影は、微塵も皆無だった。
※ ※ ※
「おお! これは陛下! よくぞ起こし下さいました!」
『王の植栽所』の重要施設の一つにやって来たアラオーリムとアジールを出迎えたのは歪んだ笑みを浮かべる50代半ばの男だった。
ぼろぼろの白衣に、ひびの入った片眼鏡をかけており、常に歪んだ笑みを浮かべているのか顔の造りが歪み切っている。
一目で〝裏〟の人間だとわかる人相の男が、アラオーリムに親し気に話しかける。
対してアラオーリムも慣れた所作でその男に応えた。
「バーナムよ、早速だが今月分を見せてもらえるか? イブラヒートは四人と申していたが?」
アラオーリムの言葉を受け、バーナムと呼ばれた白衣に片眼鏡の男がくっくっくと歪んだ笑みを浮かべる。
「イラヒート殿もまだまだですなぁ。今月の成果はなんと七人でございます! いやはや『冠柱』の皆様は優秀ですな。あ、それとも『影猫』、と言うべきでしょうか」
バーナムが意地汚いことを言う。
アラオーリムは深い溜息を吐いた。
「やめろ。そのような下賤の表現は。……全く、知らぬこととはいえ『影猫』などと……真にこの国を支えてるのはその『影猫』、いや『冠柱』だというのに…!」
「落ち着いて下さい、陛下」
昂り始めていたアラオーリムを、アジールが諫める。
「…これはいけない。歳の所為か、最近は怒りっぽくていかん」
アラオーリムを咳払い一つして、バーナムに向き直った。
「して、見せてもらえるか?」
「ははぁ!」
一同は部屋を移動し、それを見せてもらった。
「おおおおおお!」
アラオーリムは声を張り上げた。
……そこにいたのは、七つの揺り籠ですやすや眠る、七人の新生児だった。
「感じるぞ…! 良きマナを宿した子らではないか…!」
「はい!『冠柱』と共に厳選した赤子にございます…!」
バーナムの言葉に気を良くしながら赤ん坊を一人一人を見て回るアラオーリム。
と、アラオーリムが一人の赤ん坊の前で止まる。
「おお、この子がキナギーラの子か…! 確か名前はユーギだったな」
七人の中で一際大きなマナを宿した赤ん坊。
この子だけは眠らず、薄っすら瞼を開いている。
……リュード・キナギーラと同じ、ルビーのような紅眼と、サファイアのような蒼眼が美しく輝いている。
「確か」バーナムが言う。「キナギーラの子の誘拐は陛下が提案されたのでしたな」
「ああ。……もちろん、そろそろ〝大物〟が欲しかったのが一番の理由だが……、」
ユーギを卑しい笑みで見下ろしながら、アラオーリムが続けて述べた。
「私はな……この綺麗な異色眼が心底羨ましくてな…。なぜ我が王族より美しい瞳をいち貴族が持っておる!? その眼は我ら王族にこそ相応しかろう!? ……だから、〝大物〟を狙うに当たって、最初に選んでやったのだ」
……あまりに理不尽なことを言うアラオーリム。
しかしその場にアラオーリムの言葉を咎める者はいない。
バーナムも、アジールも、似たような黒々とした笑みで同調するのみだった。
「しかし、七人か」
アラオーリムは気持ちを落ち着け、改めて成果を確認した。
「三年前までは十人を軽く超えていたのにのう…」
「『桜流星』が想像以上に警戒心を強めている所為ですね…」
「優秀過ぎるのも考えものだな…」
アラオーリムは自分の国の忠誠厚き騎士団長を思い浮かべながら、溜息を吐いた。
その瞳には〝厄介〟という気持ちがありありと浮かんでいた。
「……まあいい。こうして今月も『テイルスフィア』に喰わせる食料を無事回収できたのだ。10年後には立派な餌に実らせるのだぞ?」
バーナムが「ははぁ!」と深々と頭を下げる。
『テイルスフィア』から良質なマナを生み出させる『植栽』。
最大の秘訣は、人を喰わせること。
国民が慕い、憧れる王・アラオーリムは、裏では子供を誘拐して『テイルスフィア』に喰わせる為に養殖することを楽しむ、悪党だったのだ。
…………………そんなアラオーリムの姿を、アジールとバーナム以外に、しっかり認識する者がいた。
その者は紅と蒼の瞳をぱちくりさせながら、アラオーリムを見ていた。
(………………………何を言っているかわからないけど、ヤバいところに連れて来られた………それだけはわかる………………………なんでこんなことに……………)
それからしばらくして、異世界の言葉を理解したその少年は、己が置かれた状況に絶望するのであった。
いかがだったでしょうか?
プロローグを3つも引っ張ってしまいました…。
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