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今日は何の日短編集─5行で飽きたら捨ててください─5月13日 『笑えない冗談はよしてくれ』

作者: 白兎 扇一

5月13日:メイストームデー(5月の嵐の日)


「バレンタインデー」から88日目、「八十八夜の別れ霜」ということで、別れ話を切り出すのに最適とされる日。

2月14日の「バレンタインデー」、3月14日の「ホワイトデー」、4月14日の「オレンジデー」と、14日あたりは恋人に関連した記念日が続く。これを乗り切れば、6月12日には「恋人の日」が待っている。


”『ブラックジョーク集』別れ話


男「君と別れたくない」

女「ありがとう……あら、どこに行くの?」

男「嘘しかつけない呪いがたった今解けた。別れよう」

女「ちょっと、笑えない冗談はやめてよ!」

男「悪いけど、これは本当なんだ。嘘は終わりだ」


「別れる?笑えない冗談はやめてくだサイよ!社長!」

片言の日本語が女の甲高い声で発され、真ん前にあるテーブルを叩く音が響く。僕は携帯のカメラを向ける。ニカニカ動画の文字が写る。ちゃんとオンエアできているようだ。

四角テーブルに置かれていたワインがバランスを崩し、揺れる。音に周りの着飾った客やウェイトレスは怒り狂う女性に視線を向ける。

「どうした、どうしたんだ、イ・サンジュン」

男は食事が来るまで読んでいた『ブラックジョーク集』から目を上げる。黒い高級そうな燕尾服の袖が不安げに揺れている。イ・サンジュンが着る華奢な針金のような体を包む黒スーツの襟には、金色の盾のようなブローチが付いている。シャロン。人気ゲームアプリ会社の社標。振り乱された茶髪の長い茶髪に隠れてしまった。が、次第に動画のコメントに「あれってシャロンのマークじゃね?」と流れてくる。その次には「こいつどっかで見たこちあるなと思ったけど社長だよ!」と誰かのコメントが流れる。それが消える前に「嘘!?じゃあ怒ってる女性は秘書さん?」と推論が始まった。

「別れてくだサイよ!その左手の薬指の指輪─小指の糸で繋がっている人と!奥さんと!」

レストランがざわつく。生放送の動画に「!?」「マジで?」と白いコメントが流れ始める。

「アタシ、アナタは独り身だと思ってここまで付いてきまシタ!公私共に尽くして……それなのに別れる?馬鹿にしないでくだサイ!アタシだって女デス!」

酷いぞ!ひとでなし!レストラン内に誹謗中傷が飛び交い始めた。「この男の人、ひどくない?」「そんな目にあっていたんだね」「だから日本人の男は……」動画内にも右から左へとレストランの人の心の声を代弁したようなコメントが流れてきた。さっきまで盗撮だの喚いていたのにもう冗談として楽しんでいる。まったく冗談だけにしてほしい。

「今日は5月13日、メイストームデー。別れを切り出すのに丁度いい日。こんなことって……」

女は泣き始める。動画のコメントは怒りの声と白で埋め尽くされた。

泣いていた女は一瞬僕の方を見る。赤い唇の端が上がった。これでいい。僕も携帯を向けて微笑み返した。

これでシャロンの評判はガタ落ちだ。泣きをみるといい。

レストランの喧騒を肌で感じる。突如、すっかり白くなってしまった画面に赤い太い文字があらわれた。

”お前を逮捕する“

「ちょっとよろしいですか?」

爽やかな青年の声に後ろを振り向く。藍色の軍隊みたいな服を着た青年が、鷲を模した金色のアクセサリーがついたキャップの下で細い目をさらに細めて笑う。青年は右手の携帯で僕の動画を見せながら、左手で警察手帳を見せる。

僕は椅子をガタガタ揺らして立ち上がり、携帯を投げ出してレストランの入り口まで逃げる。横目に泣いている例の女性をちらりと見る。一瞬泣き止み、表情は固まっていた。

入り口のドアを開けた。もう既に三人の警官が立ちはだかっていた。

「リ・スジュン!盗撮・盗聴・名誉毀損で逮捕する!それと!」

最初に僕を見つけた警官が女性の方へと歩いていく。

「イ・サンジュン!スジュンの共犯・詐欺罪で逮捕する!」

レストランはさらに大きなざわめきにかられた。警官が僕の手に手錠をかける。

「嘘しかつけない呪いが今しがた解けた……って感じかな」

窓際に座る社長は『ブラックジョーク集』をパラパラとめくって、僕らを一瞥した。嘘しかつけない?まさか、これら全てが嘘だと言うのか……?床に転がっている僕の携帯はさっきよりも真っ白に染め上げられていた。

「笑えない冗談はやめてくれよ」

そう呟いて、転がっている携帯の画面のように僕の頭と視界は真っ白になった。



「いやー、終わったね」

俺は『ブラックジョーク集』であおぎながら、べりっと変装用のマスクを剥がした。素顔に生温い風が当たる。

「まさか変装道具社長の身代わりになるとはねぇ。近頃の探偵稼業は素晴らしいもんだ」

「これでもしないと有名な詐欺師は捕まらないでしょう。あのイなんちゃらかんちゃらっていうの」

「イ・サンジュンとリ・スジュンね。スジュンは元々会社の会計係で金を横領していたのがバレてクビになってその腹いせだったんじゃないかってこっちは考えてる。サンジュンの方はただの雇われ人だ。

それにしてもなかなか独特な手口を選んだよねぇ。本物の社長は童貞を貫いているし、むっかしながらのゲームオタクで恋愛には何の興味もないそうだし、あの子のことを何も知らないそうだ。ああやってあることないことまくしたてておいて、ネットでそれを拡散してネット民に叩かせるっていうね……これから流行るのかねぇ」

「怖い怖い」

「で、君はどうなんだい?そういった女性関係は」

「まっさかー。出来るはずないでしょ、こんな薄給で。笑えない冗談はよしてくださいよ」

俺が笑う。警官も細い目をさらに細めて笑った。

(ま、想い人ならいるけどね)

俺はちらっと警官を見た。警官が振り向く。俺は無理に口を歪めて笑った。


嘘しかつけない呪いはまだ解けそうもない。



謝辞


ご閲覧ありがとうございます。久しぶりに書きました。

さて、タイトルが少し変わっているのに気づきましたでしょうか。今度からこの作品は「5行で飽きたら捨ててくれ」というスタンスを取ります。

それでは、これからもよろしくお願いします。

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