徳の講座――良き眠りとやらについて
徳の講座――良き眠りとやらについて
大衆はツァラトゥストラに、ある賢者の評判を聞かせた。その賢者は眠りと徳について巧みに説くらしく、名誉と賞賛を欲しいままにし、若者たちは皆彼の講座を聴くという。
ツァラトゥストラはこの賢者の所へ行き、若者に混じってその講座に出席した。
さて、その賢者はこう語った。
眠りを敬い畏れなさい! そして良く眠れない者、夜起きている全ての者から離れなさい!
眠る事は決して小さな業ではない。その為には一日中起きていなければならないのだから。
日に十度も、あなたがたは自らを律さなければならない。それは心地良い疲労を生じさせる。それは魂の阿片なのだ。
日に十度も、あなたがたは自らと和解しなければならない。自らを律するのは苦痛だから。そして和解しなければ良く眠れない。
良く眠る為には、全ての徳を持たねばならない。わたしは偽証するだろうか? 姦淫するだろうか? これら全ては良き眠りの妨げとなるのだ。
神や隣人と友好的であれ。良き眠りにはそれが全てである。
多くの名誉も多くの財産もわたしは欲しない。それは脾臓を刺激する。しかし名声や財産が少しも無いのでは良く眠れない。
そうだ、心の貧しい者もまた、喜ばしい。彼らは眠りを促進する。心の貧しい者は幸いである。彼らが常に正しい場合は特にそうである。
ツァラトゥストラは賢者がこう語ったのを聞いて、心の中で笑った。そして自分の心にこう言った。
「この賢者は馬鹿だろう。しかし、彼が眠りについて良く知っている事は間違いない。
このような眠りは伝染し、分厚い壁をも通り抜ける。彼の講座そのものにも、眠りの魔力が宿っている。
彼の知恵は、良く眠る為に起きていろ、という事なのだ。真に、何という下らない人生だろうか。
今わたしは得心が行った。かつて人々がキリストの教えを求めた時、他の全てにも増して何を求めたのかが。良き眠りをこそ彼らは求め、そして阿片の徳がもたらされたのだ!
眠たき者は幸いである。彼らはすぐにこくりとする」――
ツァラトゥストラはこう言った。