第21話 先生といる所に香澄がやって来て(前編)
試験前日の日曜日。
その日も午前11時に鉄乃先生が、俺の昼食を作りに来てくれていた。
休みの日は俺が昼近くまで寝ている事もあって、「朝飯はけっこうです」と前もって先生に告げておいた。
昨日は午前三時までテスト勉強をしていた。
普段ならゲームをしている所だが。
よって朝は少しでも寝ていたい。
さすがに先生が来る三十分前には起きるようにしているが、それでも寝起きから間がない事は否めない。
先生は俺の顔を見ると
「また遅くまで起きていたの?」
と眉根を寄せた。
「はぁ」
とあいまいな返事をしたら
「夜遅くまで勉強していても、次の日が昼まで寝ていたらあまり意味ないのよ。それよりも夜はしっかり寝て、朝キチンと起きて、リフレッシュしてから勉強した方が効率いいのよ」
と軽くお小言を喰らう。
でも先生のそんな感じも「可愛いな」って思ってしまった。
先生は「今日は野菜大めの焼きそばにするね」と言ってキッチンに立つ。
既に自分の部屋で下ごしらえした野菜と肉を炒め、そこに市販の焼きそば麺を投入してほぐしていく。
十五分としない内に焼きそばは完成した。
先生がテーブルに並べてくれる。
「さぁ食べましょう」
「いただきます」
先生と向かい合って、休日朝から(既に昼だが)の食事。
なんか幸せを感じてしまう。
「どう、テスト勉強の方は順調?」
先生がそう尋ねる。
「まぁボチボチって感じです」
それなりに自信はあるのだが、それで結果が悪かったらカッコ悪いので、曖昧な返事を返す。
「ウチの学校では初めての定期テストだものね。頑張って」
先生は当たり障りのない言葉で励ましてくれた。
既に試験問題は作り終わっているのだろう。
三日前までは先生も忙しそうだったが、一昨日あたりから少し時間に余裕がある様子だ。
試験の内容でも漏らしてくれれば俺としては助かるのだが、先生はその辺はキッチリと区切りを付けていて、一切試験に関する話はしない。
教師としてはそれが当然なんだろうけど。
「先生は学生時代、やっぱり数学が得意だったんですか?」
俺は何の気なしにそう聞いた。
「ううん、中学の時は数学が嫌いだったし、高校の時も最初はそんなに得意じゃなかったかな」
俺は疑問を感じた。
「じゃあどうして数学の教師になったんですか?」
先生は口に含んだ焼きそばを飲み込み、水で喉を潤してから答えた。
「私の高校の数学の先生が、すごくカッコ良くて素敵な先生でね。その先生と『話したい、よく思われたい』って思ってね。それで数学を頑張るようになったの」
「けっこう不純な動機だったんですね」
鉄乃先生はそれを聞いて苦笑した。
「そうかもね。でも私の初恋の先生だったから」
「それで同じように数学教師になろうと思った?」
「高校時代はそこまで思ってなかったな。ただ『憧れの先生に好かれたい』ってだけで。その先生は大学を出たばかりだけど、とっても教え方もうまくて、話も上手だった。私たち生徒の相談にも色々と親身に乗ってくれたんだ」
「それが動機なんですね?」
「そうだね。やっぱりその先生に少しでも近づきたい、って想いはあったかな。それ以外にも『教師なら結婚しても仕事を続けられる』って言うのもあったけどね」
……でも先生は、生徒との距離を縮めようとはしていませんよね……
俺は辛うじてその言葉を飲み込んだ。
「先生は大学を卒業して、今年が二年目なんですよね」
「うん、そうだね」
先生の声のトーンが急に下がった。
「カイザール学園には、今年の一月から赴任して来たって聞きましたけど」
先生が下を向いている。
顔を隠しているかのようだ。
黙って沈黙している。
俺は『聞いてはいけないこと』を聞こうとしているのか?
「あの、先生……」
そう言った時、「ピンポーン」と玄関のチャイムが鳴った。
……誰だ?宅配を頼んだ覚えはないけど……
俺の部屋に用事があるのは、先生以外には今の所いない。
後は何かの勧誘とか営業か?
「ピンポーン」
再びチャイムが響く。
俺はドアの覗き穴から、誰が来たのかを確認した。
そこに居たのは……香澄だ!
俺は慌ててリビングに戻った。
「先生、大変だ!香澄が来てる!」
押し殺した声でそう伝えると
「えっ!須藤さんが?」
と先生も目を丸くした。
こんな、二人で食事している所を見られたら……どんな誤解を生むか解ったもんじゃない。
「ピンポーン」
三度目のチャイムが鳴った後、香澄の声がした。
「つかさぁ~。居るんでしょ?開けてよ!」
俺は先生を振り返った。
「ど、どうします?先生」
「どうするって、どこにも行きようが……」
当たり前だが、マンションに裏口は無い。
「ベランダから先生の部屋に戻れませんか?」
「窓にはカギをかけているから、ベランダから部屋の中に入れないよ」
俺は周囲を見渡した。
「仕方ないです。とりあえず俺の寝室に入っていて下さい。香澄がどこかに行った隙に呼びますから、その時に自分の部屋に戻ってください」
「解ったわ」
「ちょっとぉ~、つかさぁ~!居るでしょ、ココを開けてよ!」
再び香澄の声がした。
「ちょっと待っててくれ。俺、いま出られる格好じゃないから!」
俺は大声で呼び返す。
「別に格好なんていつも通りでいいよ。気にしないから」
「俺が気にするんだよ。ともかく2~3分でいいから待っててくれ!」
先生もオロオロしている。
学校だったら絶対にこんな態度は見せないだろう。
「ともかく向こうの部屋へ。俺が呼ぶまで出てこないで下さいね。物音も立てないように」
先生はコクコクと頭を縦に振った。
「あ、これもとりあえず持って行って」
先生に食べかけの焼きそばの皿を手渡し、隣の寝室に押し込むように入れる。