No.1
No1
蒸し暑い夜の中で一人、フラフラと少女は歩く。
腐臭と蝿の羽音に顔をしかめながら、華奢な腕で汗をぬぐう。
「ここであっているのかしら」
噂話で聞いた目的地にたどり着いた少女は建物を見上げた。
端正な顔立ちが月明かりに照らされる。
だが服装は端正とは言い難い。
「最下層」と言われるこの地で上品な服など手にはいらない。
裸にならない分まだマシだ。
少女は緊張した顔で扉をノックした。
ノックしたドアから
「はーぃ」
と気だるげな返事が聞こえてきた。
家主の了承を得たところで部屋に入る。
暗い。
月明かりがある外の方が明るいほどだ。
声の主が蝋燭に火をつける。
「マリアンヌさんでしょうか?」
少女は恐る恐る聞いた。
王都から一人で最下層の端に移り住んでいる変わった魔術師がいるという噂話を聞きここまでやって来たが、その話には続きがあり、近くを通ると叫び声や呻き声が聞こえてくるのだという。
小さな炎で見えた顔はそんな風には見えない。
ノックの返事も女性らしい細い声だった。
「そうだけど、なにしに来たの?」
ここにきた理由。それはひとつしかない。
助けたい人がいる。
最下層に住んでいる人間は、医者に診てもらえない。
彼は何かの病気にかかっているが自分達ではどうしようもない。
噂話に頼ろうとするくらいだ。
可能性があるならなんでもしたい。
それほどに少女にとって彼は大切な存在だった。
「薬をもらえないでしょうか?お金なら何年かかってもかならず…返しますから!」
もしもここで断られたら彼はきっと死ぬ。
もしものことを考えると血の気が引いていく。
「あなた勘違いをしているわ。ここは薬屋さんでもお医者さんでもない。ただの魔術師の家よ。」
最後の望みの綱が切れた。少女は泣き崩れた。
「薬はないけれど。命を救えるかもしれない方法ならあるわ。」
魔術師の女性の声が耳にはいる。
「なんでもします!教えてください!」
少女は泣きながら女性の方を見て言った。
最初に見た印象とは全く別の気味の悪い笑みを浮かべた女が少女を見つめていた。