No.6
No6
真っ暗な道を少女に連れられて走る。
街灯ひとつない。
あるのは月明かりだけだ。
「めっちゃ臭いんだけどなにこれ?」
男は顔をしかめながら聞いた。
少女は息切れしながら質問に答える。
「ここはっ はぁっ 最下層と言われるっ場所でっ はぁっ」
全然わからない。
ただでさえわからないのに余計わからなくなる。
「歩かないか?」
少女は少し迷っていたが歩き始めた。
「まずここはどこなんだ?」
記憶喪失でもないのにこんな質問をするとは思わなかった。
幸いなことに名前は覚えている。
「ここはアルドール王国の最下層と言われる場所です。元々は風の国があったのですが...」
今まで生きてきた中で聞いたことのない国の名前だった。
あまり勉強熱心とは言えなかった男でも風の国なんてなかったと自信をもって言える。
辺りを見渡すと瓦礫の山だ。
アルドール王国というのは貧乏なのだろうか?
考えていると少女が続ける。
「3年前、アルドール王国と風の国で戦争が起こりました。結果は風の国の大敗。アルドール王国は風の国を占領し、風の国は全てを失いました。元風の国の領土が現在最下層と言われるこの場所です。」
ここが国だった?
男は驚愕する。
とてもそうは見えない。周囲からは腐臭がするし、明かりもなにもない。
傍に流れている川にはゴミが沢山浮かんでいる。
「こんなところが国だったのか?」
思わず口に出てしまった。それほどまでに、最下層とはヒドイ場所であった。
「戦争が起こる前はとてもきれいな国だったのですよ?そよ風が草花を揺らし、ここに暮らしていた民も活気がありました。」
民?
男は疑問に思った。
「ずいぶん上から目線じゃね?民って言い方さ。」
すると少女は姿勢をただし、気品のある所作で自己紹介をする。
「申し遅れました。元風の国の王女。名をティア・クラウドと申します。」
男はまじまじと王女と名乗った少女を見る。
端正な顔立ちに、振る舞いにも品がある、ように見える。
正直、品があるかなんてわからない。男は礼儀作法に詳しくない。
じろじろと見ていると今度はティアからの質問があった。
「あなたの名前も教えていただきたいのですが..」
男はじろじろと見るのをやめる。
「シンだ。」
ちゃんと名字もあるのだが、クラウドなんて言われるとバリバリの日本人の名字はなんだか恥ずかしくて言えなかった。
お互いの自己紹介が済んだところでどうやらティアの目的地に着いたようだ。
「早速で申し訳ないのですが、ユゼを助けてくれないでしょうか?!」
先程話していた、ティアが救いたい人がユゼというのだろう。
しかしどれだけお願いされても叶えることはできない。
シンは医者ではない。
「助けてって言われても...病気か怪我か?医者に行けよ。」
シンの常識で言うと、病気か怪我は医者に診てもらう。
まさか自分が医者に見えたなんてことはないだろう。
だが、ティアはシンに助けを求める。
「この本をくれた女性から代償を払えば願いを叶えてくれる人を呼べると聞いているんです!」
ランプの魔神かよ。
心のなかでシンは呟くがティアは信じて疑わない。
「とにかく部屋に入って診てください!!」
強引に入れられた部屋は、かろうじて崩れていないこじんまりとした家だった。
レンガかなにかで作られているように見える。
一本の蝋燭が明かりの全てだった。
床に少年が横たわっている。
蝋燭に照らされた肌は、血の気がなく、腕には黒い斑点が出ている。
「ユゼ!もう大丈夫よ!ユゼ!?」
ティアが焦っている。
「どうした?」
シンが聞くと青ざめた表情でティアが言う。
「息をしていない...」
シンの腕がティアに引っ張られる。
「お願いします!診てください!ユゼを助けてくださいッ!」
ティアの様子に圧倒され、シンはとりあえず医者のしそうなことをしてみる。
見てくれっていわれてもなぁ。息はしてないみたいだし。脈でも見るか?
腕には、親指の爪ほどの大きさの黒い斑点が無数にあったので首で見ることにする。
首に右手の指を当てた瞬間、鋭い痛みが右手から体に入ってくる感覚がした。
「いってぇ!!!」
思わず手を離す。
右手を見てみると指が黒くなっていた。
うそ!?うつった!?
シンは不安で頭がいっぱいになっているとティアがユゼを見て驚きの声をあげる。
「ユゼ!?シンさん!!ユゼが息を吹き返しました!本当だった!本当によかったッ!」
嘘だろ?!
自身の右手を見ていたシンはユゼの方を見る。
確かに息をしていた。
蝋燭に照らされた肌はシミひとつない綺麗なものになっていた。




