第9話 数合わせ合コン(その4)
十円玉ゲームを最後に合コンの一次会は終わった。
みんなは「おし!二次会行くぞ!」と盛り上がっていたが、俺は辞退した。
帰りが遅くなるのはゴメンだし、これ以上みんなが悪乗りすると、何をされるか解らない。
そして俺は先生の事が気になっていた。
先生は酒に弱いのに、俺の身代わりに一気飲みしたせいで、かなりフラフラしている。
先生を残して帰りたくないな、と思っていたら柏木レナさんが声を掛けて来た。
「司君は帰るんでしょう?家はどこなの?」
「俺の家ですか?武蔵小山です」
すると彼女は手を叩いた。
「ちょうど良かった!実は真緒さんの最寄り駅は西小山なのよ。悪いけど駅まで送っていってくれない?」
そう言われて俺は、レナさんの顔を思わず凝視してしまった。
そりゃ俺としてもそうしたいし、何より先生は隣の部屋だから。
「もう彼女、立っているのも辛そうだから、お願いするわ」
「解りました」
俺はそう答えると、グッタリとビルの壁にもたれかかっている先生に近寄り、腕を取った。
「せん……真緒さん、帰りましょう。俺が途中まで送っていきます」
すると先生はコクンと頭を縦に振った。
「じゃあよろしく頼むわね」
レナさんがそう言うのを聞きながら、俺は先生に肩を貸した。
彼女の脇の下に回した手が、ちょうとバストの辺りに当る。
先生の豊かなバストの感触が、再び手に感じられた。
「お~い、役得だな」
「お持ち帰りとは羨ましい」
「今日の合コン成功者第一号か?」
三人の男子大学生の声が聞える。
バカ友兄め。アンタのせいでこんな事になったんだろうが!
電車の中でも先生はグッタリとしていた。
俺の方に頭をもたせてくる。
先生の吐息が感じられる。
酒臭いかと思ったが全然そんな事はない。
むしろ甘い匂いがした。
武蔵小山で先生を支えながら電車を降りる。
……こんな所、学校の誰かに見られたら大騒ぎになりそうだなよ……
俺はそんな空想をすると、少し可笑しくなった。
もっとも普段の先生を見ても、誰も『鉄の魔女』とは判らないかもしれないが。
さすがにこの体勢で歩くのはツライので、駅前からタクシーに乗る。
マンションに到着して、再び先生を抱きかかえるようにして五階まで上がった。
504号室の前に着く。
「先生、先生の部屋まで来ました。起きてください」
「ん、んん?」
まだ先生の意識はハッキリしないようだ。
「先生、しっかりして下さい。先生の部屋です。ドアのカギを開けて」
そう言われて、先生は夢遊病者のようにショルダーバッグに手を突っ込んだ。
だがキーホルダーを出すと、そのまま床に落としてしまう。
……仕方ないな。俺が部屋の中まで運ぶしかないか……
俺は先生を支えたままキーホルダーを拾った。
ドアの鍵を開けて先生の部屋に入る。
「お邪魔します」
一応、挨拶だけした。
先生の靴を脱がせ、自分の靴も脱いで部屋に上がる。
玄関からリビング・ダイニングを抜けて、隣の寝室を開く。
シンプルだが女性らしさを感じる部屋だった。
ベッドはピンクだ。
俺は先生を両手に抱きかかえるようにして、そっとベッドの上に置こうとした。
その時だ。
俺の首に回していた先生の腕に、急に力が入ったように感じた。
不意の過重にバランスを崩した俺は、そのまま先生と一緒にベッドの上に転がり込む。
俺は先生と抱き合う形になって、ベッドの上に横になった。
……こ、この体勢、どういうこと?……
俺は一瞬パニックになった。
今のは先生が俺を引っ張った?
いや、身体が落ちそうになったので、無意識に腕に力が込められてしまったのだろう。
先生のノーメイクに近い顔が間近にある。
睫が長い。
肌は透き通るように真白だ。
シミもニキビ痕も一つもない。
薄くルージュが引かれた唇も艶やかだ。
先生の豊かな胸が、俺の胸に押し付けられている。
俺は『体の奥に込み上げる熱い何か』を感じた。
だけど相手は先生だ。
それに酔っている女性に何かするなんて。
俺は体を離して起き上がろうとした。
すると先生が薄っすらと目を開ける。
「……あれ?司くん?」
先生が甘い感じで俺の名前を呼んだ。
「あ、ハイ、そうです」
「……ここはどこ?……わたし、どうしたの?」
「先生の部屋です。先生はかなり酔っていたので、俺が送ってきました」
「そうなんだぁ、ありがと。迷惑かけちゃったね~」
先生の喋り方からして、まだかなり酔っているようだ。
「大丈夫ですよ、このくらい」
「でも今日は本当にビックリした。大学時代の後輩に呼び出されたら、数合わせの合コンに引っ張り出されて、その上そこには司君がいたんだもん」
「俺も一緒ですよ。従兄弟に呼び出されていきなり合コンのメンバーにされて。そしたら先生が来たんですから」
先生が緩んだ感じで笑った。
「まったくあり得ないよね~、生徒と合コンなんて」
「でもそのお陰で助かりました。俺が酒を飲まされそうになった所で、先生が助けてくれたから」
「目の前で生徒が飲酒なんて、教師としては見過ごせないもんね」
先生が小さく可愛らしいアクビをした。
それを見て、俺はある事を確認しようと思った。
合コンで気になっている事があったのだ。
最後の十円玉ゲーム。
男性陣への『いいね』の数は、全部で七枚だった。
四人の女性が一人二回ずつ『いいね』をすれば、合計は八枚だったはずだ。
つまり三人の女性は二人の男性に『いいね』をし、残りの女性は一人の男性だけに『いいね』を出したのだ。
……先生は、誰に『いいね』を出したのだろう……
俺はそれがずっと気になっていた。
「先生……」
彼女は閉じようとしていた目を、ゆっくりと開いた。
「なあに?」
「先生は最後の十円玉ゲームで、誰に『いいね』をしたんですか?」
「……君は?」
「え?」
「司くんは、誰に『いいね』をしたの?」
俺はあのゲームは「絶対に二人には『いいね』を出さないといけないルール」だと思っていた。
それで先生とレミさんに『いいね』をして出した。
「レミさんと……先生に『いいね』をしました」
先生が柔らかく笑った。
「ありがと」
「じゃあ先生の番です。誰に『いいね』をしたんですか?」
「わたしはね……」
先生が眠そうに目を閉じる。
「……内緒……」
「そんな、ズルいですよ。先生!」
だが俺がそう言った時、彼女はすでに「す~、す~」という寝息を立てていた。
……俺にだけ言わせて、そりゃないだろ……
そう思ったが先生の方もこの様子じゃ、きっと覚えていないだろう。
それよりも、いつまでもこの『先生と抱き合った体勢』と言うのはちょっとマズイ。
俺は自分の部屋に戻るため、再び起き上がろうとした。
だが先生の腕にさらに力が入り、俺を抱き止めようとする。
……先生?……
さっきまでよりも二人の身体が密着する。
……これって、もしかしてOKって事?……
俺の身体の中の高ぶりが、より一層圧力を高めてくる。
先生の顔を凝視する。
時々、その長い睫がピクピクと震えている。
……これって、イイって事だよな、イイんだよな?……
可愛らしい唇が、待っているかのように小さく開かれている。
俺は先生の唇に、そっと自分の唇を近づけて行った。
「……真島君……」
先生の口から、小さく名前が呟かれた。
俺は瞬時にして身体が硬直する。
「……ごめんなさい……」
そう言った彼女の顔を俺は見つめた。
目尻に小さく涙が浮かんでいた。
……真島?……
俺は暗闇の中で、しばらくそのまま動かずにいた。
やがてそっと彼女を腕をほどくと、静かに部屋を出て行った。