完!海の上を行く私
フットサルチーム奇縁組は2017年にその活動を正式に終えた。実際にはもう何年もフットサルなど練習してなかったし、私と小池、八代と坂部、それからたまに山田さんの集まるための口実としての役割しか奇縁組は負っていなかった。そして、近頃ではそうやって集まることすら少なくなっていたのだ。ずっとむかし、みなで塗装した車は外装も中身も錆びついてしまっているけれど、私はいまでも大切に保管している。
そんなある日、八代から連絡があった。なんでも勤め先の上司と結婚が決まったらしい。結婚式のスピーチを誰にするか迷っていたので、坂部を勧めておいた。彼はあれから渡米したが今は日本に帰ってきている。なんでも、シリコンバレーでプログラマとして成功したらしい。さすが謎のデータアナリストだ。彼なら言葉に祝福の思いをめいいっぱいチャージして、いいスピーチをしてくれるだろう。私が結婚式に出られないというと、八代はがっかりし、同席していた小池は私を友達甲斐がないやつだと非難した。私は小池のカクテルに鼻くそをいれて、彼にすすめた。うまそうにのむ小池の姿に八代は爆笑していたが、しかし笑終わった後、少し寂しそうな顔をした。
山田さんは娘ができた。名前はサヨリちゃん。今は幼稚園に通っている。山田さんは館長とうまくいってないらしく、離婚を現実問題として考えているそうだ。ちなみに二人がくっつくきっかけになった、山田さんの元愛人の長老は、借金が無くなって助かったかというと、そうではなかったらしい。ど田舎の町を財政的に切り盛りするために、彼は役人としてのみならず、私人として、後ろ暗い色々な所から借金をしていたのだという。山田さんが身をもってあがなった館長の借金は氷山の一角にすぎなかった。全ては僕ら町人のため。結局、長老は全財産を差し押さえられる前に夜逃げしてしまった。山田さんも、それで馬鹿馬鹿しくなり、結婚生活を続ける意義も見失いかけているらしかった。
「ぱぱ、あそんで」
娘のサヨリちゃんが、サッカーボールを持ってきて私にそういった。何度も会っているうちに、サヨリちゃんは私をパパと呼ぶようになっていた。よほど茂宮館長に構ってもらえないのか。
「みてぱぱ、りふてぃんぐ、ふえたの」
サヨリちゃんはリフティングの最高記録を前会った時より10以上更新していた。さすが、子供は成長スピードがやばいな。将来はなでしこジャパンでプレイしたいらしい。それも夢じゃないだろう。
「あの人は定年退職した後、枯れるどころかどんどん旺盛になってね。夜はほとんど家に帰ってこないのよ」
山田さんはサヨリちゃんを幼稚園に送ったかえり、私にそんな話をした。悲しげな表情には、年齢を示す小さなシワが少し入っているが、依然として山田さんは綺麗だ。私はサヨリちゃんの本当の父親になりたい、ということを山田さんに話した。山田さんは何も言わなかったけれど、断られはしなかった。いつか、奇縁組のクラブカーで彼女を迎えにいこう、そにときは山田さんに未だに未練をもっているらしい坂部に恨まれるかもしれないが。八代の結婚式の日、私は自力で治したそのクラブカーで式場にちょっと立ち寄った。
「なんだ、来れないんじゃなかったのかよ」
客席で小池が嬉しそうに小言をいってくる。新郎新婦の登場で現れた八代に手を振る、向こうも気づいたのか、半泣きで手を振り返してきた。奥さんはえらい美人だった。八代にはもったいないほどだ。こっちもつられて半泣きになった。
「そろそろ行くよ」
私は小池に一言だけ告げ、式場を後にした。
小池は言いたいことを噛み潰すような顔つきで、言葉を選びながら聞いてきた。
「おまえ、まじでどこに行くつもりだよ。かえってくるんだろうな」
私は小池に握手をし、式場を去って、クラブカーに乗った。助手席のシートには銀行の預金通帳。貯金から見て、猶予は一年か。古いカーナビを起動したが、とっくに壊れて、現在位置は海の上になっていた。
私はその何もない海の上を、アクセルを元気よく踏んで走り出した。