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修羅場

「……まず、その幼馴染みは俺と同じ師を仰いだ唯一の存在だ」

 一度呼吸を整えてからそう切り出す。今は慎重に言葉を選ぶ必要があるだろう。

 何の因果か、恐らくレオナは“泡沫の君”と似た能力を持っているからな。


 俺やオリビアが四人の自己を持っているのと同じように、レオナは自身の激情を魔力に乗せる能力を持っていることが行動を共にする中で推測できていた。


 そして恐らく、レオナ自身その能力のことは把握している筈だ。普段彼女が自身の感情をあまり表に出さないのも、この能力に起因しているのだろう。


 【シルウォルト・フリエンセ】もかなり広範囲に効果を及ぼす魔法ではあったが、レオナが本気を出したらどのくらいの威力が出せるのかはわからない。

 まぁ、神器がない以上流石に“泡沫の君”程の魔法が使えるとは思わないが。


 それでも、レオナの嫉妬や怒りなどと言った負の感情は、見た目が年頃の少女とはいえ、決して年頃の少女のそれと同じに見てはいけないだろう。


「彼女──ヴィオラは所謂戦争孤児だったが、剣の才能に秀でた──いや、秀で過ぎた少女だった」

 その才能が認められ、人類最強とまで言われた俺の師でもある彼から剣を教わることが出来ていた程だ。


 俺が師であるデイヴィッド・ストラテフから剣を教わったのは幼少期の三年程だが、合間を縫って毎日のように挑み続けても、ヴィオラに勝てたのは片手で数えられる程度だった。


 そして、師が王宮に召還され俺の元に来る前も俺の元を去った後も、彼女は彼の元で剣を学んでいた筈だ。


「幼少期の彼女とはどんな感じだったの?」

「初対面でボコボコにされた。初めの内は仲が最悪だったよ」

 初対面の時から、彼女は俺に対する嫌悪を隠すことさえしなかった。

 戦争孤児だった彼女は、離宮で裕福な暮らしをしていた俺に憎しみに近い感情さえ抱いていたからな。


 会ったばかりの俺がそんな事情など知る由もなく、彼女とは険悪なままデイヴィッドから剣の手解きを受けていた。


 彼女と会ってから一月ほどだったか、元々俺が捨て子だった事を話した時、彼女から多少なり同情を得ることはできたが、同時に憎しみは嫉妬へと姿を変えていたのを覚えている。

 その時、最後まで彼女とはわかり合うことはできないのだろうと、子供ながらに理解してしまっていた。

 ──あの事件が起きるまでは。


「……仲悪かった人を今でもずっと気にしてるの?」

「いや、仲が悪かったのは初めの数ヶ月だけだ……。まぁ、結局は最後の最後まで、俺は彼女のことを理解できなかったけどな」

 師が離宮を去るその日、幼馴染みが残した言葉は今でも覚えている。


「君は剣に頼らなくても生きていくことができる。私にはこれしかないから……」

 別れの際、彼女が吐き捨てるように漏らした言葉だ。

 彼女と何度も剣を交わし、稀に言葉も交わす中で彼女が争いのない世界を作ることを本気で実現しようとしていることを知った。

 そして、彼女の剣はそれを叶えるに足る器を持ち得るとさえ師から言われていたことも。


 それが何の経緯で魔王軍の元に下ることになったのか、それもずっとわからず終いだったが。


「──彼女に対する恋愛感情はありましたか?」

 キャロルが大きなため息を吐いた後、そう尋ねてきた。何故かセレイナとレオナからアドルフのそれに近い“圧”が放たれているし、空気の重さに耐えかねているのだろう。


「いや?別に幼馴染みに対しての恋愛感情はないが?」

「そうなんですか?」

 俺の言葉を聞いた途端、何故かセレイナの表情が晴れやかになる。先程までの息の詰まるような重圧も嘘のようになくなっていた。


「あぁ。彼女とはそんな関係ではなかったよ。色恋沙汰なんて余分が許される関係じゃなかった。──何より、その頃には初恋の相手がいたからな」

 瞬間、空気が凍りつくのが俺でもわかった。今回は物理的にではなく。

 アメリアとキャロルは苦笑いは浮かべ、ニコは呆れたようにワインへと視線を戻す。カールだけは複雑そうな表情をしていた。


「──初恋の相手、ですか?」

 セレイナから放たれる“圧”に、先までの空気の重さが嘘ではなかったのだと痛感する。

 怖過ぎてレオナの方を振り向くことはできなかった。


◇ ◇ ◇


 あれから二日後の朝、俺たちはアドルフに移動を頼んで東の国のマカァドナラドにいた。

 本来なら昨日にでも東の国に来たかったが、例の如く二日酔いに悩まされるメンバーが若干名いたため、今日までお預けになっていた。


 結局、なんだかんだで魔剣の行き先ははぐらかされてしまったな……。

 わかったことがあるとすれば、【神導カリドヴール】がキャロルの手元にあることと、中央の国に残りの魔剣があること。

 カールが何やら魔剣について詳しそうではあったが、彼とはそもそもがメルゼブルグに着くまでの契約だったので、夕食後にすぐ逃げられてしまっていた。


「ニコ、ここがマカァドナラドのどの辺りか分かるか?」

「うん。“魔境キシマ”までは、ここから歩いて半日くらい。冒険者ギルドは向こうだけど、宿ならこっち」

 そう言って、ニコが宿の方へと歩き始める。東の国はバーガーがソウルフードとして浸透しているため、移動中に数店のバーガーを扱う出店が見受けられた。


 今日から“魔境キシマ”には向かうが、簡単に地形や魔物の生態系を見たらすぐに帰る予定だった。


 無事に宿を確保した俺たちは、そのままニコの案内でマカァドナラド領内にある、“魔境キシマ”へと向かう。


「少し魔素が荒れてるね…」

 “魔境キシマ”に近づくにつれ、魔素の変化に気づいたレオナが不安そうにそう漏らす。


「あぁ」

 確かに、周囲を不安を煽るような重たい空気が包んでいる。まぁ、この魔素の変化こそが、魔境の特徴でもあるのだが。


 言い様のない不安に駆られながらも、俺たちは魔境へと足を踏み入れた。

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