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隣に鉄の魔女と呼ばれる先生が住んでいます  作者: 震電みひろ
第一章『鉄の魔女』と『隣のお姉さん』
19/50

第19話 先生の謎(前編)

 定期テストまであと一週間を切った。

 そして今日も先生と一緒に夕食を食べている。


 俺が先生の荷物を運ぶ時に謝って骨折してしまい、先生は責任を感じて「直るまで食事と洗濯はやる」と言ってくれているのだ。

 学校では『鉄の魔女』と呼ばれるほど厳しく冷たい印象の先生だが、二人きりの時はとても優しくて可愛い感じのお姉さんだ。


 食事中の話題は、俺からは学校のクラスの様子や友人関係の事、それとマレーシアでの暮らしが多い。

 先生は学校での事はあまり話さない。

 自分の学生時代の話が主だ。


 今ではこうして先生と一緒に食事を取るのが、一日の楽しみの一つとなっている。

 とても心が落ち着き、温まる一時だ。


 先生が食器や調理器具を洗い終え「それじゃあ帰るわね」と言ったのを、俺は引き止めた。


「すみません、この問題が解らないんですけど?」


 そう言って、学校から配られた問題集を差し出す。


「どの問題?」


「この145番の複素数の問題です。解答を見たんですが意味が理解できなくて」


 先生は「仕方ないかな」と言った様子で、テーブルの横に座ると、問題の解法の意味を説明してくれる。


「これはね、共役な複素数を考えるの。この式を変形すると共役な複素数の対称式になるでしょ。だから……」


 間近でそう説明してくれる先生に、俺は見惚れていた。

 学校とは違って素顔の先生。

 化粧っけがなく、透明感のある肌。

 長い黒髪がハラリと流れて、それを時々かき上げながら教えてくれる先生の姿は、とても魅力的だ。


 それと俺は『隣のお姉さん』モードの時の先生の声がとても好きだ。

 暖かくしっとりとした優しさのある声。


……学校で先生がこの感じで授業をしたら、男子生徒の大半は先生のファンになるだろうな……


 俺はいつもそんな風に思っていた。


 ここ数日は、俺の勉強を少しだけ見てくれる。

 と言っても解けない問題や、解答を見ても理解できない問題について質問したら答えてくれる程度だが。

 先生は「他の生徒との公平性を保つ」ために、俺にだけ個人指導のような事はやりたくないらしい。

 だけど質問すればちゃんと理解できるまで、説明してくれる。

 俺はこの時が『先生を独占できる時間』のような気がして、とても嬉しかったのだ。


 俺には母親がいない。

 小さい時に母親は家を出て行った。

 それ以来、一度も会っていない。


 小学生の頃は、一緒に遊んでいた友達が「もうすぐ夕食だから」「お母さんが待っている」「お母さんと買い物に行く」「今日はお母さんの誕生日だから」と言うのが、とても羨ましく感じた。

 父親が生活のために、バリバリ会社で働かなければならない事くらい、小さかった俺にだって解る。

 だが友達と別れて、誰もいない暗いマンションの部屋に戻るのは、とても寂しかった。

 中学生くらいからは、そんな事は考えずに「好きなだけゲームできるのは、クラスの中でも俺くらいだ」と考えるようにしていたが。


 そんな俺にとって、先生のように身近で優しく接してくれる存在は、長い間の憧れだったのかもしれない。

 俺の心の中で、先生の存在がどんどん大きくなるのを感じていた。



 その日も先生と二人で向かい合って夕食を取っていた。

 俺がタケ達と「クラスの男子で誰が一番モテるのか?」と雑談していたら、タケを含む三人が「それは俺だろう」と言っていた事を話したのだ。

 すると先生も自分の学生時代の事を話してくれた。


「私は女子校だったけど、女子同士でも『誰々先輩が好き』とか『あの人、カッコイイ』って、よく話題になっていたわね」


「少女マンガによくある百合設定ってヤツですね」


「そうね。それで女子生徒同士で交際している人も何人かいたわ」


「先生はそういう話は無かったんですか?」


「それが意外な事に、何度かラブレターを貰った事があるの。『好きです。交際して下さい』ってね。私なんてこんな感じでボ~っとしてるのに、どこが良かったのかなって思っちゃった」


 そう言って先生は笑った。


 だけど俺は『先生に告白した女子』の気持ちが解る。

 先生は身長は165cmくらいで、女性としては背が高い方だ。

 そして小顔の上、胸が大きく脚が長くてスタイルは抜群だ。

 学校での『鉄の魔女』モードの先生は、確かに『男装の麗人』的な雰囲気もある。

 女子だけの環境だったら、同性からモテても不思議じゃない。


 そしてずっと気になっていた事が、胸の中で反芻していた。


 ……先生は恋人はいるんだろうか?……



「それじゃあ、これで失礼するね」


 先生はいつものようにそう言って立ち上がった。


「ありがとうございました」


 俺もいつものように玄関まで見送る。

 ドアを開けた所で先生が振り返った。


「あ、そうだ。悪いけど、明日だけは夕食は何か外で食べてくれない?私、明日は用事があって、かなり帰りが遅くなると思うから」


 俺は一瞬疑問に思った。

 先生がこんな事を言うのは初めてだからだ。


「え、あ、はい」


 すると先生は作ったような笑顔で言った。


「私から『世話をする』って言ったのにゴメンナサイね。明後日はちゃんとご飯を作るから。それじゃ、おやすみなさい」


 先生はそう言ってドアの外に出て行った。


……明日は6月24日か……


 普通の平日だ。

 用事ってなんだろう。


 もちろん先生は大人だ。

 色んな用事があるだろう。

 むしろ今まで毎日俺の食事の用意をしてくれていた方がおかしい。

 それでも俺は先生の言う『用事』が気になった。


……まさか、恋人とデートとか?……


 そう言えば、いつかも普段とは違って夜遅くに帰ってくるような気配があった。

 そりゃあ先生に恋人がいた所で、何もおかしいな事はないのだが……

 その後、俺は一人悶々とその事を考えていた。


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