母の愛情
母親は娘を地下へ監禁した。
娘は貧しい家庭教師に恋をした。代々貴族の家柄の娘を身分の低い者の元へ嫁がせるわけにいかない。母親は説得するが、娘は母親の言葉に耳を貸さない。男と結ばれ、娘が苦労することを思うと、母親の胸は張り裂けそうになった。それに病死した夫に顔向けもできない。母親の最終手段が監禁だった。
屋敷の地下は使用人の躾のために用意されていた。簡易な寝床と用場が用意されているだけの部屋。太陽の光は届かず、悪臭が漂う。母親は毎朝、扉の隙間から食事を入れて尋ねる。
「あの男をあきらめる気になったか」
諦めると言えば、母親は娘を地下から出すつもりでいたのだが、娘は鉄の心で否定した。そのやり取りは一年、二年と続いた。三年を過ぎた頃であった。娘は言葉を発しなくなり、扉の隙間が開くたびにそこから腕を伸ばし、猿のように餌をねだるようになった。餌をもらえないと叫び声をあげる。母親はそれでも娘からの“諦める”という言葉を待ち続けた。
数十年後、母親は寿命が迫っていることを悟っていた。腕は震え、咳が止まらない。母親は手紙を書いた。娘へ最後の愛情をこめて。
『警察の方へ 地下に女性が監禁されております』




