第15話 先生が食事を作ってくれる?(後編)
「折れてますね」
レントゲン写真を見ながら、医者はアッサリとそう言った。
アレから先生が救急で開いている病院を探し、連絡して連れて来てくれたのだ。
「この中指に繋がる中手骨が折れています。まぁキレイに折れているので、一ヶ月もすればくっつくでしょう。とりあえず今日はギブスをしておきます。あまり動かさないように」
そうして俺は看護師に、左手を固定するように手首ごとギブスをされた。
痛み止めの薬だけ貰って病院を出た。
「ごめんなさい。私の所為で……」
先生は半分泣きそうな表情で、俺に頭を下げた。
「そんな、先生の所為じゃないですよ。たまたま運が悪かっただけで」
「でも生徒にケガさせるなんて。それもプライベートな事で……私、教師失格だよ。ご両親に何て謝ったらいいのか。」
先生は顔を隠すように下を向いた。
俺は焦った。
「いやホント、気にしないでください。そもそも俺の家、親いないですから。親父はマレーシアで俺の事なんて気にしてませんよ」
すると先生は「あっ」とでも言うように顔を上げた。
「そうだよね、司君、ご両親がいないんだよね」
「そうです。だから『親に何か言う』とか、気にしないで……」
「食事や洗濯なんて、どうするの?」
「適当に食べてます。洗濯も別に洗濯機に放り込むだけだから」
すると先生は、両拳を胸の前で握り締めてこう言った。
「ケガが直るまで、私が司君の夕食を作るよ!」
「え?」
思わず俺は絶句した。
「あと洗濯とかも私がする。家事は全部まかせて!」
先生はさらに力を込めて言った。
そりゃあ、そうして貰えたらありがたいけど……逆に迷惑なんじゃないか?
「い、いや、そこまでして貰わなくても」
「ううん、やらせて!だって私のせいでケガさせたんだもん。このままじゃ私の気が治まらない」
「でも」
「さっきお医者さんも言っていたでしょ。『あまり動かさないように』って。ここで無理して直りが遅くなったら困るでしょ?もうすぐ定期テストもあるんだから」
「わかりました。よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、先生はホッとしたような顔をした。
その晩から俺は、先生の家で夕食を取るようになった。
マンションに戻ると先生は
「ちょっと待ってて。今すぐ作っちゃうから」
と言うと、エプロンを着けてキッチンに立つ。
冷蔵庫を開けると
「あ~、ひき肉とタマネギと玉子か。手早く作れるのはオムレツくらいしかないけど、それでもいい?」
と聞いてくる。
「はい、ありがとうございます」
俺がそう答えると、先生は手早く料理を始めた。
鼻歌混じりにフライパンを火に掛けて、具材を炒めていく。
その様子を見て、俺は幼い時、まだ母親が家にいた頃の調理していた姿を思い出した。
……普通の家の夕餉って、こんな感じなのかな……
三十分ほどで先生は「出来ました!」と言って食事を出してくれた。
オムレツにレタスのサラダ、キュウリと白菜の漬物、それとワカメと油揚げの味噌汁だ。
「ケチャップでいい?」
そう言って先生がケチャップを手渡してくれる。
「ありがとうございます、いただきます」
そう言って俺はまずオムレツに箸をつけた。
黄色い卵焼き部分を切ると、ひき肉とタマネギを炒めた中身が顔を出す。
俺は両方を一緒に口に入れた。
「美味い……」
思わず無意識にそんな言葉が出た。
俺は普段の食事は外食が多く、オムレツはあまり食べる機会は無いが、それでも先生のこのオムレツは絶品だろうと感じる。
「そう?良かった!」
先生が顔を傾げてニコッと笑う。
俺はその可愛らしい笑顔にドキッとした。
……先生と結婚した相手は幸せだろうな。毎日、こんな美味しい料理を食べられて、こんな笑顔を見られるんだから……
俺は思わず先生から視線を反らしながらも、そう感じた。
急いでご飯をかきこむ。
「そんなに急いで食べると消化に悪いよ。それからご飯はまだあるからお代わりしてね」
「いえ、大丈夫ですから」
俺はそう断った。
なんか胸が苦しいような気がしたのだ。
味噌汁も美味しかった。
外食やインスタント味噌汁とは根本的に違う。
食事が終わった俺は立ち上がると、食器を片付けようとした。
先生がそれを止める。
「食器はそのままでいいよ。ケガしているんだから。それよりご飯はもういいの?」
「はい、お腹一杯になりました。とても美味しかったです」
本当はお腹より胸が一杯な感じだったのだ。
「そう?それならいいけど」
先生はそう言うと、帰ろうとする俺を玄関まで見送ってくれた。
「ごちそうさまでした。それじゃ失礼します」
そう言う俺を、先生はじっと見つめた。
「私の所為でケガしたんだし、私の気が済むためにやっているんだから、司君は遠慮しないでね」
「ありがとうございます」
「明日の朝は片手で食べられる物がいいよね?おにぎりかサンドイッチを作って持って行くから」
朝も用意してくれるのか。
俺は再び礼を言って、先生の部屋を出た。
こうしてこの日から、先生は俺の朝食と夕食を準備してくれる事になった。
それ以外に洗濯までしてくれる。
俺は「先生に甘えっぱなしじゃいけない」と思いつつも、その状況に浸りきっていた。
俺の身の回りの世話をしてくれる、美人で可愛らしく、しかも優しいお姉さん……
……でも相手は先生だ。変な期待をするんじゃないぞ、稲村司……
俺は自分にそう言い聞かせていた。