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隣に鉄の魔女と呼ばれる先生が住んでいます  作者: 震電みひろ
第一章『鉄の魔女』と『隣のお姉さん』
4/50

第4話 先生はなぜか冷たい

「て、鉄乃先生?」


 先生も俺の顔を見て、一瞬ギョッとした顔をした。

 だがすぐに笑顔になる。


「あちゃ~、バレちゃったか?でもいずれバレるとは思っていたけどね」


 学校での先生とは違って、明るい感じでそう言った。


「ちょっと話したい事があるから、十分後くらいに来てくれない?」


 先生はそれだけ言うと、俺の返事を待たずに部屋に入っていった。


 ……どういう事だ?鉄乃先生と隣のお姉さんは知り合い?それとも姉妹とか?……


 そう言えばどことなく、隣のお姉さんと鉄乃先生は背格好が似ている気がする。

 雰囲気や印象は全然違うけど。


 俺は状況がよく飲み込めないまま、言われるがままに十分後に504号室のインターフォンを押した。

 部屋の主はすぐに顔を出した。


「いらっしゃい。どうぞ上がって」


 そう言って俺を部屋に招き入れてくれたのは『隣の美人で可愛くて優しいお姉さん』だった。

 俺は軽く部屋を見渡して言った。


「あの『鉄乃先生』は?」


「え?」


 お姉さんは驚いたように俺を見た。


「さっき俺の学校の鉄乃先生が部屋に入って来ましたよね?」


 するとお姉さんは「ククク」と身体を曲げて笑い出した。


「やだ、まだ気付いてなかったの?」


 ……もしや……


 俺もその時には、何となくこの事のカラクリが見えてきた。


「私がその『鉄乃先生』よ。私立カイザール学園の数学教師・鉄乃真緒」


 ……やはりそうか……


 俺は改めて、笑い続ける『隣のお姉さん』こと鉄乃真緒先生を眺めた。

 既にメイクを落としたのか、最初に会った時と同様に色白で目がパッチリした可愛らしい女子大生のような顔だ。

 服装も普通の長袖Tシャツにジーンズという格好だった。

 ひとしきり笑いが収まった所で、先生は涙を拭いながら言った。


「そこに座っていて。飲み物はコーヒーでいいかな?」


「はい、けっこうです」


 最初に会った時と同じく、俺はリビングのローテーブルの前に座った。

 先生はコーヒーを入れたカップ二つと、チョコが入った菓子入れを出してくれる。

 先生が座るのを待って、俺は口を開いた。


「まさか隣のお姉さんが学校の先生、しかも数学担当のあの『鉄乃先生』だったなんて、思いもよりませんでした」


「なに、その『あの鉄乃先生』って?どういう意味?」


 彼女は意地悪そうな笑顔を作った。


「いえ、深い意味はないです」


 言葉を誤魔化した俺に、彼女はそれ以上の追及はしなかった。


「私の方こそ、君がウチの学校の生徒だったなんて驚いたわ。初めてクラスで見た時、自分の目を疑ったわよ。後で職員室で慌てて生徒名簿を見たら、住所はキッチリ私の隣の部屋になっていたもんね。本当にビックリしたわ」


「僕の方は先生が『隣のお姉さん』だったなんて、全然気が着かなかったです。何度も授業を受けていたのに」


「私、オンとオフでは、化粧も服装もまるっきり変えているからね」


 まるきっり変えているどころか、態度も声の調子も別人だ。


「化粧でそんなに変わるものなんですね。驚きです」


「女はね、化けるのよ。メイク次第でけっこうね」


 彼女はイタズラっぽく笑って、コーヒーを口にした。


「キツ目のアイシャドウを塗って目尻を吊り上げた感じにするだけで、大分違うでしょ。眉も私は元々細いから、濃く太く吊り上がった感じに描くの。口紅だって押えた色で唇自体を薄い感じにすれば、かなり印象は変わるのよ。私だって解る人はほとんどいないわ」


 そういうものなのか?俺には化粧の事は解らないし、母親がいないので想像もつかない。


「でもどうしてそんな風にしているんです?今のままでも十分キレイだと思うけど?」


 俺が疑問を口にすると、先生は「ありがと」と素っ気無い調子で言った。


「私は顔だけ見ると歳より幼く見られる事が多いの。それだと生徒にもバカにされやすいのよ。だからキツい感じのメイクで、年齢も上に見えるように落ち着いた色のファンデーションを使っているの」


 確かにその通りだ。

 学校にいる時の先生を、俺は二十代後半くらいだと思っていた。

 だが今、こうして正面から見ても女子大生にしか見えない。

 グラマーな身体を隠して顔だけ見れば、女子高生と言っても通用するんじゃないのか?


「メガネもその一つですか?」


「そうね。家では違うメガネを掛けているし、オフで外に出る時はコンタクトだからね。あの感じのメガネだと『厳しい女教師』って感じでしょう?」


「なんでわざわざそんな事を?」


「さっきも言ったでしょ。生徒にバカにされないように、一線を引くためだって」


 先生は目線を下げてコーヒーを飲みながら言った。

 だが俺はその言葉には、何か不自然なものを感じた。

 先生はコーヒーカップをテーブルに置くと、真剣な目を俺に向けた。


「それで稲村君にも、私の事は秘密にしておいて欲しいの。オフの私の事とか、部屋が隣同士だって事は」


 ここまでやっているくらいだから、先生は学校では自分の素顔をさらしたくないのだろう。


「解りました。先生がそう言うなら」


「それから学校では、私にあまり話しかけないでくれない?今までと同じように」


 その言い方には俺も少し不満になった。

 別にわざわざ先生に話しかける必要もないのだが。


「わかりました」


 俺はさっきと同じ言葉を、ボソッと呟くように口にした。


「マンション内でも、あんまり近づきすぎない方がいいかもね。どこで誰が見ているか解らないから。お互い、その方が変な誤解も受けなくて済むし。適当な距離を保っていきましょうね」


 なんか急に『隣の美人で巨乳で可愛くて優しいお姉さん』が遠くへ行ってしまった感じがした。

 胸の中で侘しいような感情が渦巻く。

 最後に先生がこう言った。


「もちろん普通の範囲で授業のわからない所を聞いてくれるのはいいんだけど。でもきっと塩対応しかしないと思うから」


 ……この前は『解らない事や何か困った事があったら、遠慮なく聞いて欲しい』って言っていたクセに……


 もちろんそれはこのマンション内の事であって、学校での話ではないと、俺も理解していた。

 だけど先生にそう言われて、かなり気落ちしたのは確かだ。

 その後は特別な話はせず、俺は黙ってコーヒーを飲み終えると


「それじゃあこれで失礼します」


 と言って立ち上がった。

 先生は玄関の所まで見送ってくれた。


「変な事を言ってごめんなさいね。でもお互いにその方がイイと思うから」


「解ってます」


 俺はそれだけ言うと、もう先生の方は見ずに部屋を出て行った。



 次の月曜日、俺が起きるとちょうど先生が部屋を出る音がした。

 ベランダから下を見ていると、先生がマンションを出るのが見える。

 俺とは反対に西小山の駅を使っているようだ。


 ……あ~あ、美人で優しい隣のお姉さんとの関係も、これでお終いか。甘くはないな……


 そう思って俺も学校に行く準備を始めた。

 学校に行くといつものようにタケと雑談をしながら、授業の開始を待つ。

 今日は二時間目が数学Bの授業だ。

 チャイムが鳴り終わると同時に『鉄の魔女』と化した鉄乃先生が教室に入ってくる。


「出席を取る!、安藤、井上……」


 やはり堅い口調で点呼を取っていく。

 そんな鉄乃先生を見て、俺は改めて思った。


 ……この先生が、あの『可愛くて優しい隣のお姉さん』とは思えないよな……


 そして『可愛くて優しい隣のお姉さん』から接触禁止を言い渡されてしまった。


 ……はぁ、本当に世の中、うまくは行かないもんだな……


 俺は心の中でため息をついた。

 相手は先生じゃ仕方ないか。


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