表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

千と一つの行き先――善悪の概念について

   千と一つの行き先――善悪の概念について


 多くの土地と、多くの民族を、ツァラトゥストラは見た。そうして彼は、多くの民族の善と悪の概念を発見したのだ。ツァラトゥストラは、地上に於いて善悪の概念以上に大きな力を見出さなかった。

 まず物事を評価する事なくしては、どんな民族も生きる事はできない。しかし、ある民族が自らを存続させようとするならば、彼らは隣の別の民族が評価するのと同じ様に評価してはならない。さもなくばその民族の独立は失われるだろう。

 ある民族にとって善と呼ばれた価値観の多くが、別の民族にとっては嘲りと恥の対象とされた。ここでは悪と呼ばれた価値観が、そこでは高貴な紫色の栄誉で飾られている例を、わたしは幾つも見出した。


 善の石版がどの民族の頭上にも掲げられている。見よ、それは彼らが乗り越えてきたものが刻まれた石版である。見よ、それは彼らの「力への意志」が発する声である。

 その民族が困難だと考えるものは、栄誉にこそ値する。不可欠であり且つ困難であるものを、民族は善と呼び、神聖視するのだ。

 民族が支配し、勝利し、輝きを放つ事を可能にさせ、隣の民族にとっては恐怖と嫉妬の対象であるような価値観、それこそを民族は高いもの、第一であるもの、全ての尺度、全ての意味、即ち「善」と看做(みな)したのだ。


「常にあなたは第一の者となり、他者から抜き出でなければならない。そしてあなたの嫉妬深い魂は、友以外を愛してはならない」――これがギリシャ人の魂を震わせた。そうして彼らはその偉大な道を歩んだのだ。

「父と母を敬い、そして心の底から彼らの望む事を行うこと」――この征服の石版を、ユダヤ人は頭上に掲げ、そして強く不滅になった。

「忠誠を表し、忠誠の為に名誉と血を賭けよ。例え邪悪や危険を冒してでも」――こうドイツ人は自らに教え律し、そうして偉大な希望を(はら)んで大きくなった。

 (まこと)に、人間は自分自身に、その善と悪の価値観の全てを与えたのだ。真に、彼らはそれをどこかから取ったのではなく、見付けたのでもなく、天からの声として聞いたのでもない。

 まず人間が価値を、自らを存続させる為に設定したのだ。――人間がまず物事に意味を、人間にとっての意味を創りだしたのだ!

 評価する事は創造する事である。聞くが良い、あなたがた創造者たちよ! 価値の設定そのものが、価値ある宝や宝石なのだ。


 初めは民族が創造者であり、個人がそうなったのはずっと後の事に過ぎない。真に、個人というもの自体が最も最近の創造物である。

 かつて民族はその頭上に善の石版を掲げた。支配しようとする愛と従おうとする愛が、共に自分たちの為にそのような石版を創り出したのだ。

 民族、即ち群れに居る喜びは、「私」に居る喜びよりも古い。つまり群れの為に行う事が良心であるならば、二心と呼ばれるものこそ、「私」である。

 真に、狡猾なる「私」、愛情なきもの、それは多数者の利得を自分の為に得ようとする。「私」の利得を増やす為に群れが生じたのではない。群れを「私」が没落させたのである。


 善と悪を創造した者は常に、愛する者であり、創造する者であった。愛の炎があらゆる徳の名の中に燃えているのだ。そしてまた怒りの炎が悪徳の名の中に。

 多くの土地と、多くの民族を、ツァラトゥストラは見た。ツァラトゥストラは地上に於いて、愛する者たちの創造物以上に大きな力を見出さなかった。――それは「善」と「悪」と呼ばれている。


 真に、善と悪の賞賛と非難の力は怪物である。言うが良い、我が兄弟よ、誰がこれを従えてわたしに差し出すだろうか? 誰がこの獣の千の首を越えて(かせ)()めるだろうか?

 千の行き先が、かつては在った。千の民族がいたからである。しかし民族は最早いない。千の首の怪物だけが残り、それに掛ける枷だけが、未だに無い。一つの行き先を欠いているのだ。人類は未だ一つの行き先を持っていない。

 しかし、言うが良い、我が兄弟よ、人類が行き先を欠いているのなら、未だに生きていると言えないのではなかろうか?――人類自体が――

 ツァラトゥストラはこう言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ