第2話 鉄の魔女(前編)
GWが明けて、俺は転入先の私立カイザール学園の高等部に向かった。
俺は稲村司、17歳の高校二年生だ。
高一の中頃に急に親父の転勤が決まった。
親父と二人暮らしの俺は、仕方なくマレーシアの高校に編入する事となった。
だが向こうに着くと英語が標準言語な上、そのクラスには日本人は俺一人という状況だった。
二週間も通えばクラスの雰囲気は嫌でも解る。
俺はそのクラスに馴染めなかった。
その上、親父には現地に交際している女性がいて、しゅっちゅうウチに来るのも煩わしかった。
俺は大学は日本の大学を受けるつもりだったので、「やはり日本の高校に通いたい」と親父に切り出した。
そこでマレーシアの学校と姉妹校で、単位交換制度がある私立カイザール学園に編入したのだ。
海外の学校と提携しているだけあって、カイザール学園は偏差値が高い割りには自由な校風だった。
男女ともに髪の毛を金髪や茶髪に染めている生徒も多かった。
化粧やアクセサリも自由なようだ。
男女比はほぼ半々。
ちょっとだけ女子の方が多いそうだ。
進学先も国内有名大学に多くの生徒が進学し、海外の大学もチラホラ見られる。
クラブ活動も運動系・文化系の両方が盛んだそうだ
最初の挨拶は少し緊張したが、すぐに隣の席の金髪にピアスをつけた派手そうな男子生徒が声をかけてくれた。
「マレーシアにいたんだって?」
「あ、ああ。半年間だけだけどな」
「俺も中一から中三までシンガポールにいたんだよ。近くだな。どこに住んでいたんだ?」
「サイバージャヤ。クアラルンプールの近くだけど知ってる?」
「ああ、最近発展している新興都市だよな。IT企業なんかが多く集まっている。一度行った事があるよ」
「俺もシンガポールには行った事がある。バスに乗ればすぐだもんな」
「あっと名前言ってなかったな。俺は西武臣。タケでいいよ」
こうして俺は初日にして西武臣ことタケと仲良くなる事が出来た。
タケは明るい性格だ。
面倒見もいい方らしく、クラスでも割と発言権があるタイプだった。
クラス担任は大山と言う男性教師、担当は国語だ。
三時間目が終わって四時間目に入る前の休み時間だ。
クラスの中に変な雰囲気が漂った。
憂鬱そうな顔をしているヤツと、やけに嬉しそうな顔をしているヤツがいる。
それも男子生徒だけに。
「何か特別な宿題とか課題でも出ているのか?」
俺はさっそくタケに聞いてみた。
「別に何も出ていないよ。どうしてだ?」
「いや、クラスの中で憂鬱そうな顔してるヤツと、逆に嬉しそうな顔をしているヤツがいるから。宿題をやってないヤツとやり終えたヤツの違いかな、と思って」
タケは一瞬背後のクラスの連中を振り返った。
そして顔を戻した時には「ハハァ」という表情をした。
「アレはさ、次の数学の先生に会うのが、憂鬱なヤツとウレシいヤツの違いだよ」
「憂鬱なヤツと嬉しいヤツの違い?」
「口で説明してもな……ま、見れば解ると思うよ」
タケがそう言うと三時間目開始のチャイムが鳴った。
全員が一斉に席に着く。
他の授業より緊張している気がする。
そしてチャイムが鳴り終わると同時に、先生が入って来た。
女だ。
女性教師だ。
その雰囲気は見るからに「厳格な女教師」と言ったたたずまいだった。
髪をアップにして後頭部で一まとめに結っている。
黒のパンツスーツで白いシャツ。
ビシッと一分の隙もない。
両端が吊り上がったような、マンガにでも出てくるようなメガネ。
その下には鋭く切れ上がった鋭い眼光。
年齢は二十代後半ってところか?
三十路には届いていないだろう。
胸も大きく美人な先生だが、他者を寄せ付けない雰囲気が強烈に漂っていた。
「出席を取る!、安藤、井上……」
堅い、まるで軍隊で点呼を取るような声。
「それでは教科書18ページ、『二項定理』から。事前に問題集の15ページから20ページまではやってあるはずだな?」
先生はテキパキと授業を進めていく。
『余計な時間など全くない!』と言った雰囲気だ。
生徒達も他の授業より真剣に聞いている気がする。
一部の生徒は先生を盗み見るようにしては、ホワッとした表情を浮かべているが。
授業の最後になると先生は言った。
「宿題は問題集の21ページから24ページまで」
明日も数学Ⅱはあるのに多いな、と思った。
「今日のおさらいだ。プリントを配る。本日下校までに学級委員が纏めて私の所に持ってくるように!」
へっ?今日の下校までに提出のプリントを、授業の終りに配る?
休み時間にやれって事か?
俺が呆気に取られていると、先生はスタスタと教室を出て行こうとしていた。
クラスの誰も文句を言わない所を見ると、これがこの先生のいつものスタイルなのだろう。
先生が教室を出る時、一瞬だけ俺を見たような気がした。
気のせいだろうか?