第17話 えっ、俺の家でテスト勉強?(中編)
昼食の時、今度は一番仲のいい西武臣ことタケが同じ事を言い出して来た。
「司、もうすぐ定期テストだよな。一緒に勉強しないか?」
その理由は香澄と同じで『俺がこの学校での初めてのテスト』であるため、心配してくれての事だった。
「ああ、ありがとう」
「じゃあさっそく今日、司の家に行ってもいいか?」
「えっ、今日?俺の家?」
思わず聞き返してしまった。
今日は香澄が俺の家に来る約束になっているのだが。
「なんだ、今日は都合が悪いのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだが」
「じゃあ何だ?」
「いや、今日は別のヤツと勉強する約束になっていてさ」
何となく『香澄と一緒に』とは言い出しにくかったが、適当なウソもつきたくない。
だがタケはすぐに察知した。
「それってもしかして、香澄ちゃんか?」
「な、なんでそう思うんだよ」
「オマエが俺以外のヤツと一緒に勉強するなんて、香澄ちゃんぐらいしか思い浮かばん!」
まぁその通りなんだけどな。
「で、香澄ちゃんとはどこで勉強するつもりだったんだよ」
「やっぱり俺の家だけど」
「二人っきりでか?」
タケは身を乗り出してきた。
「それは解らないけど……今の所はそうなるかもしれないな」
『香澄が友達を連れてくる可能性もある』を言うのを言外に含ませたのだが。
「チックショウォォォ!そんな女の子と、しかも学校のアイドル的存在と、一人暮らしの部屋に二人きりだと!もうヤル気満々じゃねぇかよ!」
「なんだよ『ヤル気』って!俺と香澄は昔からの知り合いで、そんな気はお互いにないよ!」
だがタケは俺の言葉は聞いていなかった。
「高校生がそんな不健全な関係になるなど、絶対に許さん!たとえ学校が許しても、この俺が許さん!ダメだ。絶対にぃぃぃダメだ!」
タケは一人で憤りまくっている。
「司が獣のならないように、そしてみんなのアイドル香澄ちゃんの貞操を守るために、監視役としてこの俺が同行する!拒否は認めん!」
「別に拒否する気はないよ。解った、授業が終わったら一緒に来いよ」
俺は諦めてそう言った。
だが心の中では「部屋に来るのが二人になれば、先生の事がバレる危険も二倍になるんじゃないか?」という心配が渦巻いていた。
授業が終わるとすぐにタケが「よし、司の家に行くぞ!」と元気良く言い出した。
なんか、やけにウキウキしているなぁ。
玄関の所に行くと、すでに香澄は待っていた。
「お疲れ!」
香澄はそう声を掛けてきながらも、不審そうに俺達を見た。
「お待たせ」
そこでタケがすかさず乗り込んできた。
「香澄ちゃん、こんにちは!俺、司の隣の席の西武臣。みんなタケって呼んでるから」
「はぁ」
香澄は不審そうな様子を隠さずに相槌を打つ、
「今日は俺も一緒に勉強する事になったから、ヨロシクね!」
「エッ?」
驚いた様子の香澄は「ちょっと」と言って俺の袖を引っ張った。
「なに?どういうこと?」
そう小声で聞いてくる。
「いや、昼休みにタケも香澄と同じ事を言ってくれてさ。それで『今日は香澄と一緒に勉強する約束になっている』って話たら、『俺も一緒に行く』って言い出して」
「なんでそんな事、勝手に決めてるのよ!」
香澄は明らかに不満そうだ。
「仕方が無いだろ。二人とも『俺が初めて試験だから』って心配してくれているのに。香澄とは一緒に勉強するのに、タケとはやらないっておかしいだろ」
「それはそうだけど……でも別の日にしたらいいじゃない」
「タケが『どうしても一緒に行く』って聞かなかったんだよ。仕方ないだろう」
「な~に、二人でコソコソ話してるんだよ!俺も入れてよ!」
そう間近で声がした。
見るといつの間にか、すぐ後ろにタケがいる。
「いや、別にコソコソじゃない。ただタケが一緒に来る事を香澄には話してなかったから、説明をしていただけだ」
「よし、これで話はクリアになった訳だな!それじゃあ三人で仲良く、司ん家に行こうぜ!」
タケは元気よくそう言った。
その隣で香澄は相変わらず、不満そうな顔をしていた。
二人は俺の部屋に入ると、さっそく室内をチェックし始めた。
「いい部屋じゃない。それと意外にキレイにしてるんだね」
そう香澄が感心したように言う。
「そうだな。飾った感じはないけど、シンプルに整頓されているな」
タケもそう感想を述べる。
「普段からある程度片付けておけば、掃除も面倒じゃないしな。おい、隣の部屋は開けるなよ。俺の寝る部屋なんだから」
俺は隣の部屋の襖を開こうとしたタケに、釘を刺した。
「見られちゃマズイものがあるのか?」
タケが俺の方を見てニヤニヤ笑う。
「バカか。特別な物は何もねぇよ。だけど寝ている部屋を見られるのは誰だって嫌だろ」
タケはニヤニヤ笑いを消さずに、寝室の前から離れた。
その間も香澄は部屋中に目を走らせている。
なんだか犯罪捜査でもされているみたいだ。
「二人とも、俺にテストの傾向を教えるために来てくれたんだろ?勉強に取り掛かろうぜ」
三人でリビングのローテーブルの上に、教科書と参考書を広げる。
二人が言っていた『試験の傾向』と言うのは、一時間もしない内にわかった。
数学・物理・化学の三科目は、主に副教材の参考書から出題されると言う事だった。
英語は試験範囲の教科書を完全に訳し、配布されたプリントを全て覚えておくこと。
世界史と政経も教科書に出てくる範囲の用語集を覚えておけばOKだそうだ。
とりあえず数学からとりかかる。
「へぇ~、司ってけっこう勉強できるんだな」
横から俺のノートを覗いていたタケがそう言った。
「そうかな?俺は編入試験のためにけっこう勉強したからな。その名残なだけだろうけどな」
「司は昔から、遊んでいても要領よく勉強していたもんね。テストの点はいつも良かった」
そう香澄が言い添える。
それを聞いたタケが香澄に聞いた。
「香澄ちゃんは司と、いつからの付き合いなの?」
「小学校三年くらいかな。最初のクラス換えの後から」
「司の第一印象ってどんな感じだった?」
「最初は『こいつムカつく!』って思ったね。アタシ達のクラスはその頃、男子と女子の仲が悪くてさ。男子の中でヤンチャな子が、アタシのグループの女子にイジワルしたの。それでアタシが文句言ったら、司と言い合いになってさ」
俺は驚いて顔を上げた。
「そんな事、あったっけ?」
「そうだよ。別に司がイジワルした男子に入っていたんじゃなかったけどさ。でもその男子とよく一緒に遊んでいたから、最後はアタシと司が言い合いみたいになったんだよ」
う~ん、記憶がない。
「俺は遠足で香澄とバスが隣になったじゃん。それがキッカケで少し話すようになって、そのあと二学期で生き物係に二人共なってから、色々話すようになったって覚えているよ」
「仲良くなったのは、確かにその辺からだね」
タケが羨ましそうに言う。
「けっこう長い付き合いなんだね」
「長い、って訳じゃないよ。香澄は中学からカイザール学園に行ったからね。俺は地元の区立中学だし」
「四年ぶりに再会したんだよね」
そんな香澄にタケが言い寄る。
「じゃあさ、これからは俺とも仲良くしてよ!司と三人で一緒に遊ぼうぜ」
「え、え?まぁ、いいけど……」
香澄はチラッとだけ俺を見た。
なんだ?
そこで俺を見られても、何も言う事なんかないぞ。