第12話 クラブ活動、第一ミッション(前編)
保育部の活動は、基本的には毎週水曜日だ。
六時間目の授業が終わってから二時間程度、部室に集まってイベントに対して計画を立てたり、打ち合わせをしたり、制作物がある場合は作業をしたり、と言った活動をしている。
俺も毎週水曜のその時間だけは、出来るだけ出席するようにしている。
まぁ基本は女子三人が、お菓子を持ち寄っておしゃべりしているだけだが。
水曜日以外も、女子三人は時々部室に集まってお弁当を食べているようだ。
こう言うと、保育部がただのたまり場のように聞えてしまうが、三人の女子の『児童教育』への熱意は本物だ。
須藤香澄は、将来は小学校の先生になりたいらしい。
時々香澄は、打ち合わせの中でも熱く初等教育の重要性を語る時がある。
飯島恵は外見どおり、スポーツ大好き少女だ。
そして子供好きだ。
将来はやはり子供にスポーツを教える仕事がしたいと言う。
一番大人しい富樫由紀奈は、将来は幼稚園か保育園の先生になりたいと言っている。
保母さんらしいのだが、幼稚園の先生になるのと、保育園の先生になるのでは、必要な資格が違うと言う。
俺にはまったく解らないが。
そんな感じで、保育部では「次のイベントでは何をやるか」で彼女達三人が喧々諤々と話し合っていた。
『自作のボードゲーム』『新たに考えたボール遊び』『創作ダンス』『人形劇』などだ。
(ちなみに俺は蚊帳の外だ。ただ彼女たちは話し合っているのを黙って聞いている)
そして次に行くのは保育園のため、人形劇をやる事になった。
イマドキの子供が人形劇なんて喜ぶのかなぁ、と俺は思っていたが、意外に保育園や幼稚園では人気があるらしい。
「じゃ次の土曜日、材料の買出しに行くから、司、よろしくね!」
「へっ?」
それまでボォ~と話を聞いていたら、香澄の口から突然に俺の名前が出て、思わずそんな反応をしてしまった。
「『へっ』じゃないでしょう?普段の活動であんまり積極的に発言してないんだから、こんな時くらい活躍してもらわなくちゃ!」
香澄は左手を腰に当てて、右手で「ビシッ」という擬音が立つくらいに俺を指差した。
「わ、わかったよ。別に不満があって言った訳じゃないからさ」
俺は慌てて弁解する。
すると香澄はニコッと表情を変えた。
「そ、ならいいわ。じゃ次の土曜は頼むわね。時間と場所は後で連絡するから」
そんな訳で、俺と香澄は次の土曜日に渋谷の東急ハンズまで、人形劇の素材を買い出しに行く事になった。
「ハンズに無かったら、他のホームセンターとかも探さなきゃいけないからね。早めに出発するよ!」
事前にそう香澄に言われた事もあり、俺たちは開店と同時にハンズに入った。
「え~っと、新しい人形を作る毛糸とフェルト生地、あとボタンと中綿も必要だしね~。あ、こっちの端切れも安くていいな。服とかに使えそう。この革いいんだけど予算オーバーかなぁ」
香澄は買い物メモを片手に、バタバタと色んな品を見て回る。
色々と手にする割には、すぐには買い物カゴに入れない。
なんだかなぁ~、と思っていたら、急に俺に矛先が向いた。
「ちょっと、司もボォ~っとしてないで真剣に選んでよ!人形劇用の舞台だって作り直さなきゃならないんだから!」
ヤバイ。香澄はけっこう怒っているみたいだ。
なぜそんなに怒っているのかは理解できないが、ここは少し距離を置いた方が良さそうだ。
「悪ぃ。じゃあ俺は舞台の修理に必要な木材とかを見てくるわ。DIYコーナーに行ってるから」
「え?ちょっと待って!司!」
俺はそういう香澄の声を聞えないフリをして、DIYコーナーへ向かった。
必要な木材とベニヤを購入し、希望のサイズにカットをして貰っていると、そこに香澄がやって来た。
「ちょっと、ヒドイんじゃない?女の子を一人にして、勝手にどっかに行っちゃうなんて!」
「いや、別に一人にした訳じゃないだろう。買い物の目的は解っている訳だし、同じ店内にいるんだから」
「まったく、もう!」
香澄は不満そうな表情を隠さなかった。
「それで香澄の方は、買い物は終わったのか?」
俺は話を変える事にした。
「うん、大体はね。あとは司にも一緒に見てもらいたい物だけだから」
「じゃあなんで手ブラなんだ?」
今の香澄は何も持っていない。どういうことだ?
「だっていま荷物があったら、これから遊ぶのに邪魔になるじゃない。だからとりあえず会計だけ済まして、荷物は帰りに取りに来る事にしたから」
「え?遊ぶ?これから?」
俺にとっては意外だった。
買い物が終わったら、そのまま帰るのかと思っていた。
「まだ12時回ったところだよ?時間はタップリあるでしょ。せっかく渋谷まで来たのに、このまま帰るんじゃ勿体ないじゃない」
「そう言えばそうかもしれないけど」
「でしょ?じゃあ木材の方はもう料金を払ってあるんだよね。後で取りに来る事にして、何か食べに行こうよ!」
そう言うと香澄は一方的に俺の腕を取り、グイグイと引っ張って行った。
街中を香澄が言うがままにしばらく歩くと、「ここにしよう!」と香澄が一軒の店を指差した。
店内に入ると甘い香りが漂ってくる。
テーブルに着くと香澄が言った。
「ここのパンケーキは評判なんだよ!」
どうやらリサーチ済みらしい。
香澄はレモンティとパンケーキを注文した。
俺にはよく解らないので同じ物を注文する。
ウェイトレスが立ち去ると、すぐに香澄が聞いて来た。
「どう、学校には慣れた?」
「ん~、まぁまぁかな。クラスでもそれなり話すヤツが出来たし」
「そっか。でもまだ転校して来て一ヶ月ちょっとだもんね。他のクラスまでは手が回らないよね」
そこで俺は気になっている事を、香澄に聞いてみることにした。
「あのさ、香澄はウチの学校で『真島』って名前のヤツを知ってる?」
「『真島』?それって男子、それとも女子?」
「たぶん男子だと思う」
「さぁ~、アタシは知らないなぁ。アタシもそれなりに顔は広い方だと思うけど、聞いた事ないね。もっとも他の学年だったら解らないし、二年生だって全員把握してる訳じゃないけど」
「そうか」
鉄乃先生は二年生の数学ⅡとBを受け持っている。
もし『真島』がウチの生徒なら、おそらく二年生のはずだ。
香澄は怪訝な顔をした。
「なに、その真島って人がどうかしたの?」
「いや、別に何でもないんだ。なんかそんな名前を聞いたような気がしたから」
「ふ~ん」
香澄は納得したような、してないような表情をした。
俺はもう一つ、質問してみることにした。
「香澄たちは、顧問の鉄乃先生とはよく話すのか?」
「別に、よく話すって程じゃないかな。普段の部活には、先生はそんなに顔を出さないからね」
それは俺も思っていた。
少なくとも俺が部活に参加するようになってから、先生は一度も顔を出していない。
「でも部員が集まらなくて廃部になりそうな時には、色々と相談に乗ってもらったんだ。けっこう親身になってくれるよ、鉄乃先生は」
「でもあだ名は『鉄の魔女』なんだろ?」
「あの先生、男子には特に厳しいからね。それに一部の男子は手酷くフラれたみたいだし。でもアタシはいい先生だと思うよ。授業は厳しいけど」
「先生は今年になってから、この学校に来たって聞いたけど」
「鉄乃先生が来たのは今年の一月からだね。だからまだ半年ちょっとしか経ってないんだけど、風格あるよね。もう十年くらい勤めているベテラン先生みたいに迫力がある」
「一月って随分と中途半端に時期に赴任して来たんだな」
普通、新しい先生が来るのは四月の新年度からだ。
「そうだね。もっともウチの学校は私立だから、そういう事もあるんじゃない?」
香澄はそれなりに鉄乃先生と交流しているみたいだが、それでも新しい情報は無さそうだ。
『真島』に関しても、彼女は何も知らないと言っているし。
「な~に、何?ずいぶんと鉄乃先生の事を気にしているみたいじゃない」
香澄がちょっと不審気な目でそう言ってきた。
「いや、別に気にしている訳じゃないよ。ただ一緒にいるヤツ、俺の隣の席のタケってヤツだけどさ、そいつが鉄乃先生を『鉄の魔女』って言っていたから。周りのヤツも『美人だけど』って疑問符が付く感じで言うしさ。そんな先生が部活でも顧問だなんて、ちょっと気になるじゃん」
「ならいいけど……鉄乃先生、確かに美人だもんね。スタイルだって女のアタシも見惚れるぐらいイイし。でも先生を話題にするのは止めた方がいいよ。鉄乃先生、すっごい男嫌いだって話だから」
「男嫌いって?」
俺は少し疑問だった。
初めて会った時の感じや合コンの様子でも、男嫌いとまでは思わなかったが。
「本当だよ。鉄乃先生にちょっかい出した男子や告白した男子、みんな鬱になるほど罵倒されたって。男性教師でも鉄乃先生を誘ったら、『生徒を導く教師の間で、そんな話をしないで下さい!』って厳しく断られたそうだよ。ある女子がその現場を見ていたんだって」
確かに学校内の鉄乃先生は、とても近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
香澄が念を押すように言った。
「だから鉄乃先生が気になったとしても、そういう態度は絶対に出さない方がいいよ。噂じゃ『不登校になる寸前の精神的ダメージ』を与えられるそうだから」
そこまで話した時、注文したパンケーキとレモンティをウェイトレスが持って来た。
俺達は会話を別の話題に切り替えた。