渡せないプレゼント
「……なんてね」
髪の毛を指に巻き付けながら、少女が言った。
「サンタさんにしか頼めないって言ったけど、本当は分かってるんだ。貴方にもそんな事出来るわけないって。それもそうだよね。だって」
この子の言う通りだった。サンタとはいえ、愛情と言った言葉のように、実際に触ったり掴んだり出来ない物をプレゼントするのは不可能だ。
だって。
「サンタクロースとて、魔法使いじゃないものね」
ああ、その通りだ。まさにその通りだった。サンタは魔法使いじゃない。そんな事、俺が一番分かってる。
だけど。だからって、この少女を放っておくのは可哀想だった。
今まで、散々辛い思いをしてきたのだから、作り笑いなんかじゃなくて、心から笑える幸福を教えてあげたかった。
気づけば、勝手に口が動いていた。
「確かに、サンタにも出来ない事の一つや二つはある。実際、親からの愛情と言うのは、親以外から受け取ることは出来ないよ。でもね」
「でも?」
少しでも、この子が幸せになる為の手伝いがしたい。と思った。ガラにもないことは分かっていたが、どうしても、このまま放っておくのは嫌だった。
俺は、本当はやりたくないサンタの仕事を無理やり押し付けられた人間だが、彼女はどうだ。
やりたい、やりたくない以前に、何もさせてもらえてないじゃないか。
「でも、このまま幸せになる事を諦めるのは違うと思う。俺は君の親じゃない。だから、親からの愛情を与える事は出来ないけど、君の味方になる事ぐらいは出来る」
「味方……?」
味方、という言葉を聞いて、少女は不思議そうな表情を浮かべた。ずっと一人で耐えてきたこの子にとって、あまり聞き馴染みの無い言葉だったのだろう。
「今まで、君は生きてて良かった!とか楽しい!とか思った事はある?」
「ううん、一度もない。あるわけないよ」
「そうだろ?でも、それじゃ駄目なんだ。君には、一度きりしかない人生を楽しく過ごして欲しい。その為だったら、どんな協力もする」
「でも、私はいらない子だって……」
「そんなわけないよ。そんなの絶対間違ってる。本当の世界は、そんなに理不尽じゃないんだよ」
人間は、誰しもが幸福になる権利を持っていて、誰も、その権利を侵害してはならないのだ。
綺麗事かも知れないけど、間違ったことは言っていないはずだ。
失われた時間を取り戻す事は出来なくても、これからの未来を変える事は出来る。
「だから、君には一度、自分の好きな事をやってみてほしい。今、君が一番やりたい事って何?」
「一番やりたいことかぁ……」
少女は、しばらく考えてから、やがて思い出したかのように言った。
「うん、やっぱりこれが一番かな」
「これ?」
「サンタさんだよ。私、サンタクロースがやりたい」
「はっ?」
赤い帽子を指差して、その子は楽しそうに言った。
一方の俺はと言うと、思いがけない答えに呆然としていた。
「え……サンタ?」
「うん、サンタ」
「本気で言ってる?」
「言ってる」
「結構面倒だよ?これ」
「そうなの?」
俺は、いかにサンタの仕事が面倒なことであるか、この少女に説明した。
一日で大量のプレゼントを配らなけばいけない事。それがいかに大変なことか、実体験を沢山語った。
その話を、少女は目を輝かせながら聞いていた。「すごい!」「なにそれ?」と、相槌もほどほどに、話に飽きるそぶりを見せなかった。
普通、面倒な仕事だと言われれば、やりたくないと思うだろう。それなのに、この子は興味を失うどころか、より一層、サンタクロースに強い憧れを抱いていった。
「こんな仕事だけど……」
「すごく楽しそう!やってみたい!」
「変わってるな君……」
「そう?だってやりたいんだもん。夢を与える仕事って素敵だと思うよ。それに」
「それに?」
「初めて私の味方になってくれた人と、同じ事がやってみたいなって思ったんだ」
偽りのない笑顔を浮かべて、少女は言った。それを見ると、不思議と悪い気はしなかった。同時に、この子の願いを拒否する理由が無くなった。
「分かったよ。後悔しても責任は取れないからね」
「大丈夫だよ、後悔しないから」
「すごい自信……」
「だって、二人でやる事になるんでしょ?味方が一緒なら心強いよ」
「あ、俺は今年で最後って事になってるんだけど……」
「え、そうなの!?」
しまった、と思った。サンタの仕事は八年で終了だという事を完全に伝え忘れていたのだ。
申し訳なさから、出来るだけ穏やかな口調で、俺はもう八年目であることを説明した。
「っていう訳で……今年で終わりなんだ」
「いやいや、そこは一緒にやろうよ……延長とか出来ないの?」
「そんなことできる訳……あっ」
ここで、ミルとの会話を思い出した。
「もし、もう少し続けたいって思ったら言ってくださいね!すぐに延長しますから!」
「すんな!二度とやりたくねえ!」
延長というシステムは存在する。という事を思い出してしまった。
一瞬、表情が固まった俺の顔を、少女は見逃さなかった。
「……どうやら出来るみたいだね」
「何で分かった!?」
「バレバレだよ……分かりやすいなぁ」
「そんなにかよ!」
思えば、俺は昔から隠し事をするのが下手だった。誤魔化そうとしても、いつも、すぐ顔に出てバレてしまう。
まさに、今もそうだ。
それに、あともう一つ。
「まぁでも良かった!これで一緒にサンタ出来るね!」
「うぉい!俺はやるなんて言ってないよ!?」
「お願い!一緒にやろ!サンタはしたいけど、一人でやるのはなんか寂しい!」
「うへえ」
俺は、頼み事を断る行為が非常に苦手なのだ。
ジェイやミルに対しては強気でいれるのだが、どうも人からの押しに弱い。
「お願い!」「頼む!」なも言われると、どうしても断りきれなくなってしまうのだ。
でも、それもいいか。と思った。
この子は今、生まれて初めて自分のやりたい事をやろうとしている。初めて、幸福を感じられるかもしれない。
その協力をすると言いだしたのは俺の方だ。
言ったからには、ちゃんと実行してやらないとな。
「分かった。じゃあ……一緒にやるか?」
「やった!ありがとう!」
「わっ!あぶねっ!」
勢いよく飛びついてきた少女を受け止め、後ろにひっくり返りそうになったところを、俺はギリギリで堪えた。
大豪邸の外では、トナカイ達が、なかなか戻ってこないサンタを待ち続けていた。
「……おそいなあ」
「泥棒に間違われて捕まったんですかね?」
「あー……シンジならあり得るな」
「ちょっと抜けてるとこありますからねぇ……あの人」
「誰が泥棒だコラ」
「あ、遅かったなシン……」
少女を連れて家から出てきた俺の姿を見ると、二匹は、ほぼ同時に驚きの声を上げた。
「うええー!どうしたシンジ!?」
「あ~ちょっと遅くなった」
「じゃなくて!誰ですかその子!まさか誘拐!?シンジさん本物の泥棒になっちゃいますよ!」
「だから泥棒じゃねえわ!」
ミルの目線の先には、俺のすぐ隣に立つあの少女がいた。さて、どこから説明しようか。ええい、一から話すのは面倒だ。簡潔に、大切なところだけ話そう。
「俺が選んだ、次のサンタクロースだよ。まぁ、これから仲良くしてあげてくれ」
「え!?この子が?」
「サンタやるんですか!?」
「そういう事。文句言うなよ」
色々言われる前に畳みかけよう。先手必勝電光石火だ。
そう思った俺は、早口で捲し立てていく。
「と言っても一人でやらせる訳じゃない。俺も一緒にやることにした。だから、俺の契約を延長してくれ」
「え、ええ!?」
「そう言う訳で、来年のクリスマスから二人でプレゼントを配る。まぁそう言う事で頼む」
「急展開過ぎません!?延長するんですか!?あんなにやりたくないって言ってたのに!」
「色々あったんだよ色々。そんで、やりたくなった」
「なにそれ!?もう意味分かんないんだけど!君も本当にシンジと一緒でいいの?」
「うん!一緒がいい!よろしくお願いします!」
「わあ、シンジさんより生き生きしてる!」
「うっさいわ!ハンバーグにしてやろうか!」
いつもの様に、ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺たちを見て、少女は楽しそうに笑った。
その後、彼女は元の大豪邸を出て、俺の家で暮らす事になった。泥棒でも誘拐でも無い。本人の意思からなった結果である。
お金はそこまで無いが、出来るだけ好きなことをさせてあげよう。と思った。
結局、俺がサンタクロースとして迎える最後のクリスマスイヴは、もう少し、先の話になりそうだ。
全く、人生って何があるか分かったもんじゃないな。