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短編集2

恋ってのは

作者:


 

 「恋ってのは綺麗なもんじゃないよ。」

 

 お姉ちゃんは困ったように私にそう言った。

 

 「恋ってなに?」って聞いたのが始まりだった。ただテレビで見た恋愛ドラマってやつで女の人が泣いてたから。

 

 

 だから恋ってなんだろうって。

 

 「好きって気持ちはわかる?」

 「うん、お姉ちゃん好き」

 「あはは、ありがとう…ひまりは私がほかの人に大好きって言ったらどう思う?」

 「なぁにそれ?」

 「質問よ質問、心理テストみたいなもん」

 

 お姉ちゃんは綺麗で、頭が良くて、色んな人に好かれる。私の自慢のお姉ちゃんで、そのお姉ちゃんが誰かのことを大好き。それはとても嬉しいことだって思う。

 

 「嬉しいかな?」

 「うん、少なくとも私にひまりは恋をしてないってことだね」

 「そりゃ…そうだと思うけど」

 「恋ってのはさ、そのすきがほかに向けられるのが嫌だと思うんだよ」

 

 お姉ちゃんは笑って私の頭を優しく撫でてくる。その手があったかくてほっとして。でもお姉ちゃんの言ってることがわからない。

 

 「好きな人の好きが嫌なの?」

 「自分以外にむくのが怖いの」

 

 わがままだとしてもそうなのよ、とお姉ちゃんは私に教えてくれる。

 お姉ちゃんの話は難しいけど、でも聞いていたいって思うから不思議だ。

 

 「例えば、その好きをほかに向けるのを見たくないって人がいたら考えてみるといいよ」

 「考える?」

 「そ、その人の笑顔が他の人よりも見てたいとか、その人の隣にいたいとか、その人の手を握りたいとか温かい考えと…」

 「と?」

 

 「その笑顔を他に向けて欲しくない、隣に他の人がいて欲しくない、その手を握るのは自分でありたい…っていう醜い考えがないかとか」

 

 お姉ちゃんは照れたように笑って、紙にハートを描いて見せてくる。

 

 「心ってのは誰にでもあるよ、分かりにくかったり分かりやすかったりする違いしかないの、心があれば感情があって、感情があれば表情がある」

 

 ハートの周りににっこり笑顔に悲しそうなばってんの泣き顔、三角の怒り顔に、なんとも言えない顔。

 

 それらを描いてお姉ちゃんは私のことを見た。

 

 「私の中の恋はこの全部の感情を知りたいって思うってことだよ」

 

 独り占めってやつだ、ってお姉ちゃんは優しく笑って───その紙を綺麗に折りたたんでゴミ箱に捨てた。

 

 「ひまりも、好きな人ができたらいいね」

 

 そう笑ったお姉ちゃんの顔がどこか寂しそうに見えたのは私の気の所為だったのかな。

 

 

 

 ────そんな、綺麗なもんじゃないよ。って言葉の意味は直ぐにわかった。

 

 お姉ちゃんがまた教えてくれたんだ。

 

 

 

 いつものように。

 

 

 

 「ひまり、あのね」

 

 ランドセル。私のは真っ赤なランドセル。お姉ちゃんからのお下がりで、それが誇らしかった。

 

 お母さんに止められて…行っちゃだめよと言われた扉の先に入る。お母さんが私を呼ぶ声がした、そこは見なれたお風呂で、そこにはお姉ちゃんがいた。

 

 

 いつものように綺麗なお姉ちゃんがびしょびしょでお風呂の湯船に腕を突っ込んで。

 

 「お姉ちゃん、どうしたの?風邪ひくよ」

 

 思わず言ったけどお姉ちゃんは何も返してくれない。私は真っ赤なランドセルを下ろしてお姉ちゃんに近寄る。靴下が濡れたけど気にはならなかった。

 

 お母さんがお姉ちゃんに近づく私に。だめよと何度も言うけど私は止まらずお姉ちゃんに触れた。

 

 

 ─────お姉ちゃんは冷たくなっててお風呂のお湯は真っ赤に染まってた。

 

 「おね、ちゃん」

 

 「ひまりぃ」

 

 お母さんが泣きそうな声で私を呼んで、お母さんの顔をみたら、お母さんはやっぱり泣いてて。

 

 私のことをお姉ちゃんから引き離して抱きしめてくる。お母さんは温かいのにお姉ちゃんは冷たい。

 

 いつもどおりのお風呂なのに、お姉ちゃんはいつもどおりじゃない。

 

 

 「ひまりっ」

 

 

 それからのこと、あんまり覚えてない。お母さんに抱きしめられたままでいたらスーツ姿のお父さんがいつの間にか帰ってきて私のことを二人して抱きしめてくれて。

 

 

 知らない大人達がいっぱい来て。

 

 お姉ちゃんを連れていった。

 

 お姉ちゃんの髪は濡れてて顔に張り付いてた。それを払う人は誰もいなくて、でもその顔がとっても綺麗で、綺麗なのに悲しくて。

 

 私は大声で泣いたんだと思う。

 

 ───お姉ちゃんのお腹の中には赤ちゃんがいたんだって。

 

 赤ちゃんってことはお母さんにお姉ちゃんはなってたんだ。でもお姉ちゃんはそれが嫌だったのかな。

 

 お母さんは泣いててお父さんも泣いてて。

 お姉ちゃんがお母さんならお姉ちゃんのお腹の中の子のお父さんは誰なのか。

 

 お父さんはそれを探してて。

 

 私はお姉ちゃんの部屋でその日は寝た。

 お姉ちゃんの匂いがして、お姉ちゃんがいればいつもと変わらないお姉ちゃんの部屋のはずだったのに。

 

 

 「お姉ちゃんは、恋してたの?」

 

 誰もいないお姉ちゃんの部屋で聞いてみる。恋してたの?お姉ちゃん。

 

 『独り占めってやつだ』

 『私の中の恋は』

 『ひまりも、好きな人ができたらいいね』

 

 「私、お姉ちゃんが好きだよ…これからもずっとずっと好きだよ」

 

 ぎゅっとお姉ちゃんのベッドに置いてあったくまのぬいぐるみを抱きしめる。

 

 「私も、お姉ちゃんに恋してたのかなぁ」

 

 涙が勝手に溢れてきてお姉ちゃんの匂いのするくまに顔を押し付けて。

 

 

 お姉ちゃんのことを思い出しながら眠った。夢でみたお姉ちゃんは知らない誰かと幸せそうに笑ってて、それを嬉しいと思うからやっぱり私はお姉ちゃんに恋はしていないとおもう。

 

 

 でも、お姉ちゃん、私ね、知りたかったよ。お姉ちゃんが辛かったこと。悲しかったこと。好きな人が出来たこと。

 

 

 知りたかったよ。

 

 

 お姉ちゃん。

 

 

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 妹に姉が、『好き』についてどんな気持ちで語っていたのかと思うと、複雑な気持ちになりました。それを語ったのは、心の整理みたいなものだったのでしょうか。 [気になる点] 敢えて言うなら、重い話…
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