財政破綻した町の再興
奴背町の元町長、いまは老いぼれたジジイ、通称長老は暗い暗い森の中を彷徨っていた。彼はずっと前だけを見据えている。それは彼が踏み倒した借金のために、首が回らないからだ。前しか見ることができない長老は、それでもかまわず進み続けた。ぜったいに逃げ切ってやる。借金取りのアサシン達が、木を伝って近づいてくる気配がする。彼らがもたらすのは何だろう。考えたくない。けれども長老は絶対に逃げ切るつもりだった。逃げ切って、いつか私はあの町を再興するのだ。愛すべきふるさとを。私が生まれたときから知っているあいつら、あのフットサル・プレイヤーの若造達はどうしているだろうか。もう立派になって、結婚して、家庭を築いてもおかしくない歳だろう。お前らの生まれ故郷を財政破綻させたわたしを、どうか許しておくれ。そして、ああ、私は涙無くしてあの女のことを思い出すことができない。私のような老いぼれを慕い、果ては私の借金を肩代わりするために隣町の悪どい公民館館長に身を売った、あの女はどうしているだろう。あれには悪いことをした。もう一度、あれの柔肌を抱きたいと夢見ることを、あれは許してくれるだろうか。答えはない。長老は道無き道を走り続けた。もう何日も風呂に入っていない体は、汗の代わりに黒い垢が流れ出す。けれども、逃げなくては。月が雲に隠れた。視界が真っ暗になる。息切れする自分の呼吸音がやけに大きい。一足一足をふみこむたび、刺すような頭痛が走る。それでも止まることはできない。いつか、故郷を再興してやる、その思いだけを強く、強くして。借金取りの追っ手が迫っていた。もう、長老のすぐ背後、まで。
「うき」
意外な声がして、長老は振り返った。かといって、長老は首が回らないから、体全体を回して後ろを向いた。つまり、長老は逃げ走るのをやめたのである。彼の目の前には、無数の猿たちがいた。彼らはみな、フットサルのユニフォームをきて、リンゴやら、バナナといった果物をボールにして遊んでいる。
「これは、いったい何だ。わしは夢でも見とるのか。」
「夢ではないうき、あなたにお願いがあるうっきー」
お願いだと?走り続けて酸欠になった長老の頭はただでさえ朦朧としているのに、話が急すぎて、まるでついていけなかった。
「万物の霊長、にんげんの中でも、いちばん偉い長生きの長老さん」
猿たちが、気づけば果物のボールをおいて、長老を中心にひざまずいていた。暗い森のなかで、それは不気味な儀式のような様子だった。
「なんだ、いってみろ」
長老は、苦しそうに息を整えながら、そういった。
「町が欲しくありませんか?」
「町だと?どういうことだ」
「町といっても、猿の町ですが。私たちの指導者が、先日にんげんの猟師に殺されて、困り果てているのです。あなた様さえよければ、私たちの町のリーダーになyてください」
「ふん、つまりおまえたちは、にんげんにリーダーを殺されたのに、そのにんげんに、リーダーを任せようというのか」
「ええ、にんげんにこれ以上殺されないために、にんげんのリーダーから、殺されない術を教わりたいのです。どうか、私たちの町を、もらってください」
長老は、その猿の言葉に苦笑した。人間の町を財政破綻させてしまった俺でも、猿の町なら破綻させずに回せるかも知れない。どうせ借金まみれの無頼の身だ、行く場所もない。
長老は決意した。頭上には、雲間からそのぜんしんを覗かせた赤い月が、らんらんと輝いていた。
「いいだろう、この俺が、おぬしらの猿の町、しかといただく。今夜から、俺がリーダーだ」
猿たちの歓声が、夜の森に響き渡った。