第13話 クラブ活動、第一ミッション(後編)
パンケーキの店を出ると、香澄が
「ちょっと買い物したいから付き合ってくれない?」
と言うのでデパート巡りをする。
最初の三店舗くらいまでは俺も普通に付き合っていたが、五店舗目となるといい加減に嫌になって来る。
それでいて「やっぱり最初の店のヤツの方が良かったかなぁ。でも二店舗目の方がデザインは好きだし」などと言っている。
香澄が一つの服を手に取って、俺の方を見た。
「これ、どう思う?アタシに似合いそうだと思う?」
「似合うんじゃないの」
「またぁ~、適当なことを言ってぇ~」
香澄が不満顔になる。
「いや適当じゃないけどさ、服なんてどれも一緒じゃないか?」
俺はお洒落にはあまり興味がない。
「そんな事ないよ。それに高校二年の夏だよ。来年は受験で遊べないじゃん。思いっきり楽しまなきゃ。イベントもあるしね」
「イベントってどんな?」
「決まっているだけでも、クラブの合宿だってあるでしょ」
「え、このクラブ、合宿なんてあるの?」
「もちろんあるよ。どこでやるかとか、まだ何も決まってないけどね」
はぁ~、かったるそう。
そう思っている俺に、香澄は追い討ちをかけた。
「その前に定期テストがあるんだけどね。もうすぐだから憂鬱だよ」
五店舗目でも何も買わずに店を出た時、さすがに俺の『ウンザリ』は顔に出ていたのだろう。
コツン、と小さく頭を小突かれた。
「痛て、なんだよ」
「なんだよ、じゃないでしょ?せっかくこのアタシと買い物デートしているって言うのに、そんな不満顔をして!」
「デート?これってデートなのか?」
俺にはただ部活の材料調達としか思えないが。
「あ~、そんなこと言っちゃうんだ?アタシは『女っ気のない司』のために、少しでもデート気分を味あわせてあげようと思っているのに!」
「余計なお世話だ」
「でもさ、回りを見てみなよ」
香澄の言う通り、周囲を見渡してみる。
渋谷という街柄のせいか、カップルが多い。
「ここにいる男女のペアって、どんな風に見える?」
「まぁカップルなのかな、って思う」
「でしょ?『アレはただの男女の友達』って思わないでしょ?」
「まあな」
「つまりアタシ達も、周囲からそう見えているって事だよ。それなのに男の方がそんなツマンナそうな顔をしてたら、アタシの立場がないじゃん!」
言われてみれば、香澄の言う事にも一理ある。
「わかった、悪かったよ」
「解ればヨシ!」
香澄はニコッと笑った。
……コイツ、やっぱり可愛いよな……
「香澄はさ、彼氏とかいないの?」
「なんで?」
「そんな『俺とデート』なんて言っちゃってさ。もし彼氏がいたら悪いじゃん」
すると香澄は興味無さそうに前を向いた。
「いないよ」
「そうなのか?でも香澄は学校のアイドルで人気があるって聞いたけど」
実際、タケやクラスの連中は、俺と香澄が知り合いなのを羨んでいた。
「『人気がある』って言うのと『彼氏がいる』って言うのは、結びつかないでしょ」
「そりゃそうかもしれないけどさ」
「でしょ」
「でも香澄は確かに可愛くなったし、告白された中にはカッコイイ奴もいたんじゃないかなって」
香澄が俺を方を振り向いた。
真剣な目で俺を見る。
「アタシの事、『可愛くなった』って、本当にそう思う?」
俺はその目に気圧される気がした。
「ま、まぁ、可愛くなったのは確かだろ?」
「どのくらい?」
「どのくらいって?」
「『普通よりは上』『クラス一』『学校一』『めったにいないレベル』『世界一』、色々あるでしょ?」
……なんか、こんな風に言われると答えにくいんだけど……
「俺の主観になっちゃうけど……」
「それでいいよ」
「『学校一』ってのは、俺はまだ転校して来たばかりだから解らない。だけど俺が知っている範囲の女子では、かなり上位だと思う」
香澄はしばらくじぃ~っと俺を見ていた。
そしてニヘラっと表情を緩める。
「ま、今はそれでいいか。とりあえず合格にしておいてやろう」
そう言うと香澄は、俺の右手を両手で掴んだ。
「な、なんだよ。いきなり」
「デートの予行練習をさせてあげてるの!」
「予行練習って、俺にはデートの予定なんてないぞ」
「いいから、いいから。さ、次の店に行くぞ!」
香澄はそう言って、俺の腕を引っ張った。
夕方六時。
俺達は部活で必要な素材、プラス香澄の買い物を持って帰路についた。
俺と香澄の家は路線が違うので、俺達は途中駅で降りた。
「じゃあな、香澄」
俺はそう言うと、香澄の買い物以外の荷物を全て持った。
けっこうな量と重さがあるので、俺が学校に持って行く事にしたのだ。
「今日はありがとう。助かったよ!」
「香澄が感謝の言葉を口にするなんて、なんだか怖いぞ」
俺は笑いながら言った。
「なんだよ、せっかく人が『ありがとう』って素直に言ってるのに!」
香澄は口を尖らせた。
「悪い悪い、それじゃあな」
俺は山手線のホームに向かった。
「うん、また明日、学校で」
香澄はそう言って、自分の使う電車の方に歩いていった。
だが十歩も行かない内に「司!」と呼び止められた。
振り返ると少し離れた所で、香澄が俺の方を見ている。
「司、さっきアタシに『可愛くなった』って言ってくれたよね?」
俺は何も言えずに、ただ彼女を見ていた。
「司も、カッコ良くなったぞぉーー!」
それだけ言うと、香澄は一目散に走り去って行った。