もしも経営者がダンジョンマスターだったら③
「カエデ殿、今日こそは色好い返事を聞かせて欲しい
どうか、私の妻になってはくれぬか?」
「嫌よ」
間髪を入れず長女が即断した
「なぜだ!?カエデ殿に言われた通り、あれから研鑽を積み『大賢者』の称号を手に入れたのだぞ?
そなたとの約束は果たしたはずだ」
黄金色の長い髪は腰まで真っ直ぐに伸び、陶磁器のような白く滑らかな肌、整った鼻筋に長い睫毛など際立った容姿を上げれば枚挙にいとまがなく、100人いたらその全員が美貌に心を奪われることは間違いないだろう
そんな青年、ランスロットが長女の前で跪いている
これまで何度も見た光景だ
彼はここへ来て求婚する度に私に同席を願う
父親としての許可が欲しいそうだが、私はその辺りを全て子供たちに任せているので実のところ同席していてもあまり意味はない
おそらく妻がいても同じことを言うであろう
一度だけ、種族の壁は良いのか?と尋ねたこともあったが「全く関係ない」と一蹴された
「だって、貴方私より弱いんだもの
それに私は『大魔導師くらいにならなければお話にならない』って言ったのよ」
身もふたもないことを彼女は言う
だが、魔物の世界ではそれが一つの常識でもある
長男は幼馴染みで傍目にも仲睦まじく映っていたクロエを何百回もの挑戦を経てようやく妻にする事が出来たし、ムラマサは多くの妻と子を持つ大所帯を構えている
剣神に登りつめた戦闘力だけでなく大変な美男子でもあるムラマサに憧れる者は多く、彼が誰からの挑戦も受けて立つ性分であるためどんどん妻が増えていき、挑戦権はいまやプラチナチケットと化している
逆にコンゴウは、相手を傷つける事を嫌い無闇な戦闘を避けるため未だ独り身を貫いている
私達の種族の強みの一つは繁殖力なので、それはそれで問題なのだが、、、
「確かにかつてはそなたに手も足も出なかったかもしれん
しかし、私はついに魔術の深淵に辿り着いたのだ
もう以前のようにはいかぬ」
「へえ、面白いじゃない
いいわ、私に勝ったら貴方の奥さんになってあげても良いわよ」
「誠か?ならば是非お手合わせ願いたい、父上に証人になって頂く」
「まだ、あなたの義父になると決まってないけど?」
カエデはなかなかに辛辣だが、何だかんだで相手になってやる所をみると意外に満更では無いのかもしれない
天邪鬼な彼女は絶対に認めないだろうが
50mほどの間隔を空けて二人が相対する
一人は爽やかなスカイブルーのローブに身を包んだ美青年
もう一人は対照的にミニスカート付きの黒いビキニのような露出度の高い衣装に、黒いニーソ、オペラグローブをつけただけの絶世の美女
ー超級爆炎魔術ー
先手を取ったのはランスロット
突き出した両手から戦闘機のアフターファイヤーを思わせる爆炎がカエデに向かって放出された
「成長が 無いわね」
カエデも同等の爆炎を出しあっさりとその爆炎を打ち消した
「終わりかしら?」
「これは小手調べ、ここからが本番
我が到達した魔術の境地をお見せしよう!『第三の眼』開眼」
ランスロットの身体から魔力のオーラが溢れ出し凝縮され、やがてその全てが額に集まって禍々しい魔眼が発現した
「この眼によってもはや我が魔力は人智を超越した
カエデ殿、いやカエデ!我が究極の魔術をとくと見よ!」
それにしても、、、
「ランスロットさん、、、、」
「何か?」
「伺いたいのですが、、、」
「今手が離せませんので」
「第三の眼はたいへん素晴らしいのですが、なぜカエデから目を逸らしているのですか?」
「、、、目のやり場に困るので、、、」
どうやらいくつ眼が増えてもそちらの耐性は克服できないらしい、、、
「ま、参る!」
ー極級爆炎魔術ー
先ほどとは比べものにならない威力、まるでロケットの噴射を思わせる極級の爆炎がカエデを襲う
「ふうん」
感心したような吐息を漏らし、カエデが迫り来る爆炎に片手を向けてまたもや全く同等のものを放出しそれをかき消した
「ま、まさか、、、テラフレアをかき消されるとは、、、」
「まあまあ頑張ったようだけどまだまだね
でも、せめてこれくらいの威力は出してくれないと話にならないわ」
カエデは上空へ向かって先ほどとは数倍はある爆炎を撃ち出した
それはもはや『神の怒り』太陽フレアを連想させる凶悪さだ
「ま、まさか、これは全知全能を極めしものだけが発現せしめると言われる神話級の魔術『絶級爆炎魔術』!?」
「はあ?あんたバカぁ?」
「で、ではこれは!?」
「これはただの『爆炎魔術』よ」
ただただ立ち尽くすランスロットは、流石に気の毒に思えた
カエデ達のいた場所を後にして執務室へ戻ろうとした時、気配を感じて立ち止まると黒い装束に身を包んだ男が闇の中から現れた
「ハンゾウさんですか、お久しぶりです」
「我が隠遁を見破るとは、さすがでございます」
ハンゾウは逆立った短い黒髪に、鋭い隻眼、そして鼻から下をフェイスマスクで覆っている
一説ではその顔すらも彼の本当の顔ではないと言われておりその素顔を知る者は少ない
彼は、東の島国出身だと言われており、特定の国に所属しないフリーランスの隠密でその世界では伝説と言われている暗殺者だ
報酬次第で仕事を請け負い、斥候も工作もそして暗殺も完璧にこなし依頼の失敗はただの一度もないと言われていた
彼にかかれば、どのような国家機密も白日の元に晒され、暴動や反乱を意図的に起こし、その暗殺術から逃れる術はないのだと言う
大袈裟な表現ではなく、彼を味方につければ戦わずして戦に勝てるとまで言われていた
私達に出会うまでは、、、
「潜入報告ですか?」
「いえ、、、」
数年前、ハンゾウはある高貴な者からの依頼で私の命を奪う依頼を請け負った
だが、我が軍の隠密部隊によって彼の行動は暗殺を請け負った時点からつぶさに察知され、その行動は逐一監視され、このダンジョンに潜入する以前に彼は捕縛される事となった
更に、拷問によってありとあらゆる機密情報を私達に全て漏らしてしまったのだ
今は、その事実を知らない者達への二重スパイとして働いてもらっている
最も、こちらの情報が漏れる事はあり得ないため、嘘の情報を流してもらっているのだが
「アズミ殿に」
「アズミさんに?報告ではなく?」
アズミとは、ムラマサ達の一世代後輩にあたる我軍の隠密部隊長だ
もっとも、我々の種族は世代間の差が極めて短いのだが
アズミはハンゾウにとっては直接的な雇主にも当たる
「いえ、、、実は、、そ、その、、、」
「?どうされました?」
ハンゾウの肩がわなわな震えている、まさかアズミにされた拷問が原因で心身に支障をきたしてしまったのか?隠密活動を引退する気なのかもしれない
「それがし、アズミ殿の尋問で、、、」
やはりそうか、、、私は直接見ていないが、ハンゾウほどの実力者をPTSDに陥らせるアズミの拷問とは一体、、、
「心底アズミ殿に惚れてしまいました!!!」
「はい?」
「それがしもこれまで闇に生き非道の限りを尽くして参りましたが、アズミ殿の拷問は次元が違っておりました
絶妙な塩梅の責め、時に聖母のような慈愛、挙句こちらが聞いてほしいと思ってしまうほどの焦らし、まさにあれこそは『神の拷問』!」
「はあ、、、」
どうやら私の心配は杞憂に終わり、アズミは世界屈指の隠密をあちらの世界へ連れて行ってしまったようだ
刹那、私たち二人の間をつむじ風が吹き抜けた
ー喋り過ぎだぞ、ハンゾウー
風に紛れてわずかに聞き取れるほどの声が耳に吹き込んでくる
「こ、この声はアズミ殿!?」
ーそれ以上は再教育が必要になるー
「ぜ、是非に!それがしなどアズミ殿、いや、アズミ様の豚でござる!
ロウソク責めでも、三角木馬でも、亀甲縛りでも、いかようにもなさってくだされい!」
「・・・・・・・・・」
ーよかろう、暫し待てー
「あ、ありがたき幸せ!!!」
、、、、、
その後、わなわなと震えながらその場に三日三晩立ち尽くすハンゾウの姿があったらしい
「さすがはアズミ様、こ、コレが伝説の拷問『放置プレイ』・・・それがし感激の極みにござる」
ハンゾウの呟きは風に掻き消された
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