お金持ち姉弟
「うわ、でかい家だな……!」
「まさに大豪邸ですね」
最後にプレゼントを配りに行った家は、まるで漫画やアニメの世界に出てきてもおかしくないくらい立派な建物で、とても個人の住宅とは思えなかった。
「どんだけ金持ちなんだよ……さぞ裕福な暮らしを送ってるんだろうなぁ」
「シンジとは大違いだな……」
「やかましい!」
「まぁまぁ、ここで最後なんですし、パパッと終わらせちゃって下さいよ」
「はいはい。分かってるって」
そう言うと、俺は他の家と同じように窓の鍵を外す作業を手際よく済ませ、大きな家の中へと入っていった。
いくら大きい家の窓であろうと、所詮は窓。鍵を開けるのに十秒もかからない。
長い廊下をしばらく歩いているうちに、一つの大きな扉を見つけた。扉を開けると、全体的に黒と金色のデザインをした、ゴージャスな雰囲気の部屋にたどり着いた。
部屋の天井には、高級そうなシャンデリアがぶら下がっていて、暗闇の中でもキラキラ光り輝くような存在感を放っていた。
そんな贅沢な部屋のベッドに、小学生くらいの男の子がスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていた。
それを見て、俺は心底驚いた。こんな海外セレブのような部屋が子供部屋として使われているなんて。正直、俺の家全体なんかよりも、この一室の方が遥かに価値がある。
「はあ、金持ちはいいな。苦労がなさそうで」
俺はため息混じりに、この男の子のプレゼント、ラジコンカーを枕元に置いた。
最も、これ程のお金持ちならば、わざわざサンタに頼む必要も無く、こんな安物は無限に買えるはずだ。
使える駒は、全て使うといったところだろうか。
「やれやれ……帰ろ帰ろ」
なんだか、やるせない気持ちになった俺は、子供部屋の扉を閉め、元来た道を戻ろうと歩き出した。その時、
「ま、待って!」
「うわあああ!」
後ろから、俺を呼び止める声がした。その声に驚いた俺は、つい大声をあげてしまい、慌てて口を塞いだ。
一瞬、さっきの男の子が起きてしまったかと思ったが、どうやらその心配は無さそうだった。俺は胸を撫で下ろした。
「ごめんね、驚かせちゃったかな」
そう言って申し訳なさそうな表情を浮かべたのは、中学生くらいの女の子だった。おそらく、男の子の姉といったところだろう。
「めちゃくちゃびっくりした……寿命縮んだ……」
「本当にごめんね。でも、どうしても聞いてもらいたい事があって」
「聞いてもらいたいこと?」
「そう、多分サンタさんにしか出来ない事だから……」
ははあ、分かったぞ。プレゼントが欲しいんだな。と思った。サンタクロースにする願い事と言ったらプレゼントだろう。
だが、プレゼントの対象は十二歳未満の子供。見たところ、この少女は僅かに十二歳を超えているように感じた。
「悪いけど、プレゼントは……」
「それは分かってるの!でも……!」
俺の言葉を遮って、少女は言った。
「このままだと私、生きていけなくなっちゃうかも知れない!お願い、話を聞いて!」
どうやら、この少女には何か、深刻な事情がありそうだった。切羽詰まった表情を浮かべる姿を見て、俺はそう思った。
ここで、このまま帰ってしまうのは良心が痛む。どうせ最後の仕事だ。話くらいは聞いてあげてもいいだろう。
「分かった。何があったの?」
「ありがとう。廊下で話すのも変だし、こっちに私の部屋があるから、そこで話すね」
こっち、といって連れて行かれた部屋の前に立った時、俺は呆然とした。
「え、ここが君の部屋?」
「うん、そうだよ」
目の前にある扉は、木製で縦長というシンプルな作りだった。
高級感溢れる廊下や、先ほどの少年の部屋と比べると、あまりに質素でアンバランスだった。
「さ、入って」
そう言って、少女は扉を開けた。その部屋の中は、驚くほど殺風景だった。
壁も床も、白以外の色はどこにも見当たらず、物と呼べるような物は何一つ存在しなかった。
「何にもない部屋だなって思った?」
扉を静かに閉めて、少女が言う。後ろを向いていたので、表情は読めなかった。
「それも仕方ないんだけどね。なにも買ってもらえないんだ。私」
「買ってもらえない?」
「うん、そうだよ。なんでか分かる?」
「さぁ……?」
ただ、お金がないから。と言った理由ではないだろう。実際に、男の子の部屋はとても豪華だったし、そもそも財力に余裕がなければ、こんな家は建てられない。
よって、この家は見た目通り、お金に満ち溢れていると言える。
それなら、どうして少女の部屋だけ、不気味なくらいがらんとしているのか。答えは簡単だった。
「私ね、仲間外れにされてるんだ。お父さんからは、お前なんていらない。この家の子じゃないって毎日のように言われるの」
「えっ……」
「それだけで済むならまだ良い方。殴られたり蹴られたりされる事もあるんだよ」
廊下では暗くて分からなかったが、よく見ると確かに、少女の顔や腕には細かい傷やアザが所々に出来ていた。
この子は、親から酷い虐待を受けていたのだった。仲間外れ、だなんて生温い言葉じゃ収まるものではなかった。
少女は、ぺたんと床に座り込んで言った。
「一回ね、なんで私にだけ酷いことするのって聞いたことあるんだ」
「……なんて言われたの?」
「女だからだよってさ」
「なんだよそれ……」
「大人の事情なんてよく分からないけど、お父さんは、どうしても男の子が欲しかったんだって。この家の後継ぎにするためにね」
そう言って、少女は自虐気味に笑った。
「だから、女の私は必要ないって言うんだ。ほんと理不尽な話だよね」
俺は、この子になんて声をかけてあげれば良いのか、正解が分からなかった。なにも言い出す事が出来ない俺を置いて、少女は続けた。
「そのぶん、弟の事はとても大切に扱うんだよ。弟が欲しいものは何でも買ってあげて、毎日ご馳走を与えて……まさに不自由ない生活を過ごさせてる」
「……」
「弟のようにとは言わないけどさ。同じ家族なんだから、もう少し……優しくしてくれてもいいのになって」
少女の目には涙が溜まっていき、次第に声も震えていった。
「今までずっと我慢してきたけど……もう無理なの。作り笑いをするのも疲れたの!こんな生活もう嫌なの!」
そして、我慢の糸が切れたかの様に、少女は声を上げて泣き出した。きっとこの子は幸福を知らない。
常に悲しさと理不尽さに塗れて生きてきたのだろう。
そう思うと、可哀想で仕方がなかった。
「一回、本で家族の愛情って言葉を見た事があってね。それってどんなものなんだろうって思うんだ」
「愛情……」
「そう、愛情。だからお願い。毎日じゃなくてもいいから、一日だけでも構わないから。私に、家族からの愛情をプレゼントしてくれないかな」