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第三十三話 異変

「──ルシェフ……なのか?」

 俺たちの存在に気づいた男、剛が顔を上げ、俺の顔を注意深く見ながら少し不安そうに尋ねてくる。


「いや、人違いだ」

 そう言って宿へと入ろうとすると、剛に引き留められる。

 というか、待っていたのならしっかり顔くらいは覚えていてくれ……。お前は忘れてるかもしれないが、一時期は一緒にパーティー組んでただろ。


「さっきは、いきなりで悪かったな。メルベブルグの焼き菓子だ」

「お、おう。ありがとう」

 剛に紙箱を渡され、少し動揺しながらもそれを受け取る。間違えても、俺への土産ではないだろう。


「申し遅れました、主にメルベブルグとペリアティ近辺で冒険者をやっている鈴木剛と申します。以後、お見知りおきを」

 オリビアたちの方に目を向けた剛は仰々しく礼をして、彼女たちの返事を待つこともなくその場で姿を消した。


「消えた……⁉︎」

 突然姿を消した剛に、ニコが珍しく驚いた表情を見せた。


「無詠唱の転移魔法だ。彼も女神から多大なギフトを受け取っているみたいだからな」

「何て言うか、嵐みたいな人だったね……」

 少し呆気に取られていたレオナがそう呟く。


「ああ見えて忙しい奴だから、他の依頼があるのかもしれないな」

「そうなんだ」

 その間を縫ってでもしっかりと彼女たちからの好感度を上げようとする辺り、俺の知る剛らしかった。


◇ ◇ ◇


「……お父さん?」

「どうしたんだオリビア、悪い夢でも見てたのか?」

 目を覚ますと、目の前には行方不明になっている父の姿があった。


「お父さん!」

「おっと」

 数年ぶりに父と再会したこともあり、感極まって父に抱きつく。


 抱きついた後少し周囲に目を回して気がついたが、自宅にいるのにも関わらず、周囲の風景が少しぼんやりとしている。それで、自分が夢を見ていることを自覚した。


 良く良く気を回してみると、自身の体も幼くなっていることにも気づく。年齢的には五歳くらいだろうか。ということは、過去の記憶を見ているようだ。

 夢ではあったが、少しごわついた手で頭を撫でられ、懐かしい感覚に、つい目を細めてしまう。

 そして、少し離れた所から微かに漂うハチミツの甘い匂いに、不思議な安心感を得ていた。


 そういえば、過去の記憶を見ているのなら、何処かに母の姿は無いだろうか。

 そう思って今は亡き母を探してみると、視界の端に女性の姿が見受けられたが、私自身がうろ覚えであった為か、上手く視認することは出来なかった。


 父に撫でられ、文字通り夢見心地ではあったけど、それでも懸命に母の姿を見ようと試みる。勿論それが上手くいくこともなく、視界全体がぼやけてきた。恐らく、この夢も終わりということなのだろう。


 視界も薄暗いものに変わり、二人の姿が段々と遠ざかっていく。


「待って!」

 遠ざかっていく二人に、手を伸ばす。

 夢が覚めるという事実よりも、二人が遠ざかっていく感覚が辛かった。


「それにしても、変な夢でしたね……」

 ジャックさんたちから報酬の話を聞き終えて部屋へと戻ってきた私は、先ほどバッグにしまった酒を取り出しながら、一人そう漏らす。


 ブラウンさんが町に連れ出してくれた事もあり、夢を見た直後から頭を離れなかった、得たいの知れない不安こそ無くなっていたものの、言い様のない感覚は未だに消えてくれない。

 それでも、何かあればブラウンさんなら何とかしてくれるだろうし、こういうことは飲んで忘れるのが一番だということを私は知っていた。


「……」

 言い様のない感覚を忘れようと酒を煽り続ける中、知らぬ間に眠りについていた。


◇ ◇ ◇


「……」

 目を覚まして窓の方に顔を向けると、窓の外は未だに暗かった。どうやら、いつもより早くに目を覚ましたらしい。


 二度寝して寝過ごすのも嫌だったので、真赤鉄鉱(トゥルー・ヘマタイト)を生成することにした。西の国には、【アクワグラシェリア】を作ってくれた知り合いの鍛冶屋(スミス)がいる。

 彼が以前(トゥルー)系統の素材が不足していると嘆いていたので、彼の元へと持ち込む予定だった。


「ブラウンさん、いますか?」

 暫く鉱石の生成をしていると、扉の向こうからオリビアの声が聞こえた。まだ朝には少し早いが、どうやら彼女も起きていたようだ。


「あぁ」

「失礼します」

 周囲を気遣ってか、オリビアがそっと扉を開けて中に入ってくる。


「珍しいな。こんな時間に」

「……たまには、こういうこともありますよ」

 どこか憂いを帯びたような、いつもの彼女らしくない声色だ。少し気にはなったが、話したくなれば自分から話すだろう。


「そうか」

「ところで、何をされていたんですか?」

 隣の椅子に座ったオリビアが、中身の半分を青い液体で満たされた瓶へと目を向ける。


「真赤鉄鉱の生成だよ」

「そうなんですね」

 何が楽しいのか、オリビアは、薬品付けにされた赤鉄鉱の含まれる岩石から、断続的に発生している気泡を興味深げに眺めていた。


「そうだ、今回の報酬だとあの竜種の魔石を入手するのは厳しいわけだが、次の方針が固まった。先ずは、昨日話した通りに王都ペリアティに向かい、王女(キャロル)とコンタクトを取る。その時に、最低限魔石にかかる費用は融通してくれるはずだ」

「そんなんですね!」

 俺の言葉を聞いたオリビアの表情が晴れやかになる。


「あぁ。ただ、あくまでも借りるだけだ。その後は、南の国へと行って遺跡の探索に出ようと思う」

 南の国は新種の遺跡型ダンジョンが定期的に出現し続けているため、そのダンジョンの財宝で返済をしようと考えていた。


「南の国ですか……」

 オリビアは、神妙な面持ちで自身のバッグを漁り、何かを探している。


「──だとすると、これの出番ですかね!」

 オリビアは黒塗り眼鏡(サングラス)を取り出すと、自慢げにそれを自身にかける。


「お、おう。ただ、先に王都に向かうから、まだ大分先にはなるけどな」

 取り敢えず、そう伝えておくことにする。個人的には、あまり出番のきて欲しくないアイテムだし、こんなの集団で着けてたら、絶対に目立つしな。


 時折構ってくるオリビアの相手をしながら真赤鉄鉱を生成しながら朝を待ち、他のメンバーとも合流して朝食へと向かう。


「というわけで、一度王都に行った後、南の国(サウスランド)へと向かうのですが、ジャックさんたちはどうしますか?」

 今回はスケルトン・ナイトの時ほどの危険はないものの、彼らが一緒に来てくれれば心強かった。


「悪いが、俺はここまでだ。あまり里を空けられる身分ではないしな」

「そうですか」

 ともすれば、フレディもここまでだろう。彼はジャックさんの仕事の手伝いをしているからな。


「アメリアはどうする?」

「南の国は行ってみたいけど……」

 アメリアの視線がジャックさんの元へと向かう。


「好きにするといい」

「ありがとう。お父さん」

 微笑むアメリアに、ジャックさんは少し口元を緩めた。


「それでは、ありがとうございました」

「あぁ」

「ルシェフ、次会ったら覚悟しとけよ」

「おう。それまで元気でな」

 朝食後は二人と別れてメルゼブルグ行きの馬車を探す。スケルトン・ナイトの報酬は用意するのに時間がかかるそうなので、王都から南の国へ向かうときについでに回収する予定だ。


 荷馬車組合でメルゼブルグ行きの商隊(キャラバン)を見つけ、さらに護衛として同乗することに成功した俺たちは、彼らと共にメルゼブルグを目指す。その時に聞いた話だと、ここからメルゼブルグまでは十日ほどかかるそうだ。


 この辺りは、比較的に温厚な種の魔物が多いので、魔物との戦闘は碌に無いものの、魔物の脅威が無いということで、盗賊がたむろしやすい所でもある。

 俺たちの護衛としての役割は、魔物から荷を守るというよりも、盗賊から荷を守ることにあった。


「……ねぇ、おかしくない?」

 この商隊に同行して数日が経ち、盗賊の襲撃もなく平和な時間が流れるなか、ニコがポツリとそう漏らした。


「おかしいって、何がだ?」

「ここまでで盗賊の襲撃が一度もない」


「……言われてみるとそうだな」

 ──この近辺で何かあったのか?


 少し疑念は残るものの、メルゼブルグに隣接する森の中に入ってからすぐにさらなる異変に気づく。

 木々の一部には何かに抉られたような傷があり、かなり疎らではあったが、血痕や魔物の死体なども見受けられた。死体や血痕はわりと新しいものなので、恐らく、この死体を作った存在はまだ近くにいるはずだ。


「レンジャーは一回集まってくれ!」

 向こうもこの事態を重く見てか、商隊の責任者がレンジャーを集めにかかる。


「私も行ってくる」

「あぁ」

 ニコを見送った後、念のために索敵魔法を使って周囲の警戒にあたることにした。

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