報告
「ただいま〜」
「お疲れ様です。首尾の方は」
中央の影がギルドへと戻ると、アンナちゃんが出迎えてくれた。
「ごめんね、失敗しちゃった〜」
「そうですか」
特に悪びれることもなくそう伝えると、アンナちゃんは何でもない顔でそう言った。多分、彼女は初めから私たちが成功することを期待していなかったんだと思う。
私もそれがわかっていたから、罪悪感はない。智将として恐れられた彼女が本気で成功を望むのなら、それに足るだけの策を用意するはずだからね。
「でも、アンナちゃんのことは話しておいたよ。イリマちゃんのお別れもできたし」
「余計なお世話よ。──私のことを知ったら彼を傷つけてしまうかもしれないでしょ」
今にも泣き出しそうなくらい辛そうな顔で、イリマちゃんはそう呟く。
この子は深く考えすぎなんだ。現にルシェフは傷ついていないだろうが、代わりにこの子が傷ついている。
──きっと彼はそんなことを望むはずがないのに。
「別に大丈夫なんじゃない?あの様子だと、オリビアちゃんはまだ記憶を取り戻していないみたいだし」
イリマちゃんを励ますための言葉だったのに、アンナちゃんが小言を挟んできた。
「だからこそ心配なのです。彼女の身に何かあってからでは遅いのですから」
「そこはルシェフが何とかするんじゃない?」
「そう、ですね……」
何か不安要素が残るのか、アンナちゃんは難しそうな顔でそう呟く。
今に始まった事ではないけど、この二人は物事を難しく考えすぎている。
ルシェフたちもどうせキャロルちゃんのところに行くんだろうし、万が一もあるはずがない。──まぁ、だからこそイリマちゃんは気が気じゃないんだろうけどね。
ルシェフが気づけていないだけで、キャロルちゃんも彼にとってかなりの爆弾なのだから。
「スピリッツ・サーヴァントのメンバーが独自に彼らを追っているので、重ねてギルドからも救援依頼を出しておきます」
「そんなに不味いことになるの?」
あくまでレオナちゃんがいることを加味してだけど、《スピリッツ・サーヴァント》は今Sランクに限りなく近い冒険者パーティーだ。
単体で化け物じみた性能を持つ元勇者に加え、彼らまで必要になる事態をあまり想像はできなかった。
「キャロルの見立てでは、彼らがカルレランへと向かうようだったので」
「おぉ、やんちゃだね」
西の国屈指の未踏破ダンジョンに挑むんだ……。イリマちゃんもそれがどういうことなのかわかっているのか、私の後ろで少しそわそわしている。このままだと、また誰かの姿を借りて彼らの元に行ってしまいそうだ。
「彼らの元にはニコ・ネルソンや数人の竜族が合流する予定です。あまり深くまで潜らなければ無事に帰ってこれますよ」
「そう……」
ニコちゃんの存在は朗報だけど、イリマちゃんの不安は拭えていない様子。それでも、私には彼が仲間を悪戯に過度な危険へ晒すとは思えないので、退き時を間違えたりはしないだろうという確信があった。
「──それで、魔王様の情報は掴めたのか?」
少し重くなる空気に耐えかねたのか、ウェイスがそう切り出してきた。元魔王直属幹部の一人としては、彼の安否を心配するのも無理ないだろう。
「いえ。まだ何も。キャロルの方も情報は一切見つかっていないそうで」
「そうか……」
それっきり、ウェイスは口を閉ざした。彼の前世である《烈火》のダヴィドならもう少しお喋りだったんだけど、彼は暗殺者としての時間が長いためか少し口数が少ない。正直少し彼はとっつきにくかった。
「──やっぱり、まおー様が心配?」
「別に、心配ではない。ただ、あのお方の戦力は後に必要になるというだけだ」
「本当、どこにいるんだろうね。まおー様は」
「報告はそれだけじゃないだろ?」
いつの間に買ったのか、樽ジョッキを煽るモーザスが呆れたように呟く。その後ろには《中央の影》最後のメンバーであるデッドの姿があったが、彼はどうせ一言も喋らないだろう。
デッドが口を開こうものなら、その翌日にはクーデターくらいは起きそうだ。
「──何か?」
「彼が完全に記憶を取り戻してるって証拠があがっただけだよ〜四次元空間や【アクワグラシェリア】を使ってるの見たから」
「──では、極端な暴走の心配はなさそうですね」
言いながら、アンナちゃんはホッと胸を撫で下ろす。
「そだね〜」
記憶を取り戻すタイミングで私たちのことも知っていたら彼がどんな反応を示すのかわかったもんじゃないからね。彼が全部思い出してくれて良かった良かった。
◇ ◇ ◇
オリビアの一件から数日が経ち、特に魔物の襲撃もなく無事に森を出た俺たちは、そのままメルゼブルグへと入り、冒険者ギルドで商隊と別れて報酬を受け取った。
「取り敢えず、宿を確保したらウイル・スミスに行こうか」
魔導都市ということもあり、そこそこ人通りの多い町を歩きながらオリビアにそう告げ、あの敵と遭遇したショックも和らぎ、それなりに元気を取り戻してきた彼女が頷く。
元気を取り戻してきたのは良かったが、彼女は未だに俺を自身の父親だと認識しており、片時も俺と離れることを嫌うところは改善されていなかった。
現に、今もオリビアとは手を繋いでいる状態だ。
三人にもどうするか聞いてみると、三人ともついてくるということだったので、宿を確保した後、ウイルの鍛冶屋へと向かった。
「邪魔するぞ」
知り合いの店だったので、店の扉を開けるなり、それだけ言ってずかずかと入り込む。
「いらっしゃいませ~」
鍛冶屋から聞こえるはずのない、聞き覚えのある鈴のような女声に目を見開き、声の主の整った顔立ちと印象的な長い金髪を確認した俺は、その場で慌てて片膝をついて右手を握り拳にして心臓部へと運ぶ。
次いで、彼女が誰なのかを知っているアメリアも片膝をつき、残りのメンバーは、不思議そうな顔をしながらも片膝をつく。
「どうぞ、楽にしてください。他の方にこんなところを見られたら、不審がられてしまいます」
金髪の女性、キャロル・ぺリアティが少し困ったように眉を潜める。
「ですが、王女……」
「あまり頑固にするなら、《勇者》を呼びますよ」
あどけない笑みでえげつないことを言う王女に、即座に立ち上がって誠意を見せる。
少なくても、今戦闘狂なんて呼ばれたらたまったものではないからな。
「ところで王女。どうしてウイルの鍛冶屋に?」
「さっきの『いらっしゃいませ~』っていうの、一回やってみたかったんです!」
「……」
王女からのまさかの言葉に、俺が言葉を失う中、オリビアたちも何かを察したように押し黙る。
「──と、いうのは冗談で、今メルゼブルグで会っておいた方が、色々と都合も良いと判断したんです」
「……それは、この時間に俺たちがここにいることを知っている理由にはならないはずですが」
「商隊がこの時間にメルゼブルグに着くことはわかっていましたし、必ずここには寄ると思っていたので」
「そうですか」
これ以上考えるのは止めよう。彼女には俺の理解できない世界が見えているからな。
「大まかな事情は聞いています。大変でしたよね。こんな変哲のない魔石の為にあんなことになるなんて……」
王女が、バックから何やら固形物を取り出しながらため息を吐いているが、奥の部屋からこちらへ向かってくる存在に気づき、咄嗟にカウンターの影に身を隠す。
「──⁉︎」
一人の男がこの部屋に入ったことで、彼に気づいた他のメンバーの間にも戦慄が走る。魔力や気配はしっかりと抑えているようだったが、それでも彼独特の殺気やら圧力までは隠せていないようだ。
「──久しぶりだな、ルシェフ。元気そうで良かったよ」
あまり隠れた意味はなかったようで、アドルフはずいぶんと好意的な圧力を俺に向けながらそう告げた。




