祝杯
旅は道連れということで、アリオンまでは《スピリッツ・サーヴァント》のメンバーと行動を共にすることになった。
夕方前にアリオンに着き、アリスがレオナから離れたがらなかったため、《スピリッツ・サーヴァント》のメンバーを交えて夕食を摂った。
その後はアリオンに着いた時予約していた宿へと戻る。言うまでもなく、宿も彼らと一緒だ。
まぁ、彼らとは行き先も違うし、明日以降は暫くは会わなくなるので、こうなるだろうとは思っていたが。
「……」
自室に一人、ソファーに腰かけて西の国で一般的に流通している赤ワインを煽る。
それにしても、今更になってこんな近くに“泡沫の君”の情報が潜んでいるとは思わなかった。
《厄災の魔女》はこの世界に存在する七属性以外の魔法が使える可能性があったため、彼女については他の伝承などよりも少し深く調べていたが、あれを見る限りだとレオナは《厄災の魔女》についても少し詳しそうだ。
俺の調べた限りだと《厄災の魔女》が北の国の一部に永久凍土を創り上げたのが、今から約二万年ほど前の話らしい。
《厄災の魔女》がレオナの直接の祖先に当たるとして、エルフの基本的な寿命が三千年ほどなので、約七世代分、この技術が表舞台にすら出ずに語り継がれてきたことになる。
そして仮にそうだとしても、それはレオナが七属性以外の魔法を使える理由にはなれど、彼女が“泡沫の君”と全く同じ魔法を使える理由にはならない。
だが、もしも“泡沫の君”と《厄災の魔女》、時系列的には《厄災の魔女》のさらに祖先か。彼女らに何らかの繋がりがあったらどうだろうか。
これはこの世界では記録のないことなので仮説でしかないが、俺はこの世界と俺が生前過ごしていた世界に何らかの直接的な繋がりがあると考えている。
具体的には、ダンジョンの入り口である“門”を経由することで二つの世界の行き来が出来たのではないだろうか、ということだ。
俺が《厄災の魔女》や南の国の神話に出てくる邪竜の話を調べていたのは、その可能性を疑っていたためでもある。
ただ、門がこの世界に現れたのが数世紀前であるとされているため、そもそもこの仮説は成り立たない。あくまでそれは有史後の話ではあるが。
俺の仮説としては、有史以前に存在した門が二つの世界を繋げていたのではないかということだ。
今は、およそ有史歴換算で二万八千年だ。それ以前の歴史については、真実か分からないような神話などが語り継がれているくらいで、ほとんど解明されていない。
が、これらの神話や伝承の中には、一部に門の存在や異世界の存在をほのめかすものがあり、各地に浸透している独特の文化を鑑みるに、複数の門があった可能性がないとは言い切れない状況だ。
しかも、北の国の首都ヴィオリスには、俺の元いた世界に似た文化が存在する。
そして、俺の知り合いである異世界からの転移者、《剛腕》鈴木剛は、チェスや悪魔の兵器等の東の国で浸透している一部文化が、自身の元いた世界の文化に近いものであると教えてくれていた。
「ルシェフさん、いる?」
物思いに耽っていると、控えめに扉をノックする音が聞こえ、次いでレオナの声が聞こえる。
「いるよ」
ゆっくりと扉が開き、レオナが部屋に入ってくる。
「飲んでたんだ」
言いながら、レオナが隣に腰かける。
「……あぁ」
カルレランでの件もあり、少し返事がぎこちなくなってしまう。
「飲むか?」
「うん。一杯だけ貰おうかな」
レオナの分のグラスを用意して、ワインを注いでいたところで、バァン!と勢いよく扉の開く音が聞こえ、扉の方を見ると頬を膨らませたオリビアがいた。
「ブラウンさん、ズルいですよ!飲むなら呼んでください!」
「……悪い」
色々と思うところはあったが、取り敢えずはそう伝えておく。
燻製肉の時もそうだったが、そもそもどうして俺が飲んでいることがわかったんだ?
彼女は何かそういったことを探知するような固有能力でも持っているのだろうか?
◇ ◇ ◇
「ブラウンさん、聞いてるんですか!」
「うん、聞いてる聞いてる」
そして、案の定《饒舌の魔女》の講演会が始まった。
「何かあったの?」
《饒舌の魔女》が騒いだ為か、アメリアを筆頭に、他のメンバーも集まってくる。
「聞いてください!ブラウンさんが私だけ除け者にされたんです!」
「誤解だ。人が気の悪いことを言わないでくれ……」
そもそも、今日は一人で飲むつもりだったんだから。
「そういえば、先程はありがとうございました」
《饒舌の魔女》がまだ何やら騒いでいたが、ジャックさんも訪ねてきていたのでそれだけ伝えておく。
彼にはスケルトン・ナイトとの戦闘に入ってからダンジョンを出るまで、ずっと竜化させてしまっていたからだ。
竜化は強力な能力だが、維持するのにかなり負担がかかるので、出来るだけ温存していたし、できればあまり使って欲しくはなかったが、帰りに少し無理をさせてしまっていた。
「構わない。それが私の仕事だ」
ジャックさんがいつもの調子でそう返し、何となくこっちの状況を理解していたのか、後ろ手に持っていたワインボトルを出す。
「──俺にも何か言うことがあるんじゃないか?」
「そうだな……フレディ、お前確か用事があっt──」
「……」
フレディの顔がすごいことになっていたので、それ以上は言わないことにした。
「もっと持ってきた方が良いかな?」
ジャックさん同様に酒瓶を持ってきていたニコが少し不安そうに尋ねてくる。
「大丈夫だ。折角だし、あれを開けるよ」
ニコもいることなので、アレを出すことにしよう。
そう思い、【四次元空間】から一本の東洋酒を取り出す。東の国名産らしいこの酒は、ウミの実を使うことでスカイブルーに透き通る海のような色合いを再現しているそうだ。
「──‼︎」
俺の出した東洋酒を見たニコが目を見開く。
「どうかしたのか?」
「……それ、本物だよね?」
訝しげに酒瓶を見ていたニコが、そっとラベルを剥がそうとする。多分、ラベルが二重で張られている可能性を疑っていたためだろう。
「これ、もしかしてヤバイやつなのか?」
先日酔ったノアに貰ったやつなんだが、もしかするともしかするのかもしれない。
「ふむ。海桜の六十七年ものか……」
ジャックさんも、重々しくそう漏らす。
「やはり、珍しいものなのですか?」
「あぁ。まず市場に出回るものではない」
「そう、なんですか……」
ノアには今度珍しい地酒でも持っていこう。
「……」
「寝るか?」
「うぅ……」
先ほどワインを煽っていたレオナがコクリコクリとし始めたので声をかけると、レオナが俺の背中に両手を回し、甘えるように抱きついてくる。多分、ベッドまで運べということだろう。
「一度レオナを部屋へと運んできます。東洋酒は開けてもらって大丈夫なんで」
それだけ言い残して、一度レオナを彼女の部屋へと運ぶ。
「おやすみ、レオナ」
「うん……」
レオナをベッドに寝かせた後、早足で部屋へと戻る。また我らが《饒舌の魔女》様がジャックさんに絡んでたら笑えないからな。
「ブラウンさん、遅いですよ!」
レオナを置いて部屋に戻るなり、やたら上機嫌なオリビアが、俺を呼ぶように空の酒瓶を振る。
「悪い」
そう言ってさっきの席に戻ると、誰が持ってきたのか知らないが、燻製肉やチーズなどのつまみが並べられている。
席も足りないと判断したようで、別の部屋から机や椅子を持ってきていたようだった。
上等の酒が揃っていたこともあり、浮かれて騒ぎ過ぎたために宿の受付から苦情がくるハプニングもあったが、部屋にいるほとんどの人間が酔いつぶれて眠ったところでこの宴も終わる。
「ルシェフさん?」
ジャックさんと二人で寝ている人間を部屋に戻し、片付けを終えた俺が自室で休んでいると、扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。




