賢治が似たのは
「三年ぶりの再会で、詰め寄る者がおるか」
「職務放棄してここに来た人に、再会も何もないでしょう」
弥素次、何時になく言葉がきつい。連が、二人の様子を見て、楽しそうな表情をしている。
「安心しろ。俺がいなくとも、政は問題なく行われている」
「どういう意味です?」
にやりと、不適な笑みを見せた羽音に、弥素次が眉間に皺を寄せた。
「俺の仕事は、三年かけて、全て臣達に押し付けてやった」
大胆というか、怖いもの知らずというか。呆れて、言葉も出ない。
「押し付けられた臣達に、同情します。で、誰に聞いてどうやってここに来たのかは、連との関係で言わなくても分かりましたから、何をしに来たのです?」
さすがに、二五年付き合ってるだけある。羽音の言葉を流して、更に聞いている弥素次に、感心してしまった。
「会いに来た、だけでは納得しそうにないな。父上を殺した者が、分かった」
弥素次の表情が、消えた。鋭い視線で、羽音を見ている。
「それと、お前が追われているのは連から聞いていたから、追っている者達の名簿も持ってきた」
「父上を殺した者と、私を追っている者は同一人物ですね」
弥素次の言葉に頷いて見せて、羽音は後味の悪そうな表情を浮かべた。
「名簿の中に、入っていてほしくない者の名もある」
連が、弥素次に持っていた書類を渡す。頁を捲りだした弥素次の横に来て、覗いてみる。
「叔父上、どうして」
小さく呟いた弥素次の言葉を聞いて、惣一が不思議そうな表情を作った。
「確か、弥素次を逃がしたのって、叔父さんじゃなかったか」
言葉を聞いて、驚いたのは羽音だ。
「本当か」
弥素次が、頷いてみせる。
「弥素次、お前を処刑しようとしていたのは、叔父上だ。議事録にも、残っている」
信じられない、そんな表情を浮かべて弥素次が、反論しようとして止めた。弥素次が言葉を止めるのを見て、育也が疑問に思ったことを聞いてみる。
「ねえ、弥素次。弥素次を追っていたのは、悪心の神じゃなかったの?」
育也の言葉に頷いて見せた弥素次は、連を見た。
「連、悪心の神は、叔父上に取り憑いたと考えられませんか?」
「だとすれば、事が動き出す前に、普段とる行動と違う行動をしていた筈だ」
連に言われ、弥素次も羽音も黙り込んでしまう。仕方なく、二人の変わりに、聞けそうなことを聞くことにする。
「例えば、どんな感じ?」
「そうだな、普段では考えられない行動をとったりするような場合は、ほんの一例ではあるが考えられるな。奇怪な行動をとる直前に、切っ掛けになる事があるんだが」
連の言葉にそういえばと、二人同時に言う。
「父上が殺される一月程前に、叔父上は調査の為に古桜洞≪こおうどう≫に出向いたんだ」
先に話し出したのは、羽音。
「あの時は、確か、朱膳が率いる一部隊も一緒でしたね。名簿に載っている者達は、一部隊全員が入っています」
弥素次が続けるが、よく一部隊全員の名前覚えてるなと感心する。
「妙な音や声が聞こえると、近隣の民達から相次いで届け出があったから、原因究明の調査だった筈。音も声も止んだからと何事もなく戻って来ていた」
羽音も、負けじと自分の記憶を辿っている。
「何事もなかったのではなく、古桜洞で叔父上達に何かあって戻って来た可能性は、否定出来ないですね」
「その後から、時々、見かけぬ行動を目にしている」
互いの視線を合わせたまま、どちらが何を言うか考えているように見える。
「古桜洞と言えば、霊獣の番人が悪心の神を封じた場所として、文献に記されていました」
話が、文献に入ってしまった。文献に記されているくらいは知っているが、読んだこともない為、内容までは分からない。この二人の思考は文献を読破しているらしく、話さずとも分かっている為に、育也は既に話についていけず、黙って聞くしか出来なかった。
「封印が解けたとしたら、叔父上が調査で古桜洞に出かけた時期だろう。他の者は、恐れて古桜洞に入ろうとはしない」
「護封が、姿を現したのは、同じ時期だ。悪心の神の封印が解けると同時に、護封は主を探しだすからな」
羽音の後に言った連の言葉に、ふと思い出す。賢治は白護の主で、産まれたのは三年前。やはり、時期が重なる。
「お前を生かそうとしていた叔父上と、亡き者にしようとした悪心の神。両方が、身体の主導権を争っていた時期が、父上が死に、お前が濡れ衣を着せられた時期だったのかもしれんな」
「早く気付いていれば、父上は殺されずに済んだのに、巻き込んでしまった」
弥素次の、悪い癖だと思う。終わったことを、何時までも引き摺る。溜息を吐くと、左手で弥素次の背を叩いてやった。
「弥素次、今更言っても、お父さんは返ってこないの。ちゃんと、分かってるでしょ。悔やむよりも、今は今後のこと考えたら」
目を白黒させている弥素次に、引き摺らないように言ってやると、羽音が突然笑い出した。
「副隊長の言う通りだ。弥素次、良い妻に出会えたな」
こいつは弥素次の気持ち考えもしないで、勝手に決め付けて言ってる。
「てめえは、話を飛ばし過ぎだ」
「お前の口は、乱暴で粗悪だな」
言った途端に、羽音に睨まれたが、怯むものかと思う。
「じゃあ、乱暴ついでに言っとくけど、公用で来てねえ奴に言葉改めないからな。絶対国王なんて呼ばないし、名前で呼んでやる。それと、ここにいる以上、使える時は使うから覚悟しとけ」
知らない、こいつが何をどう言おうと知ったことじゃない。家に厄介になるって自分から言った以上は、使われることも覚悟してもらう。居候するなら、手伝うくらいして貰わないと、家計圧迫するんだ。
目を丸くしている羽音を見ながら、連と弥素次は必死に笑いを押し殺している。
「育也、大丈夫か。そんなこと言って」
惣一は驚いて、こちらに聞いているが構うものかと思う。
「羽音、一本取られたな」
笑いを押し殺したまま、連が声をかけると、羽音は苦笑いを浮かべた。
「聞いてはいたが、こうまではっきり言われるとは、思いもよらなかった。弥素次、お前尻に敷かれそうだな」
まだ言ってる。睨もうとして、羽音の膝に乗っている賢治と視線が合った。
「賢治が、同じこと何度も繰り返して言うの、羽音に似たんだ」
睨む代わりに口をついて出た言葉は、羽音を複雑そうな表情にし、賢治を見させていた。




