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フットサルプレイヤー兼公民館館長のたくらみ

応接室から出て、私たちは公民館に付属のグラウンド出てきていた。すでに私たちも、チーム・シゲミアンのメンバーもみな、ユニフォームに着替えている。門の所で出迎えてきた警備員や、事務職員までユニフォームを着ている、本当に公民館の職員ぐるみでフットサルをやっているようだ、一応は公務員である彼らが、まだ勤務時間中なのにフットサルに興じてしまっていいのかという現実的な疑問が私の背筋をうぞうぞと這い上った。

私たちが受けたのは練習試合のはずだった。しかし敵将の茂宮は試合開始直前になって私たちにこう言い放ったのだ。

「どうだろう、かけ試合をしないかね。君たちが勝てば、活動資金を大幅にカンパしよう。だが我々が勝てば、君たちは二度とフットサルチームを名乗らない。フットサル奇縁組は解散すると約束してくれないか」

これには一体どういう事かと私たちは当然憤慨した。八代は「なんだとぉ!?」と大げさに、しかし小声で自信なさげにいう。山田さんは機嫌の悪いとき特有の長いため息をつく。データアナリスト坂部はメガネが割れるほどの怒りをおぼえたらしく、割れ落ちたレンズの破片を黙って拾っていた。あとだれだっけ、そうそう小池は金持ち茂宮館長の話は聞きたくないのか、よそみして鼻くそをほじる事によって遠回し反感を示している。みんなそうなって当然だ、奇縁組は私たちの居場所のようなものなんだから。ぶっちゃけ最近はろくにフットサルの練習をせず、なかば飲み会と化しているが、それとこれとは関係がない。奇縁組を解散させなければならない理由はないし、変な「かけ試合」を一方的に申し込まれる筋合いはない。私たちがフットサルチームを運営しているのは私たち自由だ。しかし茂宮は私たちの憤った態度を無視して続けた。

「実は君たちフットサルチームに練習場を提供している隣町つまり君らの住む町の長老とね、私は土地売買の商談をしているんだよ。あの練習場コートを含む土地を売ってくれ、と」

一体なんの話だそれは。頭に血の登りかけた私を制止して、山田さんができるだけ柔和な態度で話に受け答える役目を買って出た。こういうときの彼女の冷静さにはこれまで何度か救われてきたので、おとなしく従う。

「土地売買・・・それはどういう話でしょうか?それが、わたしたちフットサルチームの存続に関係ある話だとは思えませんが」

山田さんはもうとっくにアラサーだが若々しく、結構なグラマラスである。茂宮は好色な根性をかくしもせず、山田さんの着痩せするユニフォーム姿をひととおり舐め回すように見てから、礼節ありげな態度をふたたび装って微笑んだ。

「いや、大いに関係はあるよ。私はあの土地が欲しい。しかし持ち主の長老は売り渋ってるんだ。売ってしまっては君らにもうしわけないと思ってるんだろう。」

いつの間にそんな話になっていたのか、長老は少しもそんな話していなかったのに。そもそも、なぜ茂宮はそこまでして私たちの練習場の土地を買いたいんだ?そこを尋ねると、茂宮は答えた。

「きみたちはフットサルの練習をしているとき、いつも長老が用意してくれたコートを使っているけれど、そのコートの土質に違和感を感じたことはないかね?」

問われて私たちは顔を見合わせた。たしかに、覚えがある。山田さんが慎重に、さぐるように問いかける。

「いつもわたしたちが使うコートは、雨も降っていないのぬかるんでいる事が多いです、たまに硫黄の匂いもしますし、練習しづらくて。もしかして、そのことと関係が?」

すると茂宮は眉を吊り上げてハァと息を吐き、大げさな失笑をして見せた。

「いいや、それは単に水はけが悪いだけだ。硫黄の匂いは知らんが、チームメイトの誰かが屁でもこいたのを硫黄臭と勘違いされたのでしょうな。山田さん?おそらくあなたはフットサルコートの下に温泉が湧いていて、私がそれを狙っているとでも推理したのでしょう?ところが、残念、あそこに温泉など湧いとりませんよ」

図星をつかれた上に屁を嗅いだなどとバカにされた山田さんが赤面する。く、よくも。よくも私が半年前まで付き合っていたが別れ、今は長老の愛人をやっている、見かけによらず尻の軽い元カノの山田さんを、よくも侮辱したな。私は山田さんをかばって前に出て、茂宮を睨みつけた。

「温泉じゃないなら、一体何が目的だ。なにが欲しくてあの土地を狙う!?」

茂宮はニヤリと笑い、そして私を指差した。

「私の狙いは、あなたですよ」

指さされた私は意味がわからず当惑した。がしかし、まわりで八代が「なるほど」と納得し、データアナリスト坂部が意味ありげにレンズの外れたメガネをクイっと上げ、また小池がほじった鼻くそをつまらなそうに食べたので、私にも薄々意味がわかった。つまり。

「つまり茂宮館長、あなたは私をフットサル選手として引き抜きたいわけですね?私のフォワードとしての駆動力、制圧力、そして戦況を読むセンスに惚れ込んだと。そうだ、あなたはこう考えたんだ、私というフットサル選手が欲しい、しかし私はチーム奇縁組のリーダーだし、すぐに首を縦にはふらないだろう。それならばチームもろとも破壊してやればいいだけのことだ、と。そのために、チームの活動拠点である練習場を買い取って奪うことまで考えたんだ、それほどまでに私という選手が欲しかったんだ。ねぇ図星でしょう茂宮館長、やりかたは乱暴だけど、選手を駒のように買おうとするなんて、いかにも権力者であるあなたの考えそうなことだ。館長やってるような人間はだいたい若い頃には上司に媚びへつらって生きてきたんだ、そうやって生きてくる中で鬱積した権力へのコンプレックスを、自分が上に立った時に横暴にふるまうことで発散させようとするんだ、今回の一件も、その発散活動の一環なのでしょう。ねぇ図星でしょうが。なんとかいえこの館長野郎」

どうだ、看破されてぐうの音もでまい。生まれて初めてヘッドハンティングされた嬉しさから調子にのって異常に饒舌になった私がドヤ顔でまくしたてる。しかし、なにかおかしい。茂宮は、外人がよくやるが日本人は滅多にやらない、あの「ヤレヤレ」というジェスチャーをして、ふたたび失笑をした。

「いや、君じゃないよ。君はいらない」

なん……だと?私の当惑をよそに茂宮の館長野郎はつづける。

「君が優秀な選手だと仮定してもだよ、それを私が知っているはず無いじゃないか。会うのは今日が初めてなんだから。それに君らは普段からチームとして公式試合に出場すらしてないんだから。」

ぐ、たしかにその通りだ。私のフットサル能力に惚れ込まれたと思ったのに、違うのか。隣で八代が私のさっきのドヤ顔を真似て茶化している。くそぅ八代め、このまえの飲み会で酔いつぶれたのを家までおんぶして送ってやった大恩を忘れたのか。

「私が欲しいのは、後ろにいるあなただよ、山田さん」

まさか自分に飛び火してくるとは思っていなかったのか、山田さんはキョトンとしている。山田さんが欲しい、それはつまり、どういうことだ?私たちの間に疑問符がとびかう。しかし、本当はみな薄々わかっているのだ。おっとり美人の山田さんが好色な館長に欲しがられる理由なんて、きまっている。そこで口を開いたのは意外にもデータアナリストの坂部だ。メガネが割れたまま、ノートパソコンで何かのデータをアナライズしながら、彼は茂宮のことを鬼のような形相で睨んでいる。おまえいっつも何のデータを分析してるんだ?謎の多い人物、坂部は般若の面がわれるように、口を開いた。

「おっおっおっおっお」

ふざけているわけではない。坂部は喋るとき、情感をチャージする癖がある、すなわち彼は吃音なのだ。学生時代はずいぶんそれで嫌な目にもあったらしいが、今は吃音を恥じる気持ちを克服したらしい。彼は堂々と、たっぷりと自らの発言をチャージする。その発言に、最大限の効力を帯させるために。

「おっおっおっおっおっおっおっおっおっおっおっおっおっ」

さすがに溜めすぎじゃないだろうか。茂宮館長は何事かと当惑して顔をしかめている。横で見守っている私たちもハラハラしてきた。みなが坂部が何を言い出すのかを固唾を飲んで待っていた。そしてついにその時はきた。

「おっおっおっ、俺の女だぞ、山田さんわぁ!!だれにもやらん!」

その場にいるみなが唖然とした。まさか、もしかして坂部と山田さんは、実のところそういう関係だったのだろうか。館長を含め、皆の視線が山田さんに集中する。山田さんは、困ったように笑いながら、私たちの一人一人に助けを求めるような視線を返してくる。どうにも、これは彼女には心当たりがなさそうだ。彼女はおっとりしてるけど、尻が軽いだけあって色恋沙汰には明け透けだからな。ということは、坂部が勝手に言ってるだけか。そっかぁ。まぁ、こいつ根暗だからなぁ。勝手に頭の中で女の子と関係築いちゃうタイプだからなぁ。悪い奴じゃないんだけど。


私は坂部の肩をなでて、慰めるつもりで言った。

「なぁ坂部、君は知らないかも知れないが、山田さんはすでに、ある人の女なんだよ」

ある人とは長老だ。まったく山田さんも罪作りな女性である。すると坂部は割れたメガネから今度は僕を睨みつけてきた。

「うっうっうっうっうっうっうっ」

溜めて言わなくてもわかるよ。うっうっうっ、「嘘だっ」て言いたいんだろう?ごめん、嘘じゃないんだよ。

「うっうっうっうるさい!!それくらい知ってる!それでも山田さんは俺の女だ!だれにも渡さない」

ちがった。うるさいだった。そっか、知ってたんだな。だったら坂部、私たちはみんな同じ気持ちだよ。山田さんはフットサルチーム奇縁組の紅一点だ。引き抜かれてたまるか。

しかし危ないデータアナリストの坂部に睨まれたまま黙っている館長ではなかった。アナリストとか館長とかいう言葉が並ぶと文に変な意味が暗に籠っているように聞こえてくるが、それは気のせいとして、茂宮館長はこういった。

「おい、君ら。なにか勘違いしてないかい?土地の売買を申し込んできたのは、山田さんなんだよ」

………は?

山田さんが私たちの練習場の土地を、茂宮に売ろうとしてる?どういうことだってばよ。

皆の視線を受け、山田さんはとぼけたようにあらあら、うふふと笑っている。

「とぼけないで説明してください山田さん」それまで鼻くそを食って黙っていた小池が、さすがにセリフゼロじゃマズイと思ったのか、そう口を挟んだ。すると山田さんは観念したように、事のあらましを説明しだした。なんでも、長老には茂宮にかなりの額の借金があったらしい。それこそ、私たちの練習場の土地を譲渡してもまだ返済しきれないほどの額だという。このまま返済がなければ法的手段に訴える、と茂宮に言われた長老は、町長としての立場も責任もすてて夜逃げしようとした。それを止めたのが、山田さんだった。山田さんは茂宮の所へ出向いて、フットサル練習場の土地を返済に充てます、と言ったらしい。それでも足りない分は、あなたの女になることで勘弁願えませんか、と茂宮に交渉したのだそうだ。全ては、愛する恋人の長老と、彼が切り盛りする町の平穏を守るために。

「黙っててごめんなさい。でも、どうしてもあの人に夜逃げなんてして欲しくなくて。」

そういって山田さんは頭を下げて、自ら茂宮館長の腕の中へ入っていった。

ごめんね坂部くん、そう言い残して………。坂部は、それ以上何も言わなかった。

それから、私たちはフットサルの試合をした。結果はぼろ負けだった。相手は私たちに同情して手を抜いたのが見え見えだった。しかし私たちはそれでも負けた。坂部が自殺点を入れまくったからだ。結局、土地の所有権と山田さんは館長のものになった。しかしフットサルの練習場はこれまで通り使わせてもらえることになった。惨めこの上ない。山田さんは、その1年後に館長と入籍した。今では子供もいるらしい。それはそうと、館長がしてた土地の土質の話はなんだったんだろうか。

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