第11話 そんな部活ってあるの?(後編)
「ようこそ、保育部へ!」
香澄に連れられて来た部室で、中にいた二人の女生徒がそう言った。
「ホイク部?」
俺は思わず聞き返した。
言葉の意味が頭の中で繋がらなかったのだ。
「そう、保育部。アタシ達はボランティア活動として、ベビーシッターや幼児保育、それから小学校の学童保育のお手伝いなんかをしているの」
香澄がドアを閉めながら、そう説明した。
「ベビーシッターとか幼児保育って、資格が必要なんじゃないか?保育士とか幼稚園の先生の」
俺はまず頭に浮かんだ疑問を口にした。
「そりゃそれでお金を取ればね。でも私たちの場合はボランティアだから。昔で言う『子守』って所ね」
「それにしても、ベビーシッターとか頼まれたら、時間の制約も大きいだろ」
「だからあくまで子守は『午後六時までで二時間程度』としているの。それにそもそもそんな本格的なベビーシッターは受けられないから」
「それにしても……」
香澄は俺の言葉を遮った。
「むしろアタシ達がやるのは、保育園や幼稚園、学童保育でちょっと子供達相手に遊んであげたり、イベントを手伝ってあげるくらいだよ。だからそんなに固く考えないで!」
しかし俺は数秒の沈黙の後、こう答えた。
「やっぱり俺には無理だよ。子供の相手なんかした事ないし、そもそもそんな時間も取れない」
そう言って俺がドアに向かおうとした時だ。
香澄が素早く俺の腕を取る。
「ちょっと待って。アタシ達、いま部の存続の危機なの!去年までいた子が四月から海外に行っちゃってさ」
すると他の二人の女子も、口々に引き止めにかかった。
「メンバーが四人いないと、部活動として認められないんです!」
「そうするとこの部室も使えなくなっちゃう!お願いです、入って下さい!」
香澄が悔しそうな顔をする。
「保育部はさ、子供達に人形劇を見せたり、自作の絵本をあげたりするんだ。クリスマスとかのイベントではサンタの役もやるしね。だから機材を備品を保管しておくために、どうしても部室は必要なの」
二人の内、ショートカットの女の子が必死な表情で後を続けた。
「でも他の運動部も『用具の置き場が欲しい』って言っているし、実績のある科学部やコンピュータ部なんかも、この部室を狙っているんだよ!」
もう一人の女子、こっちは両方の肩から下を三つ編みにしている。
この子は既に泣きそうな顔だ。
「今月中に部員を四人揃えないと、部ではなく同好会になって部室を明け渡さないとならないんです」
香澄が口を開く。
「保育部はけっこう評判はいいんだ。だから学校側も五月一杯まで待ってくれたけど……でも他の部の事もあるから、これ以上は待てないって」
それでも俺は決断できなかった。
そもそも俺が『子供の面倒を見る』って姿が、想像できなかったのだ。
だが三人の女子が俺に縋りついた。
「お願い、助けると思って!」
「私たち、この活動に本気なんです!頼ってくれる人も大勢いて!」
最後に香澄がこう言った。
「もし司がどうしても保育部の活動や嫌だって言うんなら、実際に活動はしなくていいから!名前だけでも貸して!保育部に部員として登録させてよ!」
……ここまで言われては断れないよな……
「解ったよ、入るよ」
俺はため息混じりでそう言った。
「「「ヤッター!」」」
女子三人は歓声を上げる。
「だけど言っておくけど、俺はきっと満足に活動はできないと思う。子供の扱いなんて解らないからな。そんな時間もない。だから戦力としてはアテにしないでくれ」
「平気、平気!それでオッケー!」
「ともかく部員が四人いる事が大事なんです」
だが香澄だけは思惑があるようだ。
「大丈夫だって。あ、でも力仕事がある時くらいはお願いできるでしょ?それくらいはいいよね?」
俺はチラッと香澄を睨んだ。
コイツ、何とか俺を使おうとしているな。
だがそのくらいは仕方が無いだろう。
「ああ」
するとショートカットの子が俺の前に来た。
「私は飯島恵。二年A組。よろしくね!」
その横で肩から下を三つ編みにして、両肩から垂らしている女の子が自己紹介をした。
「私は富樫由紀奈。同じく二年生でF組です。よろしくお願いします」
香澄も前に出る。
「あたしは自己紹介の必要はないよね。で、一応、部長はあたしだから」
飯島恵が香澄を見た。
「あともうすぐ先生も来るよ」
香澄が驚いたような顔をする。
「え、先生が来るの?今すぐ?ここに?」
「ウン、せっかくの四人目の部員、しかも貴重な男子生徒を逃さないようにと思って」
飯島が得意そうに言う。
「あちゃぁ~、大丈夫かなぁ。あの先生、男子に厳しいからね」
香澄が頭を抱える。
「なんだ、どういう意味だ?」
俺が聞くと、香澄は慌てて前言を取り消すように両手を振った。
「いや、大丈夫、大丈夫だから。本当は優しい先生だと思うから。だから、その『やっぱり辞めた』とか言わないでね」
「おまえ、何を言って……」
背後でガチャッとドアが開く音がした。
俺が振り返ると、そこにいたのは『鉄の魔女』モードの鉄乃真緒先生だった。
「鉄乃先生?」
思わず俺がそう呟くと
「稲村司……なのか?」
先生も驚いた様子だ。
土曜の合コンで先生とは顔を合わし辛いと思って、授業中もずっと下を向いていたのに。
こんな所で顔を合わせるなんて……
香澄が先生の方に、右手のひらを差し出した。
「この部の顧問をしてくれている鉄乃先生。あたし達の数学担当だから知ってるでしょ」
「あ、ああ」
俺は先生の目を避けるように、下を向いていた。
……合コン、先生が『いいな』と思った相手、先生の部屋での事、『真島』という名前……
俺の中で色んな感情が渦巻いた。
だが俺のその態度を、香澄は別の意味に解釈したらしい。
「あの、司さ。鉄乃先生は普段は厳しいけど、本当はけっこう優しいし、色々と頼れる先生だよ。だからあんまり心配しないで!」
まるで取り繕うようにそう言った。
それに対し俺は
「ああ、解ってるよ」
と小さく返しただけだった。
そんな俺と香澄を、鉄乃先生は何も言わずに見ていた。
こうして俺は『保育部』という一風変わったクラブ活動に参加する事になった。
部員は全部で四人。
俺以外は女子三人だ。
香澄以外の二人、飯島恵も富樫由紀奈も、けっこう可愛い方だと思う。
ある意味、ハーレム状態ではあるのだが……
だが俺にとって一番気になるのは、やはり鉄乃真緒先生だ。
鉄乃先生は俺が保育部に入る事になっても、特に何も言う事はなかった。
と言って、声を掛けてくれる事が増えた訳でもない。
ただ単に俺を『備品か何か』のように冷たく見ている。
もっとも保育部の活動自体は楽だ。
かなり前から保育園や幼稚園、または学童保育などに訪問する計画を立てている。
そして七夕やハロウィン、クリスマスなどには、催し物を企画するらしい。
香澄が言っていた通り、絵本を作ってあげたり、人形劇をやったりもしていた。
ただ直近には大きな予定は無いと言う事だ。
週に一度は部室に集まって、「これから先の予定をどうするか」「どういう事をやれば子供達が喜んでくれるか」等を話し合っている。
鉄乃先生はそれに顔を出す事はあまり無いようだ。
こうしてしばらく、俺の学校生活は可もなく不可もなく平穏に過ぎていった。