表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ポケット小物語

先輩ファンブル

作者: 渡 遊歩

どこかであったかもしれない一幕。

「センパイ先輩せんぱーい!」

 ここは学校の廊下。歩いていたら、うるさくけたたましい声が後ろから聞こえた。僕はうんざりとした思いを持って振り向く。

すると、その瞬間に体へ衝撃。下を見れば僕の胸に飛び込んでいる小さな体が目に入る。

「後輩よ、学校の廊下は走らないようにと先生に教わらなかったか?」

「ええ、知ってますとも!」

「ならお前は今悪いことをした。学校の廊下を走って僕に突撃をしてきた、それは先生への報告ものでは?」

 そう言って彼女を引きはがそうとするが……待って、力つよい! 全然離れない! この細腕のどこにそんな力が!

「いいえ、それには及びません。私は走ってはいなかったからです」

「おいおい、嘘はいけない。あんな勢いで突っ込んできたんだ、走らないとあの速度は出ないよ」

「ええ、なので走らずに競歩できました」

 思わず吹き出しそうになった。衆人環視の廊下で、独特な動作がともすれば面白く見えてしまう競歩をしてきただと?

「でも、それでは速さがたりませんでした。所詮は歩き、速さには限度があるんですよ」

「ほらみろ、やっぱり走ったんだな?」

「いいえ、飛びました」

「は?」

「先輩めがけて、飛んだんですよ。ジャンプです。ホップステップのジャンプです」

 後輩がしたり顔で僕を見上げてくる。花開く笑顔とはまさにこれ、身長差によって彼女の笑顔は下で花開く。

「おいおい、それは危ないよ。もし、飛距離が足りなかったら、もし僕が横にずれていたらどうなっていたことか。コントばりに顔面スライダーを楽しんでいたかもしれないよ」

 何度か彼女を離れ課そうと試みるも、全然腕が離れない。どれよりか強くなっている気がする。そうすれば密着する互いの体。彼女の体温、柔らかさが布の向こうから浸透してくる。僕は男子だ、健全な男だ。あんまりされると困る。

「それは大丈夫です。絶対にそうはなりません」

「どうして?ずいぶんと自信ありだね」

 そう尋ねると、彼女はさらにニカリと笑って、

「だって私は先輩が好きですから! だから吸い寄せられてくっつくのでまったく問題ないんです!!

 ……これだ。

 彼女のこういうところが困るのだ! 

「あ、先輩。今照れてますね?」

「い、いや照れてないし」

「嘘。顔、真っ赤ですよ?」

 思わずパッと顔を手で覆ってしまう。それをして、しまったと僕は思いなおす。彼女の方を見れば、ニヤニヤ顔を僕に向けていた。

「……お前」

「あは、そう睨まないでください。そろそろ離れてあげますから」

そういうと彼女はようやくかっしりと巻き付いていた腕を緩め、僕から離れた。温かさが離れ、冷たい空気がぬくもりをさらっていく。不思議と寂しさを感じた。

表情に出ていたのか、彼女は僕の顔を覗き込むと、にやりと口角をあげた。このままいれば、また僕のことをからかってくることは分かりきっている。僕は彼女の視線か逃れるように背を向けて歩き出した。彼女の足音お聞こえ出す。

「で、何か用?」

「用が無かったら、来ちゃいけませんか?」

「いや、そうじゃないけど……お前、僕をいつもいじってくるが、面白いのか?」

 この後輩は、彼女は、いつも僕のことをからかう。何が楽しいのか、面白いのか。僕の反応が、他と比べて面白いのだろうか。

「いいえ、他の人の方がきっと面白いでしょうね」

 おい。

「ならどうしてだ。面白くないなら、他の奴にすればいいじゃないか」

「確かにそうですね。面白さを求めるなら、他の人の方がいいでしょうね」

「ならーー」

「でも私が好きでやっていることなんですよ。ならいいじゃないですか」

 後輩は悪びれもせず、ニカリと笑う。僕はその顔を、かわいいと思ってしまった。

 そうだ、もはや認めるしかない。僕は、この後輩のことを好いてしまっている。いつのころからなんて知らない。いつの間にかが一番適格。彼女にいじられ、からかわれ、そのたびにしたり顔の輝く笑顔を見せられていたら――いつの間にか、彼女を好きになっていた。彼女の笑みを見ない日はない。もし、見ない日があったら、寂しさを覚えてしまうかもしれない。それほどに、彼女のことを。

 しかし、素直に認めつというのもなんだか癪だ。いいように彼女にはめられてしまった感があって、なんだか腹が立つ。

「……もしかして先輩、嫌でしたか?」

 彼女が僕の前に回り込んできて、上目遣いで僕を見上げてくる。かわいいと、正直思ってしまったが、ここで目をそらしたりしてしまうと、彼女はまたニヤニヤと僕を見る。

 そうだ、少し反撃をしてやろう。

「……ああ、正直嫌だったよ」

「え?」

「毎回毎回、変にいじられるこっちの身にもなってくれ。何度もやられたら、腹も立ってくるさ」

 そう言って彼女の横を通り過ぎる。今まで僕は彼女が下手に出てくれば、彼女を持ち上げるようにしてきた。彼女が期限を損ねないように。しかし、今回は多少の反撃をさせてもらおう。

 少しいい気分で、胸がすく思い。そろそろ、冗談だとということを伝えてあげよう。たまにはこちらがからかう側に立ってもいいじゃないか。そう思って振り返ろうとした矢先、今度は背中に衝撃が来る。

 振り返れば、後輩が腰に抱き着いていた。

「どうしーー」

「――なさい」

「え?」

「ごめんなさい」

 ……謝られた。そして気づく。彼女は震えていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい。だから、嫌いになってならないで……おねがいします……」

 僕は、あまりの出来事に固まってしまった。彼女は涙声、表情は見えないが、彼女の目から何が伝っているかなど見なくても分かる。

なんで後輩は泣いている? いや、理由は分かる。僕の言葉のせいだ。しかし分からない。そんなに僕の言葉は衝撃的だったのか? 泣くほどに?

ひとまず、ここは人前、公衆の面前。白い目で見られ始めているのに気付いた僕は、抱き着いている彼女を連れて、視線から逃れるようにその場から離れる。

「おいおい、泣かないでくれよ。嫌ってなんかない。本当さ。僕はお前のこと、好きだよ」

 流れで告白をしてしまう始末。いや、告白とは取られまい。弁解の「好き」に聞こえるはずだ。

「……本当に?」

「本当だよ」

「さっきの言葉は?」

「冗談だよ、嘘じゃない。いつもお前は僕をいじってくるから、たまにはと思って」

 腰に抱き着いている彼女の頭をなでる。しばらく、鼻をすすろ音が聞こえていたが、やがて聞こえなくなった。

 ふう、泣き止んでくれたか。そう思って僕は安堵の吐息をつくと、不意に感じる視線。

 下を見れば、彼女が見上げていた。彼女と目が合う。

 そして、いつものようにニヤリと口角を上げた。

「……つまり先輩は、私をいつも意識していたってことですよね?」

 ……しまった。またしても、彼女にいじりネタを渡してしまった。

「ねえ、そうですよね? ね?」

「……もう、分かったよ。それでいいから」

 負けだ。彼女に反撃をしても、結局うまくいかない。彼女を手玉に取るなんて、僕には出来ないみたいだ。

 彼女は一転得蛾を花開かせ、くるりと回って僕の前に来る。

「それに、さっき私のこと好きって言いましたよね。あれってどういう意味の好きですか?

 そこはいじらないでほしい。

「好きは、好きさ」

「ライクとラブがありますよ。日本語では両方好きですが。ねえ先輩、どっちですか」

「ライクに――」

 いや、最後の抵抗をしてやろう。

「……いやら、ラブだと言ったらどうする?」

 なしのつぶて、焼け石に水。どうせ一蹴されるだけだが、ささやかな反撃を食らいやがれ。

 彼女はきょとんとした顔をする。多少は驚いたのか?どうせすぐにいじりの言葉が飛び出すのだろうけど。

 しかし、彼女の口から出たのは違う言葉で。

「……いいですよ」

「え?」

「ラブなら、私は先輩の彼女になりますよ」

 彼女の顔は、これまで見たことのないくらい、からかいのにやつきはひとかけらも無い真剣なものだった。






 ――してやられました。先輩に手玉に取られるなんて。

不覚でした、先輩の言葉に涙を流してしまうなんて。

 先輩のわからずや。これだけやって、どうしてこんなに気づかないでいるでしょうか。好きでもない人に、あんなふうに私が近付くと思っているんですか。毎日飽きもせず、あなたに話しかけたりすると思っているんですか。

 すべてはあなたに、私を意識してもらうため。好いてもらうため。

 我ながら、回りくどいとは思います。でも、私にはこれしかできないんだからしょうがないじゃないですか。

 だけど、私の気持ちとは裏腹に、あなたが私を嫌っていると知ったついさっき、本当に私はショックでした。

結果的に冗談だったと言ってくれましたけど、さっきの謝りは、私の本心だったんですからね? 

不覚、不覚です。先輩の前では、あなたを手玉にとるような、小悪魔な私でいたかったのに。つい、本心が出てしまいました。

 さあ先輩。許しませんよ。私を一瞬でももてあそんだこと、後悔させてあげます。

 ファンブルは反則です。絶対、私のことを好きになってもらいますからね。


きっと2人はファンブルし続ける。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] どうもはじめまして。 良いと思います。 うん。良き。 やっぱりこういうのはストレートが一番なのかな。 [一言] あれだけ抱き着いておいて、回りくどい……? じゃあ回りくどくなかったらど…
2018/12/01 16:37 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ